8月7日

 あまり持ち金がないから申し訳ないが夏都にまた実家の近くの駅に来てもらった。前回と同じ喫茶店に行く。私たちが4人掛けの席に座るとお冷やが3つ置かれた。

「二人です」

 と私が言うと、店員は戸惑いながらグラスを一つ回収していった。

「呪いが見える人もいるんだよ」

 と夏都がしたり顔だ。私はもうツッコむ気はない。

「それなんだけどさ、呪いを解くの手伝おうか」

 夏都はメニューを見ていたが顔を上げて

「ほう」

 とよく分からない相づちをうった。

「呪い、解きたくない?」

「解けたら良いよね」

 他人事のように言う。「呪い」に関する話題に付き合ってやったら夏都も嬉しいと思ったんだけど、あまり思った感触がない。

「それで、その代わりに、私の手伝いをして欲しいの」

「良いよ」

 それは即答なんだ。

「何を手伝うか聞かないの?」

「え? 何するの?」

「家出」

 そこで夏都は店員を呼んでコーヒーフロートを頼んだ。私もアイスコーヒーを注文する。

「家出してどうするの?」

「お婆ちゃんの家に戻って、夏都と同じ学校に通いたい」

 うんうん、と夏都は嬉しそうに聞いている。

「うちの事情に巻き込まれるかもしれないってことだよ」

「うん、弟と仲悪いんだよね」

 やっぱりちょっと軽く考えているようだ。

 そこで注文していた飲み物が運ばれてきたから、私たちは一瞬黙った。店員が聞こえない位置まで離れてから、私は口を開いた。

「私の名前、咲子じゃん?」

「うん」

「先に生まれたから、サキコなの。男の子が欲しかったから『あーあー、女の子が先に出てきちゃった』っていうサキコ」

「親が付けたの?」

「うん。漢字を当てたのはお父さんだって」

 たぶん母だけだったら先子になっていたと私は確信している。

「そういう家なのよ、うちは。だから出るの」

 夏都は真顔になって「そっかー」とつぶやき、

「やっぱり花が咲くって春だよね」

 と突然話が飛躍した。

「え? ああ、まあ、そういうイメージだね」

「じゃあ、私は今日からハルって呼ぶね」

 何がじゃあなのか判らない。夏と春でおそろいにしたかったんだろうか。まあ、好きに呼べば良い。

「それと、呪いのことは気にしなくて良いよ」

 設定だとネタばらしするのかと思ったら

「ハルは私の魂の片割れだから、ハルの幸せは私の幸せでもあるんだ」

「何? 何て?」

「魂の片割れ」

 ニコニコと夏都は説明してくれた。曰く、呪われてから幽霊や人魂が見えるようになったらしい。それで生きている人間の魂の形も判ると。

「大体ボールみたいな感じなんだけど、絶対完璧な形じゃないんだ」

「絶対?」

「そう、絶対。いろんな欠け方があるんだけど、私の魂とハルの魂がちょうど欠けてるとこを合わせると、ちゃんとした球体になるんだ」

 夏都がボールを持つような手つきで説明してくれるが、私はやっぱり夏都が変な子だと言うことしか判らない。

「私とハルの魂は二つで一つなんだよ」

 高校に入って、すぐに夏都を含めて数人と仲よくなった。特別夏都と仲が良かった気はしないけど、夏都は違ったのか。私はとんでもない人を仲間にしてしまったようだ。

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