8月16日

 朝、バイト先から連絡があった。指示された通りナツと一緒に面接した事務所に向かう。面接と同じように前におじさん2人が並んで座っている。

 電話でも言っていたが、バイト期間の終了と給料を手渡しされた。詳しく聞こうとしても問答無用で手続きを進められる。最後にバイト内容は他言無用という念書にサインさせられ事務所を出るように言われた。

「思ったより稼げなかったねぇ」

 昨日より若干落ち着いたが、まだ高い声でナツが漏らす。事務所の中にも聞こえているだろうけど反応はない。私はナツを引っ張って近くのファーストフード店に入った。他の客に気付かれないように給料袋の中を確認する。50万円とちょっと入っていた。

「交通費込みでも多くない? 4日しか行ってないし、働いたのはたった3日だよ?」

「口止め料じゃない?」

 ナツは季節限定のかき氷をおいしそうに食べていた。まだテンション高めではあるけど徐々に元のナツに戻ってきているように見える。

「ナツ、悪いけどこれ保管して置いてくれない?」

 給料袋を差し出す。

「私で良いの?」

「口座に入れることも考えたけど、保護者って理由で巻き上げられないとも限らないから。ナツなら私の保護者が来ても無視できるでしょ?」

「なるほど」

 ナツは私の給料袋をするっとショルダーに入れ、自分のスマホを出した。

「ところで、バイトの影響か呪いが強くなってるんだよね」

 そう言うとスマホを突き出して私の耳に当てた。留守電の録音らしい。男性の荒い息づかいが数秒続き、「知らなかったぁ」とささやくような男性の声がした。

『知らなかったぁ・・・・・・君のような人がいるなんて・・・・・・禍々しい影をまとって・・・・・・僕たちなんかより深い闇を背負って・・・・・・君みたいな女の子が・・・・・・』

 そこに「汚い」と別の声が入る。

『汚い汚い汚い汚い』

 ささやき声は「汚い」に掻き消されていった。

「『汚い』ってハルが言ってたよね、責任者がおかしくなったときに言ってたって。それかな?」

 私は腕に浮かんだ鳥肌を撫でながら、何から指摘すれば良いか頭の中で整理した。

「・・・・・・その声は、確かに右城さんに、聞こえる」

「やっぱり!」

「何でそれが留守電に入ってるかは判らないけど、それより」

「呪いの嫌がらせみたいなことかな。結構いろいろしてくるし」

 そうか、いろいろしてくるのか。

「じゃあ、その気持ち悪い声も、呪い? 深い闇がどうのって言う」

 ナツはあっさり否定する。

「呪いじゃないよ。屋見岡って人の声だから」

「誰?」

「作業所で一緒だった、やたら話しかけてくる男の人。なんで番号知ってるのか判らないけど」

 ナツは平気そうだけど、ナツの状況は悪くなっている。呪いは強くなるし、変な男にロックオンされたみたいだ。私はナツの代わりに頭を抱えた。

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