第17話 剣術学校生、魂の土下座

 夜勤明けのルジエは朝食を食べると床に就き、シュネスは依頼の受付業務に入った。今日は大きな依頼も無く、モファナとマストも退屈そうに待機していた。

 さすがにルジエが欠けている今日は、魔術を試すだのトレーニングだの業務外の理由で勝手に飛び出したりはしないようだ。


 遠隔通信の魔道具で絶白の森にいるクロジアと魔道具の修理依頼について相談したり、依頼人と打ち合わせをしたり。守り屋の事務担当としてすっかり板についてきたシュネスはもろもろの雑務をこなしていき、気付けば昼食の時間が差し迫っていた頃。その依頼人はやって来た。


「し、失礼します!」


 やたらと緊張した様子で扉をくぐった客は、赤を基調とした見慣れない制服に身を包んだ、シュネスよりも少し年上の少女。腰には不思議な模様が刻まれている鞘に入った長剣が下げられていた。


「王立ソルド剣術学校より参りました、ヒビニアと申します!」


 上着と同じ赤色のズボンに手を添えるように、ピシッと直立して彼女は名乗った。


「ソルド剣術学校……?」

「王都ミレニアムにある、ルジエが通ってた剣の学校だ」


 どこかで聞いた事のある名前に首を捻るシュネスに、カウンターから離れた位置に座っているマストが答えた。そう言えば、一度くらいルジエの口から聞いたような気がする。

 ヒビニアという依頼人の少女は、マストとその隣でぐでーっと机に突っ伏してだらけているモファナの存在に今気付いたのか、驚いたように肩が跳ねていた。


「それで、剣術学校の生徒さんですか? どういったご依頼でしょうか」

「あ、はい! 実は、学園長より守り屋様へ依頼があるとの……あれ? あれれ?」


 上着のポケットに手を突っ込んだヒビニアは、その中が空っぽである事に気付き、他のポケットに次々と手を入れる。やがて上着とズボンの全てのポケットを三回ずつは確認した後、血の気が引いた顔でシュネスへと向き直る。


「すみません……学園長から預かってた手紙、どこかに落としちゃったみたいです……」

「えーっと、依頼内容はそのお手紙に?」

「はい……私は届けに来ただけでして、細かい事は全て手紙に……すみません!!」


 そして、いきなり土下座を繰り出した。桜色のショートヘアが地面に付くぐらいに深々と土下座をした。あまりのスピードに、シュネスたち三人はぽかんとしていた。


「本当に私はソルド剣術学校の使いの者です! 決して茶化しに来たのではなく! 学園長からの依頼を伝えに来たのです! 嘘じゃありません! どうか命だけは!!」

「ええええ!? どうしたんですか急に!?」


 驚いたシュネスはカウンターから回り込み、頭を地面にこすりつけるヒビニアのもとへ駆けつけた。


「よく分からないですけど、頭上げてください!」

「貴重なお時間を私なんかのために割いていただいたのに! 時間を無駄してしまって申し訳ございませんでした! 何でもしますので命だけはあああ!!」

「あっははは! 初めて会った時のシュネスみたい!」

「もう、モファナちゃん! マストさんも、笑ってないで助けてくださいよ!」


 心当たりしかないシュネスは、恥ずかしくて自分の顔が熱くなるのを感じた。

 つい可笑しくて笑っていたモファナとマストも、ひとまず依頼人のもとへ歩み寄る。


「何考えてるのか知らないけど、ぼくたち別に依頼人の命を取ったりはしないよ? 金さえ払ってくれるなら誰でも守るのが守り屋だから」

「で、でも守り屋は裏社会の闇と関りがあるとか、学校で噂を聞きますけど……」


 涙目で顔を上げ、しかしそれでも低い姿勢のまま、ヒビニアはそう言う。そして実際その通りではある守り屋の面々は、思わず言葉に詰まった。つい昨晩も、ルジエが盗賊団を手助けしたばかりなのだし。


