第3話 ナビにまつわる不思議

 こんにちはー、こんばんわかな?朝岡まどか……ってまたキミか。

 ひょっとして暇なの?

 こんな所にばっかきてちゃダメだゾ、ちゃんと青春を謳歌してる?

 あ、してるの、あっそう、ふーん……。


 えっ、自己紹介?もう知ってるでしょ?

 いいからやれって?もう、どこまで俺様なのよ。

 はぁい、わかりましたよぉ。


 って事で、朝岡まどか、ぴちぴちの二十歳、職業カメラマンですっ!

 えっ、ぴちぴちっていうのが死語?その時点でぴちぴちじゃない?

 ……もぅ、そんな事はどうでもいいのよ。

 そんな事より、今日はどうしたの?

 えっ、また話が聞きたいって?

 うーん、仕方がないなぁ。

 じゃぁ、私の職業の話ね。

 職業、カメラマン……そう言われたら、キミならどう反応する?

 あれ?困ってる?

 実はね、カメラマンだって知ると、不思議なくらいみんな聞いてくることが同じなのよ。

 「ヌード撮った事ある?」だの、「心霊写真撮った事ある?」ってね。

 それ聞くと、なんか、世間一般のカメラマンに対する認識って何なのッて小一時間ほど問い詰めたくなるんだけど。

 大体ね、心霊写真はともかく「ヌード撮った事ある?」って私に聞いてくるのって、セクハラじゃないかなぁ?


 美並先輩に言わせると「まどかちゃん相手なら、セクハラ以前に犯罪で捕まるかもね。」なんて言ってるけど……。

 えっ、何で君も頷いてるの?私の童顔ってそれ程?

 って言うか、さっきのヌードってところで、キミ顔が赤くなったよね。

 私の想像しちゃった?もぅ、純情君なんだからぁ。


 えっ、はいはい、不思議なお話ね。

 ……照れなくてもいいのに。


 あー、ハイハイ、わかりました。もう揶揄いませんよ。

 今回は、私が入社した年の夏、世間を騒がした事件……そう、あの事件ね。

 あの裏で起きたちょっとした不思議なお話よ……。


 

 「えー何々、まどかちゃん、車探してるの?」

 私が、美並先輩とお昼しているときに、割り込んできた人……三宅先輩。

 美並先輩とは同期なんだって。

 見かけは意外とイケメン。中身は……。


 「コラ!女の子の会話に割り込んでくるなんて失礼でしょ!

  まどかちゃん、気を付けてね、こいつ、まどかちゃんの事狙ってるっぽいから。」

 美並先輩がそう言ってくれるけど……。

 私にはわかる……三宅先輩からはアイツと同じ匂いがする……同類ってやつだよね、たぶん。


 「おいおい、失礼な事言わないでもらいたいなぁ。俺は紳士だぜ!」

 「(21)の紳士……ですね。」

 「お、そのネタ、まどかちゃん、中々通だね。」

 褒められてもうれしくないんだけど。

 ほらぁ、美並先輩がわからないって顔してるじゃない。


 「えーと、まどかちゃん?あのバカの事わかるの?」

 美並先輩が引いてるよぉ……えーん、ひかないでぇ。同類じゃないからね。


 「幼馴染がアレ系なんですよ。だから自然と……。」

 「そっか、まどかちゃんも苦労してるんだね。」

 よしよしと頭を撫でてくれる美並先輩。

 優しくて、綺麗で気立てがよくて……その気がない私でも「お姉さま」って呼びたくなっちゃうタイプだね。


 あ、誤解しないでね、あくまでも美並先輩が、そういうタイプってだけで、私は、その気はない……と思うけど……センパイならいいかも……。

って、あ、そうだねお話の続きだね。


 「ところで(21)ってどいう意味?」

 そこ突っ込みますか?

