伝説の勇者(貧乏性)の遺産を見つけた俺(貧乏性)

ふたつき

第1話

「──すげぇ……これが……勇者の遺産……」


 人気の無い山中のその更に奥深く、とある洞窟の中。厳重な封印を幾つか越えた先にあった部屋で男は一人、山のように積まれたアイテムを前にして感嘆している。男はこの時、落ちこぼれとして歩んできたその人生に於いて、大きな転機を迎えた――




 ――◆――




 時は少し遡り。


 治安があまり良くなさそうな町の一角。これまた悪そうな男が二人、今まさにすれ違おうとしている。


「……」

「……」


 それなりに人が居る中、周囲に気づかれないよう二人は無言のまま一瞬だけ目配せを交わす。


 二人がすれ違うその瞬間。フードを目深に被り包帯で顔を隠した方の男が、懐から手のひらほどの大きさの包みを取り出す。もう片方のチンピラ風の男は素早くそれを受け取り、すぐに自分の懐へと仕舞った。この間、二人は一度も足を止めていない。


「くれぐれも……」


 すれ違いざまにそう告げて、フードの男は路地の奥へと溶けるように去って行った。それを見送る真似はせず、荷物を受け取った方の男が静かに息を吐く。


「分かってるよ……」


 ため息と共にこぼれた言葉は雑踏に紛れ、自分の耳にすら届かなかった。






(誰も居ない……な)


 チンピラ風の男は誰もいない路地に移動し、壁に背を預けていた。そして周囲の気配に最大限の注意を払いながら、先ほど受け取った荷物を懐から取り出し、そこに挟まれていた金貨と紙切れを取り出した。


(どうせご禁制マジックアイテムの類か……前金はいつも通りっと……げ、遠いな……帝都のど真ん中か……関所が幾つ在ると思ってんだ……)


 紙に書かれていた届け先を頭の中の地図に照らし合わせ、今回の仕事の危険度を推し量る。


(普通なら間違いなく途中で見つかるだろうけども……)


 男が左手を大きく広げると、そこに真っ黒い球が浮かび上がる。右手の荷物をその黒い球に近づければ、吸い込まれるようにして手から消えた。そして広げた左手を元に戻せば、黒い球も最初から無かったように掻き消える。


(これならどれだけ魔法で検査されようとも分からないからな……劣化版だけど……)


 黒い球の正体は、男が勇者の子孫として有するただ一つの固有スキル【次元収納】である。勇者はコテージを持ち運びテント代わりにしていた、という眉唾物の話の手品のタネだ。しかし男のそれはどれだけ訓練をしようともカバン一つ分ほどの容量しかなかった。


 期待外れ。馬車のがマシ。ご飯が要らないだけ普通のカバンのが便利。そんな陰口を町の者から叩かれる両親に居た堪れなくなった男は、飛び出すようにして故郷を出てきていた。


(ま、俺は俺に配られた手札で上手くやるさ……)


 今の男は運び屋。表に出せない物を秘密裏に運ぶ、いわゆる密輸業者だ。その性質上あまり大きな物を運ぶ機会は少なく、またそのような依頼は受けないで済むように上手く立ち回っていた。


 男は届け先の書かれた紙を魔法で燃やすと己の寝ぐらへと戻って行った。



 ――◆――



(靴もだいぶ味が出てきたな……外套はそろそろ……いや、これくらいのが歴戦感あって良いか?)


 部屋に戻った男はチンピラ風の服を脱いで着替えていた。長年使い込んだと思われる靴はしっとりとした光沢を放ち、所々穴の空いた外套の裾はボロボロだった。


(あと持って行く物は……これとこれと……コイツとポーションは……こっちだな)


 着替えを済ませた男は背負いカバンに道具を詰め込み、旅支度を整えていく。球状の物体と瓶のポーションは次元収納に収めた。いずれも年季を感じさせる、くたびれた見た目だった。