「大丈夫ですよ、どうか怖がらないでください」


 しかしシュネスは、縮こまるヒビニアの両肩にそっと手を添え、優しく微笑みかけた。


「守り屋は、街の皆さんを守るための場所です。全ての皆さんの味方なんです。もちろん、そこにはヒビニアさんも含まれます。私はあなたの味方です。私を信じてください」


 何も噓は言っていない。裏社会とつながりがある事については否定もしていないし肯定もしていない。守り屋が街の人々を守るためにあるのも本当だし、『全ての皆さん』の味方であるのも偽りではない。話を逸らしただけで何も噓は言っていないのである。


「まずは落ち着いて、それから次の事を考えましょう」

「は、はい……!」


 ヒビニアの手を取って立ち上がらせるシュネスの背中を見て、モファナとマストはお互いにしか聞こえないような声量でささやく。


「シュネスったら、いつの間にか話術が上達したよね」

「なかなか侮れねぇな」


 黒い噂についてはさらりと受け流して、それとなく味方であることを訴えかける。怯えているヒビニアを安心させる一言としては効果てきめんだろう。


「それで、まずはお手紙ですよね。それが無いと依頼内容も分からないですし」

「本当にすみません……学校を出た時は、確かにポケットに入れたはずなのに……」

「モファナちゃん、探知魔術で探せたりしないかな?」


 シュネスが初めてモファナと会った日。彼女から金貨の入った麻袋を盗った際に、探知魔術ですぐに居場所がバレてしまった事を思い出した。しかし、モファナの反応はあまり良くない。


「うーん。ぼくはその手紙を見てもないし触ってもないから、ちょっと難しいかもね。魔力が込められたりしてたら別だけど」

「俺が走り回って探してもいいが、場所に心当たりとかあるか?」

「ええと、王都から直通の乗合馬車に乗って来たんですけど、コマサルに着いて確認した時は、確かにありました」

「なるほどな。んじゃ停留所からここまでのどこかだな」


 言うが早いか、マストは玄関ドアを開け放って駆け出して行った。


「ま、マストさん!? それほとんど手がかり無いんじゃ……行っちゃった」


 手紙ともなれば、風に飛ばされてしまう事も十分ありえる。誰かに拾われたり、ましてや捨てられたりなんて事もあり得なくはない。


「じっとしてばっかで退屈だったのかもねぇ。ま、ぼくたちはぼくたちで地道に探そうか」

「ちょうどお昼時だし、少しくらい店を閉めても大丈夫だよね。早く見つけちゃお」

「うう、本当にすみません……」

「ぼくも暇してたしね、気にしない気にしない!」

「モファナちゃん、彼女お客さんなんだよ……?」


 うなだれるヒビニアの背中を叩きながら元気づけるように明るく言い放つモファナと、ルジエが『モファナには接客を任せられない』とぼやく理由を今更ながら知った気がしたシュネス。


「あっ」


 そんな三人が玄関から外に一歩出た所で、シュネスは声をあげる。

 玄関の先にある階段の下。ちょうど植え込みの影に隠れるようにして落ちている、白い封筒を見つけたからだ。


「もしかしてコレ……」


 拾い上げ、ヒビニアに見せる。途端に彼女は大声を上げた。


「これ! これです! 学園長の手紙!!」

「なーんだ、すごいあっさり見つかったじゃん」


 ちょっとつまらなさそうに零すモファナ。マストが走り去った方をちらりと見やり、ため息をついた。


「というか、マストもこれ見逃すとかありえんでしょ……」

「あはは……まあ、見つかって何よりですね」

「お騒がせしました! すみません! 本当にありがとうございます!」


 ぶんぶんと何度も頭を下げるヒビニア。彼女も彼女で、大事な手紙をポケットに入れるだけというのもどうなのだろうか。

 ふとそう思ったが、それについては言わないであげようと決めたシュネスだった。

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