第3話
安く済ませられる食事を考えながら市場へ向かう途中で、不意に腕を取られた。
「?」
「よう、あんた錬金術士なんだろう。仕事の依頼がある」
内容だけなら多少粗野なだけと言えなくないが、人の腕を掴んで拘束しながらでは脅迫と同義だ。
俺の恰好は目立つので、商業ギルドに出入りしている錬金術士であることは大勢が知っている。別に隠してもいない。
「Bランク以上のヒールポーションとマジックポーション、それに守護者の札が欲しい。金は相場の一・二倍出す。ギルドじゃなく、俺に売ってくれ」
どうも今は品薄のようだから、金額を増しても手に入れたいというのは分かる。しかしこうした路上交渉は国の法律で禁止のはずだ。理由は厄介事に発展しやすいから。
俺が断るために首を振るより早く、第三者の声が割り込んだ。
「強引な路上交渉はどこででも犯罪ですよ。今すぐ彼を離してください。でなければ貴方を摘発することになります」
「あぁ?」
威嚇を含んだ低い声音を発して、男は声のした方を振り返った。しかしそこでビタリと動きを止める。
声をかけてきたのは長い金髪を背中で緩やかに編み込みにした十八、九ほどの女性。青の瞳は理知的な光を宿し、己よりはるかに体格のいい男に対して注意喚起を行うことへの恐れは微塵もない。
それも当然。彼女と目の前にいる男とでは、体に宿る力が比べ物にならない。それは身体能力を看破するのが苦手な人間でも理解できるだろう。
彼女の纏う、王宮騎士の制服によって。
「いや、そんな……。強引になんてやってませんぜ」
男はへらりと
代わりに近付いてきた女性は、心配そうに俺を見上げてきた。なので、身を引く。
フードの奥を覗き込まれたら、白髪から毛先だけが青く染まるという人間にしては奇妙な配色の頭髪や、耳の代わりに付いている翼が見えるかもしれないから。目の色が赤なのは問題ない……はずだ。
「ああ、すみません、不躾に。大丈夫でしたか?」
彼女が純粋に心配しているだけなのは伝わった。なので、こくりとうなずく。それに対し、女性は瞳にさらなる気がかりの色を浮かべる。
「……もしかして、喋れないのですか?」
「……そうじゃない。面倒なだけだ」
一拍空けたのは、自分の声に宿る力を制御するため。そして答えた内容に彼女は戸惑った顔をしつつ、うなずいた。
「それならいいんですが。――何にしろ、災難でしたね。商業ギルドから出てきたということは、用事を済ませたところでしょう? 帰宅するのですか?」
それには首を横に振る。俺には食材の買い出しという面倒事が待っていた。
「では、わたしもお付き合いしましょうか。ダンジョン討伐で人が集まっていますから、ああいった輩が出ないとは限りません。もし身を護る術が心許ないのなら、錬金術士である貴方が一人で出歩くのは危険ですし」
「……」
確かに、俺はそう力が強い魔物じゃない。
いや、いくら何でもさっき絡んできたような相手に負けるほど弱くはないが。弱小種とはいえ、一応上級種にまで昇ってはいるんだ。
だが強い人間相手には、おそらく勝てない。だから彼女の提案は的外れとは言えないだろう。
……ただ、その理由は分からない。俺が危険だから、それがどうした?
厳しい選抜を潜り抜けた王宮騎士である彼女がこんな片田舎にいるのは、間違いなくダンジョン討伐に関わるからだろうが、それはそれで忙しいだろう。油を売っていていいんだろうか。
俺が首を傾げると、彼女は少し困った感じの微笑を浮かべる。
「お邪魔でしょうか」
邪魔かどうかで言えば、邪魔だ。自分のペースが乱れるし。
とはいえ、提案の利点は理解できる。
魔物ゆえの不快な何かを感じるのか、それとも人から見て御しやすいと思われる要素があるのか、俺は絡まれることが多い。その程度の対応ぐらいはできるが、避けられる面倒なら避けたい。
しかしなぜ、彼女は俺に利のある、かつ自分には利のない提案をしているのだろうか。
少し考えてから、彼女は一度うなずく。
「邪魔だというのなら仕方ありませんね。では、先程助けたお礼をいただけないでしょうか? 貴方が帰るついででいいので、町を案内してほしいのです。何分今日ノーウィットに着いたばかりで土地勘がないもので」
それは言い方を変えただけで、取る行動は同じだ。
だが助けられたのは事実だし、礼として寄越せというのなら構わない。
うなずいて了承すると、彼女はにっこりと笑った。
「わたしはイルミナ・スティレシアといいます。貴方のお名前は?」
家名持ちか。いや、王宮騎士なら当然だな。立ち居振る舞いからして、いっそ貴族かもしれない。
魔物社会もそうだが、人間社会でも上流、中流、下流階級ははっきり分かれている。
上流階級の中でも最上段に位置するのが言わずと知れた国王。次点で貴族。中流と言われるのが豪商など、家格はないが金や人脈など力のある者たち。そして下流は労働者全般。俺はここに入る。
一流の錬金術士として国が認める王宮錬金術士の資格を得れば扱いが上流並みになるらしいが、縁のない話だな。
「ニアだ」
「ニアさんですね。よろしくお願いします」
家に帰るまでの同行人と、よろしくする必要があるのだろうか?
人間はどうもよく分からない。
目的通り市場を巡って食材を買い揃えていき、イルミナはそれに黙って付いてくる。割と興味深げに品々を見ていたから、意外と退屈はしていなさそうだが。
買い出しを終えて家に戻るまでにかかったのは、数十分といったところだろうか。
「では、ここで。外出時はどうぞお気を付けください」
しっかり家までついてきてから、イルミナは去って行った。
……さて。当てができたことだし、残り七割の在庫ポーションを片付けてしまおう。
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