 「えっと、ですね……。」

 私はメモ紙に「(21)」と走り書きをして、美並先輩に見せる。


 「こう、走り書きで書くと……『ロリ』って見えません?」

 「えっと、……あぁ、なるほど、そう言う事ね……でも、よくわかったわね。」

 「慣れてますから……それに、ああいう人たちって意外と堂々と曝け出してますし……。」

 私はそう言いながら、隣に住んでいた、樹美尾きみお家の長男、卓也の事を思い出す。

 あいつも結構堂々と紳士を連呼してたっけ。


あ、卓也とはそんな関係じゃないからね。よく一緒にいたから、学生時代は揶揄われたけど、アイツは二次元第一主義者だから、三次元の女には興味がないのよ……たぶん。

 

 「それより先輩……。」

 私は小声で美並先輩に気になっていたことを聞く。

 「三宅先輩がロリ紳士だとすると……結構ヤバいんじゃないですか?」

 三宅先輩は結構な数の小学校を担当している。

 「そうなんだけどね……。」

 そう言って、三宅先輩がアルバムとか写真をいくつか見せてくれる。

 「……すごい。」

 写っている写真は、どれも素敵だった。

 子供たちの笑顔、輝く一瞬をしっかりと捉えている。

 

 「腕はいいのよ……アイツ。」

 確かに、いい写真ばかりだ……ただし女の子だけ。

 男の子は、悪くないけどそれなり……見比べると確かに差はあるんだけど、単体で見れば文句がつけれないレベル……クレームを出しにくいよね。

 「それに、まだ問題起こしていないからね。」

 「はぁ……さすがは『紳士』ですね。」


 三宅先輩は、意外とデキる人だった。

 まぁ、その原動力になっているのが「イベント参加のために自分の時間を捻出」するためだなんてことは、上の人には気づかれてないだろうけど……。

 ああいう人たちの、目的はともかく、結果を出してしまえるところは、素直に感心するところだけどね。


 「ところで、話を戻すけど、まどかちゃん車探してるんだって?」

 あ、まだいた……。


 「えぇ……終バスの時間早いし、そろそろ仕事にも差し支え出てきそうだし……。」

 ウチの会社は、実は社用車が少ない。

 会社が購入費の一部や、ガソリン代などの維持費の一部を負担してくれる代わりに、自分の車を使用することを推奨されている。

 詳しい事はよくわからないけど、会社的には、そっちの方が安上がりなんだって。


 「だったら、丁度いいのがあるんだけど……どう?」

 そう言って三宅先輩が紹介してくれたのは、最近流行りの軽のワンボックス。

 「型は少し古いけど、程度もいいし、オプションもついてる。カーナビも最新のがついてるぞ。」

 「確かに、この装備でこの値段はお値打ち……ってか安すぎません?」

 「安いわね……事故車とかじゃないの?」


 ここのところ、美並先輩と、これがいい、あれがいいって、やってたからそれなりに車の相場ってのがわかってきた。

 年式の古さを差し引いてもちょっと安すぎる気がする。


 「アハハ……事故車じゃないのは保証するよ……実は、これ、部長から回ってきたんだよ。」

 部長が、取引先との話をまとめる際に、社用車として購入した車らしい。なんでも、契約する条件が、車を買う事だったんだって。……まぁ、はっきりと言われたわけじゃないけど、そういうニュアンスだって……大人の世界って難しいよね?

あ、キミにはまだ早いか。

とにかく大人の世界っていうのがこの世で一番不思議な世界なんじゃないかって私は思うよ?

 えっ?そんな事はどうでもいいって?

 ハイハイ、続きね……。


 とにかくそう言う事で、社用車として購入することを決めて、無事契約したらしいんだけど、社長と課長の間で、別の車を社用車にすることで話が進んでいたらしく、その事を部長は知らなかったのね。つまり、早い話が社用車がダブっちゃったってわけ。

今更いりませんって取り消すことも出来ず、かといって社長が絡んでいる案件を覆すことも出来ず、困っているんだって。

 元々業者価格で安く仕入れたものを、そのまま回してもらっているからお得だし、さらに手続きなんかにかかる諸経費は部長持ちという好待遇……話がうますぎて却って怪しいってレベルだわ。


