第32話 2人目の師

目を開けると、薄っすらと光が入ってくる。


ここは……どこだ?

俺は確か……フードをかぶった男に襲われて……。

ダメだ。そこから先の記憶が思い出せない。

とりあえず、身体を起こすか。


上半身を起こそうとするが、身体が重く起き上がるのに苦労する。


なぜ、こんなにも身体が重いんだ?

身体が動かしにくいことを疑問に思いながら、辺りを見渡していると、見慣れた景色が視界に入る。


ああ。ここ。

魔術師専用の『アガルタ』の病室か。

また……マルティン先生に怒られるな。これ。

説教かぁぁ。


「はあぁぁぁぁ」

「すごく長い溜息だね」


自身にこれから来るであろうマルティン先生の説教という未来に憂鬱になっていると、聞き覚えのある声が聴こえてくる。


この声は……。


「マ、マルティン先生……」

声のする方に恐る恐る視線を向けると、にこやかな笑みを浮かべているマルティン先生が扉付近の壁に背を預けるようにして立っていた。


目が笑ってねぇ。

絶対これ怒ってるな。


「玄野君が目を覚ましてくれて良かったよ」

マルティン先生は安心したといった表情でベッドに近づいてくる。


「そうですね」

「そうなんだよ。そこで一つ君に聞きたいことがあるんだけど……」

マルティン先生は先程の安心したといった表情とは打って変わって、目が笑ってない笑顔へと変わり、声は次第に冷たくなっていく。


「君、なんでまた無茶しちゃったのかな?」

「ひえっ」


うわっ、思ったよりも怒ってらっしゃる。

どうしようか。

いや、もうここはあれしかないだろ。

ジャパニーズ伝家の宝刀っ!


「誠に申し訳ございませんでした」

俺はベッドから瞬時に出て、床に立つと同時に綺麗なジャンピング土下座を決める。


どうだ。

マルティン先生っ!


顔を上げて、チラッとマルティン先生の顔を見るが、全く変わらない。


な、なんだと、俺の謝罪奥義が効かないだとっ!


「玄野君」

「はい。何でしょうか」

マルティン先生の冷たい声にビビりながらも営業スマイルに負けないくらいの満面の笑みで受け応える。


「君さ。少しは怪我をしないってことが出来ないのかな? 今年、この『アガルタ』の方の病室に運ばれてきた回数が一番多いのは君だよ」

マルティン先生は頭を抱えながら、溜息を吐く。


マジか。

初めて知った。

まあ、でも。仕方がないと思う。

だって……。


「先生。俺、回復系の魔術使えない」


俺は回復系の魔術が一切使えない。

灰色の適正だったせいか、覚えている魔術は身体強化と石弾、大地の剣。

そして、最後に剣創造。

つまり、俺が使えるのは適正関係なく誰でも使える魔術と少しの土系統の魔術のみ。


だから、未だに転移魔術を使われるとすごく困る。


「そ、そうだったね」

「……」

「……」


お互いに気まずくなり、僅かな静寂の時間が流れていく。


「あ、そうだ。君に会いたいって人がいるんだけど……どうする?」

「会いたい人?」


ルナかな?

目を覚ましたという話は聞いてないけど、ルナなのかな?

いや、ルナだったらとっくに病室に入ってきているか。


ハハッ。

……ルナ。


会いたいと言っている人が誰なのか考えながら、ベッドに戻る。


「入ってきてもらってもいいかな?」

「え、あ。はい」

「ってことなので、どうぞ、お入りください」

マルティン先生がそう言った瞬間、病室の扉がゆっくりと開いていく。


「さっきぶりだな。玄野零」

「回復している様で良かったのじゃ。闘気オーラ暴走オーバードライブは本当に死ぬ可能性があるからのう」

扉を開けて、病室に入って来たのは2人。

黒髪の美少年と仙人のようなくらい白いひげを伸ばした老人であった。


こいつら誰だ?

黒髪の方はさっき振りとか言っていたけど……。

まさか……フードの男。


「お久しぶりです。“黒影”の黒浦様。“老師”の播磨はりま仙蔵せんぞう様」

「お久しぶりです。アンドレイ殿」

「久しいのう。アンドレイの小童。さっきは通信魔術だけの報告ですまんのう」

マルティン先生が部屋に入って来た2人に頭を下げる。


この2人、偉い人なのかな?

「マルティン先生?」

「あ、ああ。玄野君は知らなかったね。この御二方は明子さんと同じ“導師”だよ」

マルティン先生がそう言うと、後ろにいた老人がドヤ顔でこちらを見てくる。


導師って、キャラが濃い人が多いのかな?

明子さんはロ……やめておこう。

今、悪寒がした。


「えーっと、それで、導師の方々がなぜ、俺に?」

突然し始めた悪寒に顔を青くしながら先程まで思っていた疑問を口にする。


「それはじゃな。お主が海。隣にいる“黒影“との戦いで開花したからじゃ」

「開花?」

老人の言葉に俺は首を傾げた。


開花ってなんだろう?


「開花とはのう。闘気に目覚めることを指すのじゃ」

「闘気に目覚めること……」


闘気って……あのフード男が使っていたチート技か。

え、俺。あれ使ったの?

記憶ないんだけど。


「とはいえ、開花したことは別に問題ではないから普通なら放っておくところなんじゃが……。玄野零。お主の場合はそうもいかないのじゃ」

「俺の場合?」

老人の言葉に首を傾げる。


なんかやってしまったんだろうか?


