第3話 共在する陰陽の縁

 俺がマジカルな超生命体への進化を拒む言葉を口にしたところ、創世神様は思いのほか気分を害されたご様子だった。


 やっぱり、神としては自分の使徒には逞しく育ってほしいのか……と、思いきや。


「のう、ヤヒロよ……たしかに、儂は創世を成して神と名乗る資格は得ておるがな、ご覧の有様では『創世神様』と呼ばれても最後に(笑)が付いているようにしか聞こえんのじゃよ。それゆえ……ほれ、分かるじゃろ?」


「あぁ、なるほど……つまり、命名イベントの発生ってことですか」


 創世神様(仮)が引っかかったのは俺が用いた尊称だったらしく、その代わりとなる呼び名を考案せよと仰せなわけだ。


 ……そういや、俺はヤヒロと名乗るのを失念していたが、生前の記憶を丸ごと打っこ抜かれているっぽいので今さら必要ないだろう。


「うむ、然り。別に名に縛られて云々というデメリットなど無いし、リネームも受け付けておるが……まぁ、折角じゃから真剣に考えてくれると嬉しいのう。ただ、儂が【時空】の権能を司っておるからといっても、安易に『クロノ何とか』とするのはNGじゃぞ?」


「ははっ、それは分かってます。ただ……引用禁止となると、何気に難易度が高いですね」


 インスパイア元となる御当人が実在するのかは知らないが、いずれにしても名前が被るのは双方に対して失礼な話だろう。


 そんなわけで、俺はオリジナルなネーミングを考えるべく創世神様(仮)の尊き御姿を改めて観察してみたのだが……そこで一つ、重要な確認事項があったのを思い出した。


「あの……結局、その依代って『どっち』に創られたんですか?」


 転生する前に邂逅した際、ご自身も攻略対象にするかのように仰っていたが、現在の外見からでは『どっち』なのか判別できない。


 衣装も髪も肌も白に近い色調で、テルテル坊主の胴体とコケシの頭部を融合させたようなシルエット。

 そのアルカイックスマイルを浮かべた中性的な御尊顔も、もしかしたら認識阻害的な力が働いているのか……


「かっかっか、よくぞ聞いてくれた! 儂はお主の未来を縛るのを良しとせんのでな、あらゆる可能性を選択し得る特殊な依代を創ったのじゃ。すなわち、お主が儂の衣の中身を覗くという行為が可能性を収束させ……」


