#3 黄色の鬼②

 階段を下り、2階中央で1号校舎と2号校舎を繋ぐ渡り廊下を走る。

 さっきと同じやり方をするならば摩耶先輩は一度1階まで降りて校舎北側か南側のどちらかの階段から中央階段へ向かって来るはずだ。

 摩耶先輩はかなり身体能力が高そうだけれど、そういつまでも全力では走れないだろう。

 僕は急いでテグスを壁のパイプに巻きつけようとするが、気持ちばかりが先走ってなかなかうまく出来ない。

 ようやくテグスを結びつけた頃、校舎北側の階段の方から駆け上がってくる足音が聞こえてきた。

 

かさね君、行くよっ」

 

 摩耶先輩の直ぐ後ろには目の潰れた黄色の鬼が迫っていた。

 僕は今度は外さないように、テグスを握ったままその時に備える。

 摩耶先輩が迫ってくる数秒が、とても長い時間のように思えた。

 

 摩耶先輩が僕の横を駆け抜ける。

 

 その瞬間、僕は思い切りテグスを引いた。

 ゴツッという感触と共に黄色の鬼の身体が前方に投げ出された。

 僕も衝撃に引っ張られるように廊下に転がる。

 

「ナイスアシスト! 今度は獲るよ!」

 

 顔を上げると、うつ伏せの状態で転がった鬼に向かって急制動をかけた摩耶先輩が振り向きざまにすかさず跳躍しようとしていた。

 

「やあぁっ!」

 

 だが、ナイフの先端が鬼の後頭部に潜り込むのと同時に鬼が頭をもたげる。

 鬼が咆哮を上げて激しく首を振るった。

 

「ダメッ、浅い⁉」

 

 摩耶先輩は放り投げられた人形のように軽々と数メートル先まで転がる。

 鬼は身体を揺すりながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 

「累君っ、逃げ、て。もう一度、やる、から」

 

 摩耶先輩は左腕を押さえながら、激しく肩で呼吸をしていた。

 その目にはまだ力があったが、疲労とダメージが蓄積しているのは明らかだ。

「もう一度」の望みは限りなく薄いだろう。

 いろんな言葉が頭を駆け巡る。

 

 逃げるのか。

 死にたくない。

 先輩を助けなければ。

 

 思考が溢れ出しそうになったその時、鬼の後頭部に半ば刺さったままのナイフが目に入る。

 そして鬼が摩耶先輩にその腕を伸ばそうとした瞬間、僕の身体は反射的に動いていた。

 

「だめよっ、累君!?」

 

 鬼の背中に向かって跳躍し、ナイフにありったけの力を込める。

 ナイフが鬼の頭部にズブリと潜り込み、柔らかい内部を抉る不気味な手応えがあった。

 鬼が激しく身体を痙攣させながら咆哮を放った。

 僕は無我夢中でナイフで中を掻き回す。 

 やがて痙攣が治まると、鬼は頭から床に倒れ込み動かなくなった。

 僕は鬼の上に跨ったまま摩耶先輩に視線を向ける。

 摩耶先輩は少しの間戸惑ったような表情を浮かべていたが、それが笑顔に変わった瞬間、僕に向かって駆け出していた。

 

「すごいっ、すごいよ累君! 初めてなのに鬼を倒しちゃったなんてっ。そしてありがとう、私を助けてくれて」

 

 僕の身体に摩耶先輩の腕が巻きついて強く抱きしめる。

 

「正直、今回はもうダメかと思ったわ。本当にありがとう、累君がいてくれてよかった」

 

 ああ、なんとか摩耶先輩を助けることが出来た。

 僕は安堵感に包まれながら、摩耶先輩の柔らかい感触と甘い香りを少しの間甘受していた。


【続く】

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