第23話 鬼

 馬が風をかき分けるように進んで行く。細い農道ではあったが、それでも良く手入れされているようで、硬くてしっかりとした地面が続いている。鞍に捕まりながらマルスはジッと前を見据えていた。


『エクストラヒールで何とかなるといいな』

「そうだね。ちなみに何とかならなかった場合は、エクスに期待しても良いのかな?」

『エクストラヒールの上か。完全回復魔法のパーフェクトヒールかな? それとも、死者蘇生のリザレクション……』

「……」


 エクスの住んでいる世界は一体どうなっているんだ。クラクラしそうになる頭を左右に振って頭に浮かんだ考えを振り払った。死者蘇生魔法。そのようなものが存在しているだけでも恐ろしい。


 しかし実際はエクスの世界では死んだ人を生き返らせることはできない。その代わりにエクスが思い描いていたのは、ゲーム内やアニメ、映画などで死者が生き返るシーンであった。


 二人が乗った馬は軽快に道を進んで行った。この辺りは魔物が生息しておらず襲われる心配はない。そうして日が傾き始めたころ、少し大きめの村が見えてきた。簡易的な木の壁に囲まれており、七十件ほどの家が建っている。


 猛スピードでやって来た馬に見張りをしていた男が驚いた。とっさに持っていた槍を前に構える。近づきながら、馬は速度を緩めた。馬に乗っている人物を見て、見張りは槍を下げて手を振った。


「カタリナ、ようやく戻って来たか!」

「遅くなって悪かったね。通してもらうよ」


 見張りの男がうなずいて道を空けた。再び馬が走り出す。到着したのは村の中でも一番大きな家だった。そのまま庭に入り、慣れた手つきで馬をつないでいると家の中から壮年の男が慌てた様子で飛び出して来た。


「母さん、今まで一体どこに行って……その子は?」

「この子はマルス。あたしの一番弟子だよ」

「それは……」


 叱るような口調がいつの間にか困惑するものへと変わっていた。だがそこで本来の目的を思い出したようである。顔をキリリと引き締めた。


「それよりも、手紙は見ましたか?」

「見たよ。ルーファスが死にかけてるみたいだね。でも何とかなるかも知れないよ」

「それならどうしてもっと早く……え? 今なんて?」

「一刻を争うんだろう? こんなところで話している場合じゃないよ。ほら、マルスもついてきな」


 有無を言わせずにマルスを引きずるように家の中へと連れて行く。家の中にいた人たちは驚きを持ってそれを迎えた。その中にはマルスの母親と同じくらいの年齢の女性もいた。


「お義母様、戻っていらっしゃったのですね! ……えっと、この状況は一体?」

「説明は後だよ。それよりも、どうしてこんなことに? むちゃをするような子じゃなかったはずだよ」

「魔物に襲われた仲間をかばったみたいなんです。その子たちはルーファスのケガを治す薬を探しに行くって言って飛び出して行きましたわ」


 ズンズンと進んで行くカタリナの後を、マルスとルーファス夫妻がついて行く。ルーファスに剣の手ほどきをしたのはカタリナだ。それ相応に鍛え上げたつもりだったのだが、どうやらまだまだ修行不足だったようである。


 それもそのはず。かわいい孫に嫌われたくない。その甘さが孫に厳しい訓練をつけることをためらわせていたのだ。その結果がこれである。カタリナは深く反省せざるを得なかった。

 本当に孫がかわいいのならば、鬼になってでも鍛え上げるべきではなかったか。


 ルーファスの部屋にたどり着くと、扉をノックすることもなく開け放った。そこにはベッドの上に横たわる少年の姿があった。意識はなく、浅い息で苦しそうにあえいでいる。

 その姿を見て崩れ落ちそうになったカタリナだったが、何とか踏みとどまった。希望はあるのだ。ここで自分が砕けてどうする。


「マルス、さっそくだが、頼めるかい?」

「任せて下さい。必ず救ってみせますよ。エクストラヒール」


 静かでどこか温かい光がマルスの手から放たれた。それは徐々にルーファスの体を包みこんでいった。そしてすぐに変化は訪れた。先ほどまでの苦しそうな呼吸はなくなり、安らかな寝息を立て始めたのだ。アナライズの結果も良好だった。


「これで大丈夫です」

「もう終わったのかい? こりゃ思った以上にすごいね」

「ほ、本当にルーファスは大丈夫なのですか?」


 母親が泣き出しそうな声で尋ねてきた。マルスは自分が相手の状態を鑑定できる魔法を使えることを説明し、その結果、空腹であること以外に問題がないことを告げた。

 まだ眠っているルーファスを起こさないように部屋を出たところで母親が泣き崩れた。それを父親が励ましている。

 なんとなくその場にいづらくなった二人は先に食堂へと行くことにした。


「マルスには感謝してもしきれないよ。孫を救ってくれてありがとう。この通りだよ」

「やめて下さいよ、師匠! 救ってもらったのはボクの方です。師匠がいなければ、今のボクはいませんでしたよ」


 そう言ったものの、カタリナはかたくなに頭を上げようとしなかった。そのうちルーファスの両親もやって来て、同じように頭を下げられた。

 頭を下げられることなど慣れているはずのマルスだったが、何だかお尻がムズムズしてしょうがなかった。


 形式的に頭を下げられるのと、本心から頭を下げられるのではここまで胸に来るものが違うのか。胸の中に宿る感触をマルスは少し誇らしい気持ちで受け止めていた。


 ルーファスが起きてきてからは、それまでのしんみりとした雰囲気がウソのように一気に騒がしくなった。他のパーティーメンバーが薬を探しに行ったという話を聞いて、すぐに飛び出そうとしたルーファスはカタリナからものすごい拳骨をもらっていた。


 その痛そうな光景に思わずマルスが肩をすくめて目を閉じた。初めてカタリナから拳骨をもらったルーファスは涙目になっていた。いつものばあちゃんじゃない。そう思ったはずである。


「ルーファス、いくら仲間をかばったからとはいえ魔物に不覚を取るとはね。どうやら修行が足りなかったみたいだね」

「……」


 カタリナの鬼のような表情にルーファスは反論するのを放棄した。ここで何か言えば先ほどの拳骨が飛んでくる。その後もカタリナに連綿と説教をされるルーファスを横目に、マルスたちはルーファスの母親が用意してくれた夕食を食べた。きっとおいしい料理なのだろうがまったく味がしなかった。

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