 ……創世神様(仮)の性別は量子力学的に未確定だそうで、俺の願望次第で『どっち』でも『どっちも』でも選択が可能らしい。


     ◇


 引用禁止と性別不問という縛りのせいで、俺は大いに悩んでしまう……のかと思いきや。


 実際に考え始めてみると、妙にしっくり来る名前を即座に思いつくことが出来た。


「よし……じゃあ、これからは『エニシ』様と呼ばせていただくことにしますね」


「……ほう、そう来たか。お主にとっては儂の権能や見た目なんぞより、互いが出逢えた『縁』に意味があると言いたいのじゃな?」


 エニシ様の仰るとおり、俺にとっては時空を自在に操るパワーを持っている事よりも、こうして『痛い』だけの記憶に続きを創造してくださった事のほうが遥かに価値がある。

 ……もちろん、それも俺の魂を転生させる御力があってこその話ではあるのだが。


 それはともあれ、だから……


「まぁ、そうですね……だから、たとえエニシ様に何か思惑がおありだとしても、俺にとっては間違いなく良縁だと思ってますよ?」


「ほほっ……まぁ、そのあたりも追々話してやるわい。とはいえ、お主以外に候補がおらんかったわけでもないでな、儂等二人が強い『縁』で結ばれておるのは間違いないぞよ」


 よくよく考えてみれば……創世のためのアドバイザー兼モニターという仕事は、俺でなければ務まらないというわけではないのだ。


 それならば、謎の難病という特殊な背景を持っていた俺が偶然スカウトされたと考えるよりも、そんな背景を持っていたからこそスカウトされたと考えるほうが自然だろう。


 もちろん、それは単にエニシ様の慈悲や同情だっただけかもしれないが、何となく他にも理由があるのではと直感して……案の定、今はまだ俺に明かせない事情があるらしい。


 また、これも何一つ根拠はないのだが、何となく悪意は感じないような気がして……


「しかし、エニシとは実に良き名を考えてくれたのう。将来的には状況に応じて『エニシ君』と『ユカリちゃん』を行き来して……」


 ……親密度の初期値が高いのは助かるが、いい加減そのノリは面倒臭くなってきたぞ。


     ◇


     ◇


 そんな突発的なイベントを無事にクリアしたところで、いよいよ最後に『直近の目標』に関するオリエンテーションが始まった。


 ……紆余曲折を経て、ようやく創世神の使徒が為すべき仕事が明かされるわけだ。


「さて……それでな、当面の間お主に頼みたいのは、この世界を整備するのに必要な『リソース』をコツコツ貯めることじゃ。ゆくゆくは他所の世界に出向いて資源回収や移住者募集なども頼むつもりじゃが、こう狭くては頼んだところで受け入れも儘ならんしのう」


「おぉ、他所の世界にも行かせてもらえるんですね! 勿論、精一杯頑張ります……が、その『リソース』っていうのは一体どういう代物なのですか? お話からすると、他所から集めて来る資源とは別モノのようですが」


「然り、単なる資源ともエネルギーとも異なる、謂わば『世界の運営に必要なコスト』のようなモノじゃ。そして、これには三つの通貨単位があってじゃな、それぞれ貯め方も使い途も異なるゆえキチンと覚えるのじゃぞ?」


 エニシ様が宙空をスワイプするとスライドが次のページへと切り替わり、二色国旗に代わって三色の円図が描き出される。


 ……重複する部分も相互を結ぶ矢印もないので、それぞれ完全に独立した要素らしい。


「まず一つめが、最もストレートな『有』のリソースじゃな。これを消費すれば形無き概念に実体を与える事ができ、この世界に大地を始めとした万物を生み出せるのじゃよ!」


「うぉっ!?」


 エニシ様がサクランボの軸のような両腕を目一杯に広げると、スライドを構成する三色の円が半透明なプラスチック板となって大地に落下する。


 ……特殊なエフェクトなど一切生じないところが、むしろ余計に凄く感じるぞ!


「このリソースの源となるのは、世界内で生じた『物質の循環』じゃ。単に物質の総量を増やすだけでなく、上手く流転させることで初めてリソースを得ることが出来る。まぁ、要するにマイレージのような仕組みじゃな」


「なるほど……いや、待ってください。岩一枚の世界で『有』のリソースを貯めろって、俺は一体何をどうすればいいんでしょうか?」


 最終的には『水の一生』的な仕組みを創ればいいんだろうが、この岩石プレートに川や海を掘ったところで循環などしないだろう。


 しかし、そんな事は創世神たるエニシ様も当然ながら把握しており、しかも既に何とも評価し難い解決策を用意していた。


「ほほっ、お主がすべき事は実に簡単で、積極的に活動して血液を巡らせることじゃよ。まぁ、当座のメシを用意する分くらいは残してあるが、世界を拡げていくには筋トレなり何なりも頑張ってもらわねばならんのじゃ」


 まぁ、せっかく健康な身体と成長チートを頂いたのだから、言われずとも頑張って筋トレするつもりだったが……まさか、腹筋した数だけ世界が拡がるシステムだったとは。


     ◇


 俺に指示を出して円板を三段重ねにさせたエニシ様は、その上に立って次なるリソースの説明を開始する。


「さて……二つめは、最もファンタジックな『理』のリソースじゃな。これを用いれば世界を形作る法則に干渉する事ができ、描いたイメージを現実に反映させられるのじゃ!」


「……えっ?」


 そう言ったエニシ様がステージに両手を添えると同時に、ステージ直下の大地が僅かに歪んだように見えた。


 そして、その歪みは次第に『混沌』と同じようなレインボーカラーのマーブル模様に変じ、エニシ様が飛び降りた後のステージをズブズブと飲み込んでいく。

 ……どうやら、あの謎の渦はワープゲート的な性質を帯びているようだ。


「このリソースの源となるのは、世界内で生じた『精神の循環』じゃ。まぁ、これは脳を接続して云々というヤバげな方法ではなく、意思持つ存在同士に心を通わせることで得られるフレンドポイントのようなものじゃな」