 まぁ、私は安く車が手に入る。三宅先輩は、部長にいい顔できる。部長は、悩んでいた案件にケリがつく……誰も損をしないっていう理想的な取引なんだけど……。

 「ココは、買いますという選択肢以外ない気がするんですけど……。」

 「ま、そう言う事だね。それが大人の世界ってもんだよ。一つ勉強になったな。……じゃぁ、俺は部長に報告してくるよ。」

 そう言って三宅先輩が去っていく。


 「よかったの?」

 美並先輩が心配そうに聞いてくる

 「えぇ、確かにいい物件ですし……正直あの安さはありがたいです。」

 私は「エヘッ」と美並先輩に笑ってみせる。

 「確かに、あの金額でナビまで付いてるってのは良いわね。」 

 「そうなんですよ……私方向音痴だから、ナビ様必須なの!そうだ、車が来たらデートしませんか?車に乗って遠くにお出かけしたい。」

 「まどかちゃんの運転って言うのに不安は残るけど、いいわよ。どうせ嫌でも遠出することになるんだし、早めに慣れておいたほうがいいわ。」

 「なんか、とんでもなく不穏なこと言いませんでしたか?」

 「そうでも無いわ。……誰もが通る道よ。人はみんな、そうやって大人になっていくのよ。」

 アカン、これダメな奴。美並先輩が遠い目をしちゃってるよぉ。

 「アハッ、アハハ……頑張りますね。」

 私にはそう答えるしか道は残されてなかったのよ。



 そんなやり取りがあってから2週間後に、私の車がやってきた。

 「どうだ、ピカピカだろ?」

 部長がそう言ってくる。

 「はい、素敵です!ありがとうございます!」

 なんでも、昨日の休日、一日かけて部長と三宅先輩で中も外も磨き上げてくれたらしい。

 「部長も若い子には甘いんだから……。」

 美並先輩がぼやいているけど、問題ない。

 私は甘やかされるの大好きですから。褒められて伸びる子ですから。

 だからどんどん甘やかしてください。

 そんな事を呟いていたら美並先輩に睨まれちゃった。


 「ココを、こう押して、こうすればセット完了。後は音声に従えばOKだ。」

 私は三宅先輩からナビの使い方を教わる。

 なんていっても、車を手にした以上、これからは、私一人で取引先に行くことも多くなるらしいのね。だったら、ナビの使い方は最重要事項よ。ハッキリ言って、ナビなしで無事に相手先に辿り着ける自信はないわ。


 「この『マーク』って何ですか?」

 「あぁ、それは、目的地とは別に気になるところがあったら、セットしておけば教えてくれるってやつ。……実際には、あまり使わないけどね。」

 三宅先輩の言うとおり、余り使い道がないように思えるわね。大体気になる処って何?気になったら大抵行くでしょ?だったらその時に目的地にセットするよね?

 色々意味不明の機能が多かったけど、三宅先輩が言うには「そういうもの」らしいので気にしないのが一番、とのことだった。 

 一応マーク一覧というのを見てみる……どこもマークされていない……当り前よね、買ったばかりなんだし。これでマークが有ったらその方が怖いわよ。


 「マイカーですよ、マイカー!美並先輩、マイカーなんです。」

 「あー、ハイハイ、マイカーよね。」

 「喜んでくれて俺も嬉しいよ。」

 ルンルン♪ってしている私を見て三宅先輩が言う。

 「これで、遠慮なく、残業頼めるからな。」

 オィ……。

 私は、これでいいのか!と美並先輩に助けを求めるが……

 私と目があったはずの美並先輩は……目を逸らした。

 ……ブラック企業………。


 と、まぁ、こんな感じで、私は憧れのマイカーを手に入れたってわけなんだけどね。

 えっ?その車が、今回の不思議の原因かって?

