5小節目

 吹部の練習は朝早くから始まる。しかし、それは吹部に限ったことではない。サラリーマンや他校生も大勢いる、熱がこもった電車になんとか乗り込み、ほっと一息を着いた。


「あれ」


 ふと前に座っている人を見ると、それは手に紙切れを持って熱心にそれを見つめている白崎だった。声を掛けずにしばらく眺めていたが、気付きそうになかったので、顔の前でひらひらと手を振ってようやく白崎は顔を上げた。


「あお太」

「はよ」

「おはよ」


 俺は白崎が手に持っているものを覗き込んだ。


「何それ。楽譜?」


 にしてはサイズが小さい。A5くらいか?


「うん。小さくコピーすれば電車が混んでても読めるでしょ?」

「ああ、なるほど……」

「やっぱりセクリになるとさ、どうしても自分の時間が削られちゃって。楽器持ってる時に譜読みするのって、ちょっともったいないじゃん?」


 そう言って白崎は少し困った顔をした。


「大変だな」

「うん。でもみんなの音がどんどん良くなっていくのが分かるの、すごい達成感があるし、すごい嬉しい」

「ふーん」

「あ、あお太が伝授してくれたグリッサンド、ここで役立つね」

「いつの話だよ。てか何の曲だ、それ」

「オーメンズ・オブ・ラブ」

「ああ、あそこか。まあ、一瞬だけどな」

「え、もしかしてもう譜面頭の中に入ってる? 昨日配られたばかりなのに?」

「まあ、大体」

「いやいや、他の曲もあったじゃん。早くない?」

「一晩もあればできんだろ、音聞けば」

「うわ~それ、言ってみたいな。あたし、昔から譜読みちょっと苦手なんだよね」


 へえ。それは初耳だ。意外。


「ふーん。すらすら読んでるのかと思ってた」

「あはは、よく言われる」



 今朝はいつもより通学時間が短く感じた。

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