「玄野零。お前は俺との戦いで無意識に闘気を使い、暴走させた。もし、俺と爺さんがすぐに止めてなかったらお前は死んでいただろう」

老人の隣に立っていた黒髪の美少年がそう口にする。


すぐに止めれていなければ死んでいた?

俺、そんなに危なかったんだな。


背筋を冷たい汗が流れ、手のひらが汗まみれになっていく。


今までたくさん死にかけるようなことがあったけど……。

無意識の内に死ぬかもしれないっていうのはなんか、怖いな。

今回は生きてたけど……次。もし、無意識に使ってしまったら……。


「おいおい。暴走している時はあれだけ俺に殴りかかって来たくせに。まさか……無意識の内に死んでしまう事がそんなに怖いのか?」

手を力強く握りしめた瞬間、黒髪の美少年が俺を挑発してくる。


「……それは」

「そういえば、お前。ジェスターを倒すとか言っているそうじゃないか。闘気の代償を気にする癖にそんことを言うとか、お前。大事な人達。神崎とか赤井とかが死んでもいいのか?」

「……」


なんだよ。こいつは。

なんで、ここで雫や隼が出てくる。


「うるせえ! 俺は…別にビビってねえし。っていうか。さっきからなんだよ。俺の友達の名前を出しやがって。お前。何なんだよ」

イライラしながらぶっきらぼうにそう言ってのけると、俺以外の3人がキョトンとしている。


何か言ったか? 俺。

3人の反応に混乱していると、


「まさか、玄野君。気づいてないの?」

マルティン先生は目を点にさせてこちらを見て。


「海、お主。この小僧のクラスメイトじゃなかったかの?」

老人は黒髪の美少年に質問し始める。


「……そういえば、いつも、前髪を下ろしていたな。こうすればわかるか?」

老人の言葉で何かを思いだした黒髪の男が前髪に着けていた髪留めを外し、前髪を下ろしていく。


「これでわかるか?」

「……あ」

前髪を下ろした男の姿にはどこか見覚えがあった。


「お前は……転校生?」

アリスと一緒にうちのクラスに転校してきたはず……。


「そうだ」

「……」


……マジかよ。

うちのクラスメイトがどこぞのやばい組織の幹部だった件。

うん。驚愕の新事実。

いや、でも。その組織のトップの娘アリスまでいるからそこまで驚かなくてもいいのか?


うちの学校大丈夫なのか?


「話を元に戻すぞ」

頭の中で浮かんでくる様々な疑問について考えこんでいると、黒髪の転校生だった男、黒浦が話し始める。


「玄野零。お前は無意識のうちに闘気を使い、暴走させた。そのことを上層部に報告した結果……」

「お主はわしが管理することが決定したのじゃ」

黒浦が話していると、老人がまるで感謝せいとでも言わんばかりにニヤッと笑う。


「管理?」

なんだそれは?


「爺さん。人が話している最中に割り込むのはやめろ」

「別にいいじゃろ。だって、わしがこの小僧の師になるんじゃから」

「は?」

老人の言葉に首を傾げる。


おいおい。今、この爺さん。

師とか口にしていたよな。

俺、もう明子さんだけで手一杯なんだけど……。


「いやいや。お爺さん。俺、今。明子さんと師弟関係みたいなものなので……む、無理と思いますよ?」

「あ、ああ。それは大丈夫じゃぞ。明子ちゃんとはもう話つけておるからのう」

老人はグッドサインを決めながら、そう口にする。


明子……ちゃん?

あの人をちゃん付け……か。

やばいな。この人。


「それで……これをお主に渡しておこう」

老人の発言に驚いていると、老人から一枚の紙を渡される。


「何ですか? これ」

渡された紙に目を通していると、そこには端から端までびっしりと書かれた何かがあった。


「それには……これからのお主の修行メニュー等が書かれてあるのじゃ。ただ、すまんのう。明子ちゃんとの話し合いの結果、お互いに半分半分にする事になってしまってのう」

老人は申し訳なさそうにしているが、俺としてはそんなことどうでもよかった。


そんな事よりも……。


どうして休みが無いんだ。


渡された紙に、休みが一日もない事に絶望していた。


・・・


同時刻、『アガルタ』のどこかにある会長室ではハリス以外に2人の人物が集まっていた。


「君たちにここに来てもらった理由。もうわかるよね」

ハリスがそう言うと、部屋にいる険しい表情のお爺さんと優しそうな外見をした若い男が黙って頷いた。


「マーリン=アンドレイ。アーリー=フロスティ。君たちに緊急ミッションだ。もう大抵のことは知っているとは思うけど……。一応言うね。ジェスター=アンドレイが生きていた」

ハリスがそう口にすると、2人とも知っていたらしく、驚くことはなかったが、マーリンの方は苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「すまないね。マーリン。君にとってはあまり聞きたくない話だろうけど……」

「いえ、身内の恥の処理を私の手で行えるだけ……まだマシです」

「……そうか。とりあえず、続きを話すよ。君たち2人にはジェスターたち、神霊教会の施設の内部調査をしてもらいたい」

ハリスがそう言った瞬間、マーリンが顔色を変える。


「ジェスター=アンドレイの抹殺ではないのですか?」

そう口にするマーリンの声はどこか震えていて、手から若干、火が漏れていた。


「“不老”がジェスターの分身に遭遇し、手も足も出なかった。これを聞いても君は同じことが言えるかい?」

「……」

ハリスの言葉にマーリンは黙り込む。


「ふう。分かってくれたのであればそれでいい。これ以上は何も言わないよ。とにかくミッションの件は頼むね」

「「了解しました」」

ハリスの言葉に2人はそう答えると、部屋から出ていくのであった。

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