「あぁ……これに関しては、何をすればいいのか想像がつきます」


 お互いに真っ当な知的生命体とは言い難い気もするが、この世界には意思持つ存在が俺たちしかいないのならば結論は自明だろう。


 ……つまり、先ほどまでのような馬鹿話を続けるだけでもリソースが得られるわけだ。


「なお、これも想像がつくじゃろうが、心を通わせる際に強い感情を伴うほど多くのリソースが得られる。代表例を挙げるならば、信仰、憎悪……そして、愛じゃな。もちろん、愛と言っても親愛や敬愛より、情念がドッロドロに絡み合った偏愛や愛欲のほうが……」


 ネガティブな感情でもリソースを増加させられるのは少々意外だが……いずれにせよ、指人形サイズのボディに敬愛以上の感情を抱く輩はワールドエネミー扱いでいいだろう。


     ◇


 エニシ様が愛の重要性について一頻り語り終えると、不意に明るさが落ちた世界は何処か神聖な気配で満たされる。


 ……せっかく『理』のリソースを貯め始めたのに、スポットライトなんかで無駄遣いするのは止めてもらえないだろうか。


「そして……最後の一つは、最もミステリアスな『命』のリソースじゃな。これを用いれば新たな魂を創造する事ができ、あるいは傷付いた魂の修復や補強も可能となるのじゃ」


「……あぁ、これはデモ不要ですね」


 たしか、転生前の儀式では「魂の欠片を過不足なく掬い上げた」とか仰っていたので、きっと俺は病苦により肉体のみならず魂まで木っ端微塵になりかけていたのだろう。


 エニシ様には改めて厚く御礼申し上げたいところだが、それは先ほど禁じられたので深く頭を下げるに留めておく。


「ほほっ……このリソースの源となるのは、世界内で生じた『生命の循環』じゃ。生と死に関連するイベントは魂を持つ存在にとって特別な意味合いがあってな、先に説明した二つとは別種のリソースが発生するのじゃよ」


「ふむ、なるほど……たしかに、どっちも生涯で一番神秘的なイベントですしね」


 実際に転生という特殊イベントを経験した身からすれば、生と死など『全て科学で説明がつく現象』だと言われるより腑に落ちる。


 ともあれ、この世界には不滅っぽいエニシ様と不老らしい俺の二名しかいないので、このリソースに関わるのは当分先の話になるだろう……と思いきや。


「さて、ここで一つ重要なお知らせじゃ。お主の魂は『輪廻の螺旋』を介さず大急ぎで転生させたゆえ、実のところ修復が不十分なんじゃよ。お主に理解できる言葉で表現するならば、罅割れを埋めるパテが足りぬせいで中身の汁がジワジワ漏れ続けておる感じかのう」


「えっ、いや、ちょっ!?」


 非正規っぽい手段を使ってまで転生させてくださったのは有り難くあれど、スリップダメージが発生している状態で何故に馬鹿話ばかりしていたのか。


 しかも、件のリソースを補充するには、誰かが死ぬか生まれるかする必要があり……


「かっかっか、さすがの儂とて現在の依代と子作りせよなどと言うつもりはないし、然様にドン引きしてくれるな。無論、もっと手っ取り早い手段を抜かりなく考えておるわい」


「……で、ですよね」


 どうやら、いずれエニシ様が『ユカリちゃん』になられるのは確定っぽいが……まぁ、生命の危機が迫った現在は深く考えるべきではないだろう。


 そして、しばらく俺の動揺っぷりを眺めて満足したらしいエニシ様は、先ほどから開きっ放しなっていたゲートをビッと指差した。


「実はな、この先は混沌が内包する『海』の概念に繋がっておって、そこでは無数の生命たちが飽くなき生存闘争を繰り広げておるのじゃよ。さぁ、お主も早うガバッと腕を突っ込んで、己の手で生命を掴み取るが良い!」


 なるほど、これなら各種リソースを効率的に集められそうだが……勤務初日からガチで命懸けなレクリエーションとは如何なものか。


 ともあれ、他に『命』のリソースを得る手段が無い以上は覚悟を決めるより他になく、俺は大地に這いつくばって『海』の概念とやらに恐る恐る腕を突っ込んだのだった。

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