第7話

 近付きたくないが、俺の家の前にいるのだから、用があるのだろう。そもそもすでに向こうに見つかっている状態で、背を向けるのは怪しい。

 仕方なしに歩み寄ると、イルミナはほっとした顔をしていた。


「訪ねたら留守だったから、緊張した。もしかして外に行ったのかなって」

「止められたし、危険は冒さない」


 この言い方からするに、イルミナは商業ギルドから出た依頼を知っていそうだ。


「うん、よかった」


 危険度Bを設定したぐらいだ。回復薬は一つでも多く欲しいだろうに、イルミナはそうとは言わない。

 一人の人間が危険を冒さなかったことを、純粋に『よかった』と言う。


 なぜだろうか。イルミナが本気でそう思っていることに、落ち着かない気持ちになる。低ランク品しか作れない上、それすら最低限の協力しかしない無能と罵られるより、余程罪悪感がある。


 ……というか、今のは訊ねてきた理由ではなかったな。話がずれた。


「よかった、って言っておいてなんだけど、王宮騎士として、貴方に依頼があります」


 今度は王宮騎士依頼か。こちらも個人に断る権利はほぼない。人間社会は稀に権力が面倒くさいな。


「あまり、大したことはできない」

「無理なら、断ってくれても大丈夫」


 眉を寄せた俺に、イルミナは実に良心的なことを言ってくれる。


「依頼内容は薬草の採取。護衛にわたしが付きます」


 意外な依頼だった。


「本当はわたし一人で行ければいいんだけど、薬草の知識がなくて。専門家の力がいるわ」

「グラージュスからの物資を待てないのか?」

「町の薬品系在庫がもうないらしいの。今不測の事態が起こったら、通常より大きな被害が出る可能性がある……」


 そんなに大量に売れるわけでもなし、ノーウィットの商業ギルドが抱えていた在庫量などたかが知れている。ダンジョン討伐で集まった冒険者が買い求めたら、あっさり底をつくのは想像に難くない。

 成程。確かに今、その状態で十日強待て、というのは心許ない。納得した。


「この町にいる錬金術士は貴方とご老人の男性だけ。薬士は三人で、親子二人と女性が一人。薬士のお二人には昨日付き合ってもらったわ」


 親子で薬師をやっている所は、子どもがまだ十歳ぐらいだった。ノーウィットのもう一人の錬金術士は近頃足腰が弱ってきたと愚痴を言っているのを見かけたことがある。


 ……なるほど。動けそうな人材はあと俺だけか。


「できれば、力を貸してほしい。人の命を護るために」


 イルミナが真剣なのは伝わってきた。もし俺が人であれば、心に響くのだろうか。

 だが俺にはイルミナがなぜそう深刻に、真剣になれるのか理解できないし、そもそも人の命がどうなろうとどうでもいい。魔物も同様だが。

 だが素材が届くまで暇なのは確か。どうせやれることもないのだし、構わないと言えばそうだ。むしろ少し余分に採って、自身の研究材料として使うのもいい。


「薬草以外の採取もして構わないか?」

「ええ、問題ないわ」

「引き受けよう」

「ありがとう」


 礼を言った彼女の笑顔は、つい先日の――魔物フォニアの俺に向けたのと同じものだった。それが意外で、何度か目を瞬く。


「どうかした?」


 訊ねられ、何でもないと首を横に振る。一つとはいえ、魔物に同族と同じ感情を向ける人間に驚いたなどと言えない。


「すぐに行くのか?」

「そうしたいと思ってるけど」

「籠を持ってくる」

「うん、お願い」


 一人で採取に行くなら水神と闇神の力を込めて作った空間拡張・劣化防止の収納道具『簡易軽倉庫』を使うんだが、人目に晒すのは良くないのは分かっている。

 人間たちはどうも、神々との距離が遠い。神の力を宿した創造物は、あまり存在しないらしいのだ。

 歌や曲を奉納すれば、わりと快く力を貸してくれるんだが……気付いていないようだ。


 俺は魔物だからどうかと思ったが、魔神以外の神々も力を貸してくれた。フォニアは神力も使える種だから構わない、とのことだ。

 ともあれ、外で人と会っても怪しまれないよう、俺は普通の籠も持っている。今日の採取は草だけだから、中型の、背負うのではなく手に持てる程度の大きさでいいだろう。

 籠を持って再び表に出る。家に鍵をかけてイルミナにうなずいた。


「じゃあ、行きましょう」


 イルミナと一緒に行けば、門番もあっさり通してくれた。俺一人なら顔をしかめて止められるところだったろう。

 街道から少し逸れれば、疎らに木の生えた林がある。簡単な回復薬の素材ならここで充分だ。


 しかし昨日も採取に来たわりには、ずいぶん手つかずで残っているな。観察眼を持ち合わせていないと見える。後発の俺としては探し回る手間が省けていいが。

 木の根元に群生を見つけ、さっさと採取をしていく。

 キュアリーフ、エンドルフィア、リッセ、ハージエ。


「ま、待って。それ全部薬草なの?」


 何を当たり前のことを聞いてくるのか。使えないものを採ってどうする? 一部毒草も混ざっているが、きちんと薬にもなるので間違っていない。

 うなずく俺に、イルミナは戸惑った顔をする。


「でも、前の二人はそんなには……」

「当然だ」


 なぜ自明のことを不思議がるのか。採取に連れてきたのは薬士だと、彼女自身が言っていたというのに。


「彼らは魔力や神力が視られない」


 薬士とは、錬金術の行使に届かない魔力、神力の持ち主が選ぶ職業だ。たとえその先で医術にこそ可能性を見出した医士になるとしても、調合だけはできる限り錬金術で行うべきなのだから。

 何らかの力を秘めた物質には、必ず魔力か神力が宿っている。これらの構成を無視した調合は、素材の力を殺すだけの行いだ。


 だが人間は魔力を持たない者も少なくないし、繊細な調整ができない者も多い。魔力を持つ者の中で錬金術士の才を持つ者が更に絞られるのはそういう理由だ。

 幸いにして、俺は調整が得意だ。魔力量、神力量は多いから調合に不都合もない。


「力が視られないのが、どう関係あるの?」


 知らないのか? 専門でなければそういうものだろうか。採取に付き合っているのだから気付いてもいいだろうに。


「素材に力が宿っているだろう。それを探せば済む」

「え……っ。いや、そうだけど……。そんな微細な力、感知できないでしょう?」

「感知できないでどうやって調合するんだ」


 実際に調合するときには、もっと細かな調整が必要だというのに。

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