第7話 リムの変化

 召喚ができたといっても学業の全てが遠ざかるわけではない。国語や数学といった一般的な授業も、もちろん行われる。その辺も自分は不得意なものは特にない、普通の平均点……落第しない範囲だから、まぁいい感じだろう。


 授業が終わり、生徒達は自分の目的のために動き出す。アルバイトのもの、パートナーと遊びに行くもの、魔物を連れて戦い方の練習するもの。もちろん学校外には危険な野魔がうろついているので、パートナーなしで出歩くことはできない。召喚できないうちは寮に住んでいない者は両親の迎えがあったり、魔物を連れた存在が必ず一緒に出歩いていた。


 だが自分は小中高一貫の、この学校の寮に住んでいる。なので外は出歩かずに校内を通り、自室に戻ることができる、とても楽で安全だ。


 バイトもしていないし、他にやることもない。今日は寮に戻ってのんびりしようと思って寮に戻った時だった。


「おい、ミュー」


 三階建てで白い外壁が綺麗な寮の玄関の前には、ついさっきまで一緒に授業を受けた人物が立っていた。


「リム……どうしたの?」


 リムは相変わらず不機嫌そうに口を尖らせている。ここまで長いのは珍しい。


「ねぇ、なんで機嫌悪いの?」


 今度は理由をたずねてみる。この親友に何があったのか気になるから。

 リムは不愉快なものを吐くように、ため息をついた。


「さっきの召喚……俺、もっとすごいのが出るんじゃないかって期待してたんだよ。それなのに、お前はあんなすごいのが出たのにさ。俺のはこれだぞ」


 これ、とリムが示したのは隣で空中をふわふわと漂う小さな妖精スピカだ。

 スピカはそんなことを言われた途端、申し訳なさそうにつぶらな瞳を地に向けた。


「他のヤツらにも笑われた。成績優秀な俺がこんな弱そうなヤツを召喚しちゃったんだからな。こんなんでどうやって魔物をやっつけていくんだよ、俺もろとも喰われるだけじゃん」


「リム、ちょっと――」


「なんでなんだよ、お前、なんかやったのか? じゃなきゃお前がそんなすごいことできてんのにおかしいじゃん。こんな弱いのなんか――」


「リム、いい加減にしなよ!」


 リムの言い分に声を上げずにはいられない。いくら親友だといって、そんな言い方はよくない。


「リム、その天魔だってリムの召喚に応じて現れてくれたんだ。それをそんな言い方するなんてひどいよ」


「なにカッコつけてんだ。お前は力のあるヤツが出たから、そんなふうに意気がってんだろ。実際、お前が扱えてるわけでもないくせに」


 リムが発したナイフのような言葉に、胸がグッと痛くなる。というより今さっきまで普通に仲良かったのに。なんで突然ケンカ腰になって現れた魔物を愚弄したりするのだ。情緒不安定すぎる。


「あの二体はお前が使役できているわけじゃない。あいつら自体が意志を持って動いてるだけだろう。つまりお前の力は必要じゃない、ただ生きるためには召喚者であるヤツの力が必要なだけだ」


「くっ……」


 くやしいけど言い返せない。

 そんなことはわかっている、それはベリーにも言われたことだ。自分がした、この召喚に意味づけをするなら『力を望むこと』と。


 自分達の今の関係はただの召喚者と召喚された魔物でしかない。けれどそれはまだ出会ったばかりだからだ。もっと仲良くなれる気がするし、強くて怖いけれど、もっと近づきたいと思う。自分がこの二人を召喚できた理由も、もしかしたら、あるのかもしれないんだ。


「……とにかくだ。あいつらに喰われないように気をつけるんだな。人間を喰った魔物は力を増して、より強くなるって言うからな」


 なぜか心配も混ざったそんな言葉を言い捨てると、リムは離れていった。今までずっと一緒にいた存在の遠ざかる背中。急に一人ぼっちになったような虚しさしか残らない。


「一体どうしたんだよ……」


 リムの変わり様は気になるが、今すぐ彼を問い詰めたところで答えは出ないだろう。落ち着いてからまた話を聞いてみよう。

 そう思うことにし、寮の部屋に戻ってきたミューは学校鞄を壁際にある机の上に置き、机と反対側に設置されたベッドの端に腰を下ろした。


 寮の部屋は生徒個人のものとして使われるだけだから一人過ごすには申し分はない。

 けれど自分プラス大の大人みたいな魔物が、二人もいたら……部屋はめちゃめちゃ狭くなる。例えるなら潜水艦の二段ベッドがある部屋にガタイのいい男数名が押し込められてるみたいな。


 でもスピカみたいに小さな妖精だったら一緒にベッドで寝ることもできるだろう。それならとても癒されそうな気がするけれど。


「あの、ベリーとセラも、ここで寝るんだよね?」


 部屋に入ってきたベリーは乱れた黒髪を長い爪でかいた。


「まぁ、そうだな。オレらも生きてるから。昼でも夜でもいいけど寝るぞ。飯は人間と同じものを喰わなくてもいいんだけどな。それからベッドがなくてもいいから、セラはな」


 その言葉に苦笑いだ。いやいや印象としてはセラはしっかりとした場所で寝て、ベリーは床でもどこでも寝れそうなタイプだと……いや、ごめん、それは偏見だ。


 とりあえずどうしよう、この部屋で三人で寝るのは結構無理がある。管理人さんにお願いして別の部屋が使えないか聞いてみようか。最悪ベリーと自分が床かなぁ、でもここ僕の部屋だしな。


 そう考えていると。セラが室内を見渡しながら「君はここで一人暮らしをしているのですか。ご両親は亡くなっているのですか」と聞いてきた。不意な言葉にドキッとしてしまった。


「よくわかるね、セラ。すごい観察力……」


 自分の置かれたこの状況を見て、セラには察するものがあるらしい。

 けれどはっきりと明るいものではない過去を突きつけるセラに対し、ベリーが「おい」と声をかけた。少し慌てているような気がしたのは、気のせいだろうか。


(……ベリー?)


 どうしたんだろう、何を慌てているんだろう。優しいから気を使ってくれたのかもしれない。なら心配かけないように明るく応えておかないと。それに、もうずっと昔のことだ。


「そうだよ。僕の両親は僕が小さい頃、魔物に喰われちゃったんだ。それ以来、僕は小学校から一貫校のここでずっと生活してる。でもさびしくはないよ。正直、両親が喰われたっていう事実だけ知っていて、あとは全く覚えていないから」


 少し明るめに声を張り上げ、答えた。別に隠すことでもないから。

 けれどベリーの自分を見ている視線が、なぜかとてもあわれんでいるような気がして。

 それがちょっとだけ気になった。

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