NORMAL END 交愛

「……よし、こんなところだな」


 リビングの机に向かいながら俺は呟く。目の前にはあの8月の事を思い出しながら書いたメモのような物があり、あの日から10年以上も経ったと思った時に少し思い出してみるのも良いかと思って書き出してみたのだ。

すると、トテトテという足音が聞こえ、そちらに顔を向けると、そこには俺の事を嬉しそうに笑いながら見る愛娘の顔があった。


「おとーさん、書き物は終わった?」

「ああ、終わったよ。だから、青夏せいかの事もだっこして上げられるぞ」

「ほんとっ!? それじゃあ抱っこしてー!」

「ああ、おいで」


 そう言うと、青夏は嬉しそうに俺の腕の中に収まり、そのまま抱き上げて膝に乗せてやると、それをキッチンから見ていた女性はクスクスと笑った。


「青夏は本当に甘えん坊ね。そこはお父さん似かしら?」

「俺もたしかに甘えん坊なところはあると思うけど、それはお母さんに対してだけだし、お母さんだって俺に甘えてくるじゃないか」

「それは貴方がこれまで甘えてきた分のツケを払ってもらってるだけよ。今は本当に逞しくなったけど、初めて会った頃なんて……ふふ、思い出すだけで可愛くなっちゃうわ」

「う……や、止めてよ。夏子さん……」


 さっきまで思い出しながら書いていたとはいえ、当時の事を話されるのは少し恥ずかしい物があり、俺が少し顔を赤くしていると、青夏は俺を見上げながらあどけない笑みを浮かべた。


「わぁ、おとーさんも甘えん坊なんだぁ」

「そうだよ。でも、いつも甘えん坊ってわけじゃないからな」

「たしかにね。でも……こんなに幸せな毎日を過ごせるようになるまでは、お互いに相手に甘えていないとどうにもならなかったのよね」

「……たしかに。なんせまだ未成年の甥と実の叔母の二人だけで逃亡生活をしていたわけだしな……」


 あの8月31日、オオバさんに告白をして一緒に遠くへ行く事を決めた後、俺達は電車を何本も乗り継いで本当に来た事がない場所まで来た。

そしてその日の夜、人気のない廃墟に忍び込んで今後の事について話していたが、その時に俺はオオバさんの正体について知る事になった。

オオバさんはなんと行方不明だったはずの夏子叔母さんであり、あの廃墟にいたのは俺を利用してウチの両親や自分の両親に復讐をするためだったのだ。

夏子叔母さんは若い頃も綺麗な人だったようで、母さんが父さんを好きだったように夏子叔母さんも父さんを好きだったようだが、父さんが選んだのが母さんであり、夏子叔母さんは悔しさから涙を流したという。

そして母さんはそんな夏子叔母さんの気持ちに気づかずに父さんとのデートの自慢ばかりするようになり、両親も夏子叔母さんに対して早く良い人を見つけるように何度もつついてきたらしく、夏子叔母さんはいつしかそんな姉と両親、そして自分を選んでくれなかった父さんに対して憎しみを持つようになった。

その憎しみと悔しさから夏子叔母さんは引きこもりながらも美容とファッションについて学びながらどうやって復讐してやろうかと考えていた時に俺が生まれた事を聞いて、俺を利用して復讐をしてやろうと企んだらしい。

 そして俺が思春期を迎える時を待ちながら更に肉体を磨き上げ、俺を魅了出来る程のテクニックもつけると、7月末にこっそり家を抜け出してあの廃墟に住み着き始めて、俺がまんまと引っ掛かったのだった。

ただ、それを聞いても俺は夏子叔母さんを恨む気にはなれなかった。たしかに夏子叔母さんは俺を利用して復讐をしようとしたし、言ってみれば俺の恋心は夏子叔母さんの企みによる物だ。

だけど、惚れた弱みという奴なのか夏子叔母さんの事がむしろ可哀想に思えてしまい、俺は夏子叔母さんに謝る必要はないと言い、それに安心感を覚えた夏子叔母さんは俺の胸の中で声を上げて泣き、俺達は本当に心を通じ合わせながら体を重ねた。

それからはちゃんとした恋人同士となり、夏子さんは素性を隠しながらもアパートを探してきてくれて、そこに住みながら俺達は幸せな毎日を夢見て頑張り続けた。

数年経って、俺もあまり素性を聞かずに働かせてくれるところを見つける事が出来たため、そこで働きながら高等学校卒業程度認定試験を受けるための勉強をし、無事にそれも取る事が出来た。