 大きなそのカバンにはまだまだ余裕がある。嵩張ったり重たい道具は次元収納に入れてあるからである。その余裕に町で仕入れた茶葉などの商品を詰める。男は運び屋の仕事の際には行商人の体を取っていた。


(カバンひとつ分と言えど、重さや損傷を無視できるのは有難いもんだ……さて、行きますかね)


 チンピラ風だった男は装いを変え、どこか頼りなさげな行商人といった風体になっていた。




 帝国の関所には行商人の通行料を割り引く制度があった。しかし商人の荷に密輸品が紛れているのは日常茶飯事であり、当然検査は厳重になる。魔法を使って調べられるため、荷物に紛れさせてもマジックアイテムなどは容易にバレる。攻撃魔法を込めた物や召喚器などの強力なマジックアイテムは禁制品として厳しく取り締まられる。そのため関所を通るには、どうにかしてその検査を誤魔化さなくてはいけない。


 しかし男はどんなに厳重な検問や関所でも行商人のフリをして正面から通る。同業者から見れば狂気の沙汰としか思えないそんな手口を繰り返し、やがてついたあだ名が“素通り”だった。


 男はあばら家を出て、大通りへと出る。


「あー! ライルじゃない!」

「――――っ!」


 その途端、不意に背後から声をかけられる。男は驚いて飛び上がりそうになるのを堪えるのに苦労した。


「あぁ、フリージアか……脅かすなよ」


 華やぐ笑顔で声をかけてきたのは、この町では数少ないの看板娘フリージアだった。ライルがこの町に流れ着いてからというもの、何かと飲み食いに行っていたせいか、今ではすっかり顔馴染みになっていた。


 こうして町中で会えば気さくに声を掛けてくれる、ライルにとっても気安い存在だった。


「え? そんなつもり無かったけど、ごめんね?」


 フリージアは前屈みになり、上目遣いで謝罪する。健康的なポニーテールがふわりと揺れ、いい香りが風に乗って流れてくる。整った顔立ちのくりっとした大きな瞳は陽光に輝いていた。更にその姿勢により豊満な胸が強調されるのは意図してか否か。


「あ、あぁ、いや、俺も上の空だったかも……」


 視線を誘導してくるふたつの膨らみから努めて視線を外しながら、ライルはどうにか平静を取り繕った。


「あれ? 旅支度って事はまたどっか遠くに行っちゃうの……?」


 ライルの背中の大荷物を見てフリージアは寂しそうに言う。その子犬のような人懐っこさに、勘違いした男は数知れず。ライルがフリージアと仲良くなったきっかけも、そんな男からフリージアを助けた事だった。


「今回は帝都まで行ってくるんだ。そうだ、丁度良いから聞いておこうかな? 帝都土産は何が良い?」

「えー! 帝都!? 遠いなぁ……あ、でもお土産買って来てくれるの!? う〜ん……何が良いかなぁ……」


 フリージアは言葉毎に表情をコロコロと変えながら、今は腕を組んでお土産を何にしてもらうか悩んでいた。


「流行のお菓子? 腐っちゃうかな? う〜ん、う〜ん……ア、アクセサリーはちょっと狙いすぎ……かなぁ……」

「ん? 何て?」


 考え込みながらブツブツと呟き出したフリージアの声がよく聞こえず、ライルは彼女の顔を覗き込んだ。目があった途端、フリージアはパチパチと何度か瞬きした後その場で少し飛び跳ねた。


「わきゃ! あ、あ、えっと、ライルが適当に選んでくれれば、良いかな!? あ、そそそ、そうだ! お使いの途中だったんだった!」


 フリージアはしどろもどろになりながらも、自分が仕事の途中だった事を思い出したようだ。


「分かったよ、何かフリージアが喜びそうな物を選んでくるよ」

「やった! 約束だよ! それじゃ、またね! 帝都まで気をつけてー!」


(やれやれ、仕事が増えちまったな……)


 人の多い大通りを土煙を上げながら駆けて行くフリージアに手を振り、女性へのお土産を選ぶ事に慣れていないライルは、大変な仕事が増えてしまったなと一人で笑うのだった。

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