Part2:幼馴染と膝枕

「それじゃあ、約束通り、次は膝枕してあげるね」


 そう言うと、紗季の柔らかくて、暖かい太ももの感触が消える。


 年下の女の子に、いいようにされていると言う気恥ずかしさと、実はこれ、やばい事をしているんじゃないか? と言う緊張感。それと、実はちょっとだけ心地よかったな、と言う寂しさから、大きくため息を吐いた。


「ん、どーしたの? ちょっと残念そうだけど、もっとしてて欲しかった?」


 よりにもよって、なんでそっちの気持ちの方を築かれてしまうのだろう。ふふっと、魔性的な笑みを浮かべる紗季に「そんなことねぇよ」と、逃げるように窓の方へと視線を逸らした。


 真っ暗なガラスに反射する俺の部屋。白色のソファーに沈み込む俺と、制服姿の彼女。そして、その白い太もも。


「ね、お兄さん」


 するとソファーが沈み込んだ瞬間、右の肩に重みを感じ、耳に息を吹きかけられた。


 生暖かい息に、思わず背中がゾクリとして、変な声が出る。


 真っ暗なガラスに映る紗季が、イタズラに笑った。


「あはは! お兄さんって、お耳弱いんだね♪ ほ〜ら……ふぅー……」


 生暖かくて、甘い香りの息が、耳の中にねっとりと流れ込んでくる。奥深くの鼓膜をボソボソと揺らすたび、頭の中に心地のいい快感を感じた。


「——っ! おい、やめろ!」


「あはは! おにぃーさん感じてる〜!」


 あはは! と華奢な笑い声を上げて楽しそうにこちらへと手を伸ばす。


「それじゃあ、次はぁ〜……って、お兄さん?」


 だが、俺はそんな彼女の手を掴み、体を離した。


 疑問と、どこか不安がっている彼女の顔に、俺は言葉を吐く。


「……大人を舐めんな。いくら幼馴染でも、お前は学生で、俺は社会人なんだ。越えちゃいけない線をいい加減分かれ」


 きっと、そんな言葉に紗季は萎縮したのだろう。掴んでいた手を離すと、ゆく離その手を引っ込めていく。


 俺から視線を逸らし、床に目を向けたまま、口を一文字に結んだ。


 そうだ、これでいい。いくら幼馴染とはいえ、女子高生と社会人。こう言う線引きを教えるのは、大人の役割なのだから。


 すると、突然。


「……ごめん、嫌だった?」


 しゅんとした声で、紗季が言う。そんな彼女に「いや、そう言う事じゃなくて」と、俺は言葉を続けた。


「いくら幼馴染でも、大人と未成年。その一線は越えちゃダメなんだよ」


「でも私、エッチなことしてないよ?」


 そんな彼女に思わず言葉を詰まらせる。こいつ、色々と自覚が足りてなさすぎるだろ。


「はぁ……、男っていうのは女性にそんなことされたら、みんな勘違いするんだよ。つーか、もし俺がお前を襲わないって確証はないだろ?」


 だから……。と、俺の言葉に被せるようにして、「それってさ……」紗季が言葉を被せる。どこか気恥ずかしそうにこちらを覗き込む彼女は、ゆっくりと、確認するように言葉を紡ぐ。


「お兄さんは、私でそういう事しちゃうかもって、思ってくれてるんだよね?」


 紗季のセリフの後。一瞬周りの音が聞こえなくなった。


 彼女の瑞々しい瞳と、ほんのりと香る甘い香りに、どくどくと心臓の音を早くする。


「ね、どうなの? お兄さん」


 桜色の薄い唇が動いて、魔性的な声が口から漏れ出す。そこで意識が戻ってきた俺は、ハッとして、顔を逸らす。カァーッと顔が熱くなるのを感じた。


「……いや、なんていうか……」


「なんていうか?」


「……紗季は魅力的だと思う」


 ボソリと呟いた後、静寂が訪れた。きっと時間にすると、一秒とか、それぐらい。だが、その一呼吸にも満たないぐらいの短い時間が、異様に長く感じた。


 そして、


「ふふっ。魅力的……かぁ」


 と、声が聞こえた次の瞬間。俺の頭に紗季の手が触れ、そのままゆっくりとソファーへと引き寄せられる。


 そして俺の頭が何か柔らかいものの上に乗った瞬間、石鹸のような香りがふわりと舞った。


 視界のすぐ先の、白くて肉付きのいい太ももが、小さく揺れる。


 え……? と状況の理解に追いつかず瞬きをくる返していると、先の手が優しく俺の頭を撫でた。


「そっか、お兄さんの中で私は魅力的なんだね。嬉しい」


 さらさらしていて、華奢な指先が行き来する。


 その度に溢れてくるような安心感と、まるで温かい温泉に浸かっているような心地よさに、さっきまで思っていたことをいつの間にか忘れていた。


 程よい柔らかさと、石鹸の匂いに包まれる。


「私が小さい頃はこうやって、よく膝枕してくれてたよね。お兄さんの太もも、硬かったなぁ」


「……まぁ、あの頃は運動部だったしな」


「うん。毎日体鍛えてたもんね。だけど、私は好きだったなぁ。あの硬さも、お兄さんお匂いもね」


「やめろ……」


「ふふっ。お兄さん恥ずかしいの? お耳赤いよ?」


 そう鼻を鳴らすと、紗季の華奢な指が耳たぶを挟む。フニフニと優しい力で握られて、頭が蕩けそうだった。


「ん。ね、お兄さ最近耳掃除してるの?」


 紗季の言葉に、顔を小さく横に振る。すると彼女は、もぉー、と呆れたようにため息を吐いた。


「ダメだよお兄さん。耳掃除しなくちゃ」


「いや、意外と時間なくて」

 

「それでも! もう、今日は仕方がないから、私がお兄さんのお耳、綺麗にしてあげるね。だから……」


 そう一息つくと、紗季が俺の耳に顔を近づける。


 そして、


「一旦、膝枕はお預けだよ。ふふっ。すぐに綿棒とってくるから、ちょっとだけ待っててね」


 そう、囁くように、息を吹き込んだ。




 




 


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