第4話 魔物の力
今の辛辣な言葉は目の前にいる美しいペガサスから放たれたもの? それはこの場にいる誰もが思った言葉だろう。度肝を抜かれる、とはまさにこのこと。
「ったく、めんどくせぇんだよなホント。相方が教師なんてめんどくせぇもんしてるから、毎年毎年俺はこうやってデモンストレーションさせられてんだよ。教師なんて辞めちまえばいいいのに。安月給で忙しいっつーのに何がいいんだかな」
ケッと言葉を吐き捨てるペガサス。トト先生は苦笑いしながら「ペガ」と呼んだ。
「毎回そうやって毒吐かないでください。そんなこと言いながら実は楽しんでいるのはわかっているんですからね」
「はっ、楽しんでるわけなんかねぇだろ。はぁぁぁ、めんどくせぇー。あぁ、めんどくせぇ」
「ふふ、全く……皆さん、気にしないでくださいね。ペガは言ってることと思うことが正反対の性格ですから」
「くだらねぇこと言うなよ、あぁ、やだやだ、俺はケツの青いガキはキライなんだっての、あぁ、やだやだ、はー……まぁ、少しは見てやる、仕方ねぇし、お前の頼みだからな」
口が悪くて毒舌全開のペガサスに対し、見ていた全員は嫌悪感を抱いただろうが。それはトト先生のおかげであっという間に「なるほどね」と納得に変わり、ペガに対する嫌悪はなくなった。この天魔様はド級のツンデレなだけだ。
ペガサスは「やれやれ」とまだ文句をつぶやき、トト先生から離れた位置に移動する。
そして空に向かって鼻先を突き上げると二つの虹色の翼を大きく広げ、校庭に響き渡る甲高い馬のいななきを上げた。
その時、一瞬だが全ての風が止んだ。校庭にいる誰もが息を飲む中、風はその一瞬に力を集約させているかのように校庭の中心へと集まった。
校庭に大きな竜巻が現れた。急に起きた風はその場にいた全員の髪をかき上げ、激しく服を揺らし、乾いた空気の流れを作って轟々と音を立てる。
(す、すごいっ)
その竜巻の中心に誰かがいたらどうなっているのだろう。そんなゾッとする考えを抱いた時、ペガサスはもう一度大きくいなないた。
風はそのいななきを合図に何事もなかったかのように周囲に溶け込み、消えていく。トト先生は自慢のパートナーの力を見てほほ笑み、生徒達は力の凄さに圧倒された。
「まぁ、こんなもんだ」
ペガサスはトト先生のそばに戻ってきた。
「ふん、これぐらい天地を揺るがす力を持つには結構時間はかかるだろうがな。パートナーを大事にしてやって成長させてくれよ。途中で“破棄”なんかした野郎は魔界の門の向こうにぶっ飛ばすからな」
もう一度鼻を鳴らし、ペガサスは「疲れたから先に帰る」とトト先生に告げて消えてしまった。
破棄ってなんだろ。まだ聞いたことないが召喚した魔物をどうにかする、ということだろう。
それにしてもさすが上級天魔。口は最悪だけど力はすごかった。
「はい、じゃあ次は皆さんの魔物の力を見せてもらいましょう」
そう言って一人ずつ生徒と召喚した魔物が全員の前に立ち、その力を見せてもらった。
力は個性豊かで多岐にわたる。火を起こす、氷を生み出す、火を吐くもの、風を起こすもの、傷を癒すもの。力は大なり小なりあれど人間にはない偉大な力だ、今のこの世の中を生きる上で必要なもの。
「じゃあ次はミューくん、行ってみましょうか」
指名された途端、不安に襲われた。
「え、で、でも先生っ、僕、本当に自信がないんですけど……僕の二体は上級ですよ、自分が弱いのに強すぎる力を持ったら、その力に飲み込まれることもあるって」
前の授業でそう習った。トト先生もそれはわかっているはずなのに。
しかし先生はなぜか承知していると言わんばかりに前に出るように促してきた。
「ですが、ミューくんはその二体を召喚できたんです。君には何か力があるかもしれないし、なければその力に飲み込まれるだけです。でも先生は大丈夫だと、君ならできると思います。それに召喚した以上、使役できずに破棄してしまったら、いずれ野魔となってしまいます。そうなれば、この上級魔物です。いずれこの場にいる生徒や、この街の全てが喰われてしまうでしょうね」
なに、いきなりの、そのプレッシャー。
急に感じたことのない重圧が肩にのしかかってきた。この場にいる全員の命を、この街に住む全員の命がいきなりかかってしまった。
(な、なんで急に、なんで僕が)
けれど動き出してしまったものは、もう止められない。自分の両隣には自分より頭二つ分は大きい見上げる存在が立っている。
右側には乱れた黒髪とその髪に埋もれる側頭部に生えた左右二本の黒い角、赤い瞳、褐色の肌にたくましい上半身。先程、裸だった下半身は黒いフサフサした毛皮のような物に包まれ、ますます獣を彷彿させた。
そして左側には緑色の鮮やかな短髪、全てを見透かすような綺麗な緑の瞳、白い透明感のある肌、大きな水色の輝く翼がカワセミでもあり、天使のようにも見える存在。
二体ともかっこよくて美しいと思う反面で、力が大きすぎて怖い。
「な、なんで……なんで君達は、僕の前に現れたの……」
戸惑う自分をよそに、二体は片方ずつ腕を伸ばし、誰もいない校庭に向けて手を広げた。力を見せてくれるというのか。
すると空気が、一気にビリビリと電気が通ったみたいに刺々しいものになった。空気が寒くなったかと思ったら、燃え上がるように熱くなってきた。天変地異で爆発寸前の大地のようだ。
このまま、この力が暴発するのでは。
この力に飲み込まれてしまうんじゃないか。
不安に拳を握りしめた時、ベリアスは白い牙をのぞかせてニッと笑った。
それに合わせるようにセラフィ厶もこちらを冷めた目で見たかと思ったら、スッと口角を持ち上げた。
「私達の場合、なぜ現れたかと聞かれるのは、なぜ生まれてきたんだと問われるようなものですが。君はそれを問うのですか?」
「そうだな、それはちょっとオレも心外かな、ってか生まれてきた意味なんて考えたことねぇから。だって普通に生きてて、ただお前の召喚に反応して現れただけだし。そんなのに意味なんて必要か? まぁ、この天魔は意味なんてねぇだろうけどな」
今まで二体から言われた言葉の中で一番冷たい印象を感じる言葉だった。いやむしろ軽蔑されたというべきか。
自分はそこまで深く考えて言ったわけじゃないけれど。こっちが召喚したのに「なぜ現れたんだ」と聞いたことで二体は気分を害してしまったらしい。
二体から少し悲しいような、怒りのようなものを感じた。
(そ、そうだよね、なんで生まれてきたんだ、なんて。そんなの、どんな命に対しても失礼なことだよね……僕、ひどいことを……)
いたたまれなくて視線を落とした時、ベリアスがハハッと笑う声がした。
「まぁ、そうだな。この召喚に意味付けするなら……オレ達は生きるためにお前の力を望むだけだ。あわよくばその心も身体も全てな」
「それはあなたの短絡的な考えだけでしょうが。でも大体は賛成ですかね、私も欲しい……この人間の全てを喰ってしまいたいくらいに」
二体は「だな」と顔を見合わせていた。
この二体は召喚されたものとして、この世界で自我を持って生きるための“召喚者の一部”が必要なだけだ。
だから僕に協力するのは“問題ない”のだ。
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