7小節目

 現在の時刻、午後五時七分。文化棟の小ホールに集まった俺たちは思い思いに音出しをしていた。だが、これはある意味異常事態だ。予定では五時から合奏をするのだが、一向に始まらない。あの時間に厳しい黒岩が時間を気にしていない? しかも、どちらのセクリも前に立って合奏を始める気が無さそうだ。気もそぞろに二人の様子を伺っていると、不意に白崎が手を叩いて注目を集めた。待ち構えていたように音がぴたりと止んだ。


「合奏する前に突然ですが、あたしたちセクリはもう疲れたのでしばらく前に立って合奏しないことにしました」


 ざわめきが起こってもいいはずなのに、驚くほどホールの中は静かだった。


「あたしたちだって練習したいし。誰かやってくれないかな? 三年がいいかな。一、二年でもいいけど。どーぞ、好きなように決めてください」


 その言葉に俺は呆気に取られた。は? 何のつもりだ? 職務放棄? 正気か? 何だって急にこんな時に――。


 気が付くと、俺はみんなに注目されていた。無意識に立ち上がっていたらしい。


「――っ」


 きっと、誰も予想しなかっただろう。俺だって、自分がこんなことを言うなんて思わなかった。


「俺がやります、今日のセクリ」




 結局数週間続いたこの職務放棄騒動は顧問の可愛先生が提案したもので、まるで他人事のようにセクリに頼りっきり、任せっきりだった俺たちに対して事の重大さに気付いて欲しかったという事らしい。


 実際に前に立ってみて、音の縦はバラバラ、ピッチも気にしようと言われたところができておらず、加えて周りを気にする意識が薄く、全体的にかなり酷かった。……白崎たちは毎日頭を悩ませてどうにかしようとしてたんだな。時折見せる曇った表情はそういう事だったのか。何で声を掛けなかったのだろう。


 ……過去のことを悔やんだって仕方がない。これからは前へ進むしかないんだ。

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