 先読み、ネタバレ禁止だよ。そういうのは可愛くないゾ。

 まいっか、世間一般で「夏休み」と呼ばれる頃に事件は起きたのよ……。



 「まどかちゃん、悪いんだけど、明日、隣の市の丸岡商事にこれを届けてきてほしいの。……初めていく場所だけど……大丈夫?」

 心配そうに聞いてくる美並先輩。

 「大丈夫ですよ。私にはナビちゃんがついてますから。」

 「そうね。」

 美並先輩が笑う。

 「本当は今日届けたかったんだけど……今夜、あの近くで花火大会があるでしょ?だから明日届けることになったのよ。先方は休みだけどわざわざ出社してくれるそうだから、遅れないでね、10時時間厳守よ。」

 「はーい、任せてくだっさーい。」

 こう見えても私は時間には煩い方なのよ。相手を待たせるなんて絶対考えられないわ。


 私は、美並先輩から、届ける荷物を丁重に受け取り車に積み込む。

 「じゃぁ、今日は失礼しまーす。」

 「ハーイ、明日よろしくね。」

 私は、そのあとスーパーによって食材を買い込んでから部屋に戻ったのね。

 駐車場に車を止めた時に、念のためと、明日行く丸岡商事の場所をナビにセットしたのよ。

 朝出かける前だと、慌てて間違えたりするといけないからね。

 「んー、40分か……結構かかるのね。」

 一応余裕を見て9時……ううん、8時半かな?休日だからラッシュはないだろうし、これくらいの余裕あれば大丈夫だよね。

 私は行先を再度確認してエンジンを切ったの。

 これがナビに目的地を登録した初めてだったの。

 だから、何度も確認したし、ここ以外に登録がないって事はハッキリ言えるのよ。

 

 そして、翌日、事件は起きたのよ……。


 翌朝、私は丸岡商事に向けて車を走らせていたのね。

 「時間に余裕はあるし、ナビは順調だし……帰りはちょっとぐらいカフェによってもいいよね?」

 そんな事を呟きながら、信号待ちの間に近くのカフェを検索したのね。

 あ、本当はダメだからね。ナビ操作するなら、ちゃんと停車してからじゃないといけないんだからね。

 「マーク周辺です」

 いきなりナビから音声が出る。

 えっと、私まだ何も触ってないよね?

 「マーク周辺です。」

 ナビがメッセージを繰り返す。

 マーク周辺って……マークなんて誰もしてないはずだけど?

 三宅先輩と確認した時は、登録件数はゼロだったし、あれから触っていない。

 触ったと言えば、昨日の丸岡商事の登録だけだけど、その時も、他の登録が一切ない事は確認している。

 そう言えばこの辺りって、花火大会の会場が近いよね?

 イベントとかの場所が自動的にマークされて教えてくれるのかな?

 まるでDM……便利な世の中というか、ナビまでスパムの心配しないといけないのかぁ。

 何とか制限できないか、明日三宅先輩に聞いてみよ。

 そう考えて、その日は何事もなく過ぎて行ったのよ。


 「え?勝手にマークされる?ないない、スマホじゃあるまいし、そんな便利な機能はついてないよ。」

 私の話を聞いた三宅先輩はすぐに否定をする。

 私のナビは最新型だけど、グレードが低くて通話以外のスマホとの連動機構がないんだって。

 つまり、GPSで現在地を確認する以外、自動で情報を受信する機能がかなり制限されるらしいの。

 交通情報ならともかく、イベントの場所を自動でマークするなんてことはあり得ないらしいわ。


 「でも確かにマーク周辺って言ったんです。」

 「だけどなぁ……ほら、履歴にも残ってないだろ?」

 そうなのだ。マーク周辺ですと告げられた割には、マークした、されたという痕跡が全くない。

 

 「じゃぁ、明後日のお休み、一緒に来てください。実際に確かめましょう。」

 「おや?休日にデートの誘い?どうしようかなぁ……嫁が待ってるし……。」

 「違います。美並先輩も誘います。……それに、嫁って言っても再来月には別の嫁に変わってるじゃないですか?」

 「お、さすがまどかちゃん、鋭い突っ込みありがとう。……こういう話乗ってくれる人いないから……まどかちゃんみたいな同士が増えてうれしいよ!」

 「同士じゃないですから!」

  まったく、間違えないでほしいわ。

 って、何?変な顔して。

 えっ、嫁って何のことかって?……いいのよ知らなくて。

 世の中にはね、知らないでいたほうが幸せって事が沢山あるのよ。

 あー、ハイハイ、この話の続きは知りたいのね。

 