そうして毎日を過ごしている内に夏子さんは俺の子を妊娠し、生まれてきてくれたのが青夏なのだ。青夏には早い段階で俺達が本来は甥と叔母という関係なのは話しており、まだ小さいながらも気持ち悪がられるかと思っていたが、青夏はだいぶ賢い子のようでそれでも自分の両親であると言ってくれて、俺と夏子さんは青夏の前でも本来の自分達を出す事が出来るようになったのだった。

因みに、あんな置き手紙一枚でどうしてここまで母さん達から何も言われないのかと言えば、実は夏子さんがこっそり俺を保護していると実家に連絡をしていたようで、母方の祖父母の元に俺達が会いに行って関係の事などを話した。

その結果、自分達の行いが夏子さんの負担になっていた事を知って謝ったのだが、驚いた事に祖父母の元にはだいぶやつれた母さんがいた。

何故いたのかと言えば、俺がいなくなった後にも実は大きな事件があり、そのショックがあまりにも大きかった事で精神を病んでしまい、俺の捜索願を出さずに俺を退学させてしまっていて、そのまま実家に帰ってきていたようだった。

因みにその事件というのが、父さんの不倫なのだが、その相手が若宮さんだった上に、未成年から声をかけられて舞い上がっていた父さんは倫理観などを考えずに媚薬や排卵誘発剤などを使って若宮さんを妊娠させてしまい、未成年に手を出したという事で逮捕された上に会社も首になって実家からも勘当され、誰もいなくなったあの家に一人で住み、今でも援助交際に手を出しているのだという。

母さんは俺と夏子さんの関係について聞いた時、夏子さんに掴みかかるほどに怒ったが、俺が止めに入って夏子さんへの想いや夏子さんのこれまでの頑張りについて話すと、母さんは哀しそうな顔をしながらその場に座り込み、泣きながら夏子さんへと謝り、姉妹は時を超えてまたなんでもない話が出来る程まで仲直りが出来たのだった。

尚、父さんに妊娠させられた若宮さんだが、父さんに声をかけたのが実は俺にその身を捧げた日の夜で、前々から顔だけは知っていた父さんに寂しさから声をかけた結果、父さんが若宮さんの肉体の虜になってしまい、関係を絶ちたくても中々言い出せずにずるずると続けて、そのまま妊娠までさせられてしまったのだという。

ただ、その子供は産んで育てるという決断をしたようで、学校にも通いながら出産や子育ても行い、少し前にようやく会って謝れた時にはその事を受け入れた上で結婚してくれた旦那さんと一緒にいて、少し大きな子供とも仲良くしながら幸せそうにしており、今では家族ぐるみの付き合いになっている。

今思えば、俺達のこの関係はかなり現実離れしていて、あの夏がなかったら今ごろは何も面白味のない人生を過ごしていたかもしれなく、夏子さんの復讐計画のお陰で俺は人とは違う面白い人生を過ごす事が出来ているのだ。


「……夏子さん、前にも聞いた事がありますけど、今の人生って幸せですか?」

「……どうしたの、突然」

「いや、元々は夏子さんの復讐計画がきっかけですけど、甥の俺と恋人になって、こうして子供まで出来て……それまではとても辛い日々でしたし、後悔ってしてないのかなと」

「……してないわ、これまで一度も。あの人と付き合う事が出来なかったのも今になって考えたら良かった事だと言えるし、その悔しさがあったからこうして青志君と恋人になって、こんなにも可愛い娘まで産まれてくれた。

だから、この人生を後悔なんてしない。後悔なんてしたら、ここまで一緒に頑張ってくれた青志君や産まれてくれた青夏、そしてこの関係を認めてくれた両親や姉さんにも悪いもの」

「夏子さん……」

「あの夏は貴方からの一方通行の愛だったけれど、今は私と貴方の愛が交じりあってこんな幸せな生活が出来ている。だから、これからも貴方や青夏と一緒に人生を歩んでいくわ」

「……俺も夏子さんや青夏と一緒に歩んでいきます。それが夏子さんを好きになって、子供まで作った俺の責任ですし、俺がやりたい事ですから」


 微笑みながらそう言った後、夏子さんも青夏も嬉しそうに笑っていた。思わぬ出会いから始まった夏は様々な物をもたらしたが、それが本当に幸せだったと言える。

だから、俺はこれからも頑張り続けよう。今の俺には愛情を注ぎ合える相手がいて、その愛はいつまでも交じり合うのだから。

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