 翌々日、私は美並先輩と三宅先輩を乗せて、丸岡商事へ向かう道を走ってる。

 出発前にマークが一つもされていないことは、三宅先輩にも確認してもらっているから、これでメッセージが流れれば、おかしいって事が分かってもらえる。

 「そろそろ、問題の場所です。」

 前回ナビの音声が出た辺りが近づいてくる。

 前回は、あの信号の所で……。

 「マーク周辺です」

 「ほらぁ!……聞いたでしょ、聞いたでしょ!」

 「わわ、まどかちゃん、前、前!」

 少しパニくる私に、前を見るように注意してくれる美並先輩。

 「まどかちゃん、ちょっとそこのコンビニに入って。」

 三宅先輩が言う。

 車を止めて、ナビをチェックするんだって。


 「はいコーヒー。まどかちゃんゆっくり飲んで落ち着いてね。……三宅君の分、置いとくわよ。」

 美並先輩がコーヒーをご馳走してくれる。よく出来た人だわ~。ホント「私の嫁」って言いたくなっちゃう。

 「ダメだ!わからん!」

 しばらくして三宅先輩が匙を投げる。

 ネットとかで調べてもそれっぽい症例すら見つからなかったらしい。

 「……気持ち悪いけど……この辺に来なければ……いいよね?」

 私はぼそりと呟く。

 二人は何も答えない。

 わ~ん、何か言ってよぉ。


 「あ、そう言えば、この間の花火大会でね……。」

 美並先輩が、話題を変えようと、別の話を振ってくる。

 「そうそう、なんか行方不明なんだって?」

 三宅先輩もその話に乗っかる。


 キミも知ってるでしょ?花火大会の後、帰宅途中の女子中学生が、今から帰るというメッセージを残したのを最後に行方知れずになっているって、あの事件の事ね。

 「誘拐ですかね?……それとも神隠し?」

 「アハハ、神隠しなんて、まどかちゃんオカルト好き?」

 「これでも女の子ですから、それなりには。」

 ね?と同意を求めて美並先輩を見ると、顔が青ざめている。

 

 「そ、そういう話は無しにしましょ。」

 美並先輩は、かなりの怖がりなんだって。その怖がり方が、また可愛くて、ついつい話の流れで昔の不思議体験を話したの。そう、キミにも話したアレよ。

 そうしたら、ずっとギュっとされて……怯える先輩可愛かったなぁ……危ない道に目覚めちゃいそうだよ。

 結局、しがみ付いて離れないもんだkら、帰りは三宅先輩が運転してくれたんだけどね。

 先輩は、道中ずっと「怖いんじゃないからねっ!」って言ってたけど、目に涙浮かべてブルブルしていたんじゃ説得力無くて、私と三宅先輩はずっと生暖かい目で見守っていたのよ。

 結局、その日はそのまま帰ったんだけど、まぁ、可愛い先輩が見れただけでも出かけた甲斐はあったってものよ。



 「朝岡。悪いが、今すぐ丸岡商事へ行ってデータを受け取ってきてくれ。急ぐんだ。」

 翌々日、社長からそう言われたんだけど、いやだなぁ……行きたくないよぉ。

 「急ぎなら、データ送ってもらえばいいんじゃないでしょうか?」

 せめてもの抵抗を試みたのね。

 「俺もそう言ったんだがな、相手はじぃさんで、使い方がわからんと。なんだったら向こうについたら、パソコン借りてデータ送ってくれ。そうすれば片道分早く済む。」

 敢え無く砕け散ったの。

 世の中のお年寄りは、もっと若者文化に精通すべきだと思うのよ。

 今時、FTPも使えないで写真が扱えると思ってるの?カメラマン舐めんなよぉ!

 「わかりました。」

 心の中でどう思っていたとしても、こう答えるしかないのよ。

 あぁ、これが社畜っていうものなのね。……行きたくないよぉ……。

「まどかちゃん、さっきから、心の声?だと思うんだけど、全部口に出して言ってるからね。」

 美並先輩が呆れた顔でそう教えてくれる。

「えっ?」

 私は恐る恐る振り返って社長の顔を見たんだけどね……これ以上ないってくらいの笑顔で……はい、とても怖かったです。

「い、行ってきまぁーす!」

 私は当然のごとく飛び出したわよ。

 当り前よ、真っ当な神経をしていたら、あんなところに長くいられないわ。


 「うぅ、気の所為です、アレは何かの間違いです、マークなんてないです、気の所為です……。」

 私は気を紛らわせるように、ブツブツ呟きながら運転を続けたの。そして例の場所に差し掛かると……。

 「マーク周辺です」

 もぅやだー!


 私は泣きながら丸岡商事さんに辿り着いたせいで、「無茶を言って申し訳なかった」と、、向こうの部長さんに何度も頭を下げられたんだけど……後で社長に知られて大目玉喰らったけど……私悪くないよね?

 とにかく、目的のデータを受け取り、ついでにパソコンを借りて社長あてに送った後、電話で届いたことを確認してから、丸岡商事を後にしたのね。


 「直接帰っていいって言われたけど……。」

 帰りもあそこを通るのかぁ。

 そのまま一人っきりの部屋……怖くて帰れないかも。

 「会社に寄って美並先輩とお茶してから帰ろ。」

 そんな事を思っている内に、例の場所に差し掛かる……。

 

 「マーク周辺です」

 もうヤダー……

 「……ハヤク……ハヤク……」

 えッ?

 今の……

 確かに聞こえたよ……「早く」って……


 「イヤーッ!」

 私は無我夢中でアクセルを踏みこんだ。


 正直どうやって会社までたどり着いたのか記憶にないのね。

 気がついたら美並先輩に抱き着いていたの。自分でも、よく事故を起こさなかったなって思うのよ。


 「落ち着いた?」

 「はい……ごめんなさい。取り乱しちゃって。」

 「あのナビ……取り替えてもらったら?」

 「そうですね……そうします。」

 私は、もう何も考えられなかった。

 深い闇の底から聞こえるような、あのハヤクって声……。

 もうヤダよぉ……。


 美並先輩から体を離そうとしたとき、ラジオの声が耳に入ってくる。

 「本日未明、先日より行方知れずだった光岡望さん(15歳)が近くの古い神社の境内で、遺体となって発見されました。警察では、事故と殺人の両面より捜査をしています。繰り返します、本日未明、……。」

 ニュース速報だ。

 この間話していた、行方不明の女の子が見つかったらしい……遺体でだけど。

 「これって、この間の……痛ましいわね。」

 先輩がそうつぶやく。ニュースの子が通う中学の隣の中学校を先輩が担当している。

 同年代の子と接している分、思うところがあるのかな?


 「あ、センパイ、ごめんなさい。……私そろそろ帰ります。」

 私は先輩から離れると帰り支度を始める。

 「大丈夫?送っていこうか?」

 「ありがとうございます。でも、そうすると明日が大変ですので……がんばって帰ります。」

 「そう……無理しないでね。」

 「ハイ、ありがとうございます。¥

 私は車に乗り込む……ナビを見ているだけで怖くなってくるわ。

 私はナビの主電源を落とし、帰路に就いたのよ。


 翌日、私は先輩に頭を下げられている……困ったぞ。

 「ごめんね、まどかちゃん、本当にごめんね。」

 「うぅ……仕事ですからぁ……。」

 急に隣の市の中学校から、アルバムの入札依頼が来たのよ。

 普通、こんな時期に入札なんて来るわけがない。しかも来年度以降の話ではなく今年度のアルバムなので、大至急話がしたいって事なんだって。

 例の女子中学生が通っていた学校なんだけど……何か関係あるのかな?

 で、その説明会に美並先輩が行くんだけど、急に車が壊れちゃって……予定が空いてるのが私しかいないのよ。

 一緒の乗せていくのは良いんだけど……例の場所通るのよね。

 「今晩、よかったらまどかちゃんの部屋に泊まりに行くから。」

 一晩中ずっとついていてくれるらしい。

 私も怖いけど、きっと先輩も怖いんだろうなぁ。

「一緒にお風呂に入って、一緒に寝てくれますか?」

「もちろんよ。」

 センパイは二つ返事で即答してくれる。

 夜の真っ暗闇も怖いけどね、意外とお風呂も怖いのよ。

 だって、ほら、お風呂入っている時って一番無防備な状態じゃない?

 そんなところで頭を洗っている時に背後から……って、ダメダメ、考えるだけでもぞっとするわ。


 結局、私には断るという選択肢は与えられていないので、美並先輩をのせて、隣の市まで移動する。

 道中、美並先輩が急な依頼の訳を話してくれる。

 なんでも、今までの業者が急に辞めたいと言ってきたらしいのね。

 今までのデータも無償で渡すし、違約金も払うから、とにかく辞めたいんだって。

 何かあったのかな?

 ウチとしては急な話ってこともあって、少し吹っ掛けるらしいんだけど、他の業者も軒並み断っているらしいから、たぶんウチがやる事になるだろうって話。

 急な話だから、新人(私の事らしい)が中心になってやるので多少の事は目をつぶってねって話をしに行くんだって。

 ……何か曰く付きっぽいところを担当させられるの靄だなぁ……

 

 そんな話をしているうちに例の場所に差し掛かる。

 ……。

 ナビが反応しないまま通り過ぎる。

 信号で曲がると……交通整理をする警察の人が立っていた。

 現場検証とかで回り道をしないといけないらしい。

 ……遺体が見つかった場所ってここだったんだ。


 結局、帰りも同じ場所を通ったがナビは反応しなかった。



 先輩がシャワーを浴びている。

 私はテレビをつける。

 ちょうどニュースの時間だったのね。

 ニュースでは、女子中学生を殺した犯人が捕まったってやってる。

 同じ中学の男子生徒だって。

 エッチ目的で神社まで連れ込んだけど、相手の抵抗にあって、つい殺しちゃったって……怖いなぁ。

 

 「何?ニュース?」

 「うん、あの中学生殺したの同じ学校の生徒だって……エッチ目的なんだって。」

 「うわぁ……最悪ね」


 『なお、この男子生徒は容疑を否認しており、わいせつ目的で襲ったが、意識を失ったのを見て怖くて逃げだした。その時は息もしていたし脈もあり、確かに生きていた。と供述しており……。』


 先輩がゆっくりと口を開く。

 「今日は、ナビ鳴らなかったね……遺体が見つかったから?」

 「そう……なのかな?」

 

 女子中学生が見つけてもらうために、ナビを通じて連絡していた……のだろうか?

 馬鹿馬鹿しい……そう言って切り捨てられたら楽なんだろうなぁ……。


 『……なお、男子生徒が襲った日時と発見されるまでの1週間、この神社への人の出入りがなかったわけでもなく、なぜ今まで見つからなかったのか……。』

 ニュースキャスターが、事件の詳細を話している。


 「一つ言えるのは……今夜は怖くて眠れないよってことです。」

 「そうね、今夜は一緒に居てあげるわ。」

 「……ほんとは先輩が怖いんでしょ?」

 「そ、そんな事……私はまどかちゃんが怖がってると思って……。」

 「先輩可愛いですぅ。」

 私は先輩をぎゅーって抱きしめた。


 今夜はこうやって騒いでナビの事は忘れてしまおう。

 うん、それがいいね。


 ……と、そういう話ね。

 今はそのナビ外して捨てちゃったから、結局何が原因か分からないんだけどね。

 キミはどう?女子中学生の仕業だと思う?

 それとも別の何か、かな?

 最近はスマホにもナビってついているから気を付けてね。

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