第15話・かぼちゃと土産と願いごと(後編)



「かぼちゃの煮付け美味しい!天ぷらも最高!」



「かぼちゃって、ベーコンとも合うんだね」



「白和え風にするのもいいな」



 蘭瑛、玲亜、莉玖にかぼちゃメニューは好評だった。



「あ、あの……諒くん。煮付けの味、どうかな。薄いかな……」



 ムッツリと黙ったまま、それでも一応食べてはいる様子の諒に、ひよりは恐る恐る尋ねた。



「………ぃょ」



 モグモグと口を動かしながら諒が何か呟いた。



「え? なに?」



「だから……ま、マズくはないよ……ぅ…まぃょ……」



「も~、もっと大きな声で言えないの? 右ホクロは~」



 玲亜のひやかしにも諒は仏頂面でひよりを見ることもなかった。



 それでもいつもより食べている諒の様子に、ひよりは嬉しくなる。



「かぼちゃは体力の回復や免疫力を高めてくれるので、風邪の予防や老化予防にもいいんですよ。鉄分も多いから貧血にもいいし、身体を温める効果もあるから女性にも優しい緑黄色野菜で、栄養満点なのです」



「へえー、諒みたいに好き嫌いの多いやつには毎日食わせてもいいな」



「そうですね。今日から毎日、一品加えようかな」



「べ、べつに! 頼んでねぇだろっ」



「まあそう言うなよ、おまえや莉玖はこれからどんどん食わないと、成長期真っ只中なんだからさ」



「はい! そうですよね!」



 諒の代わりになぜかひよりが返事をした。



 先程、諒が珍しくご飯をおかわりしたので、ひよりはニコニコ顏の上機嫌で食後のお茶の用意をするべく立ち上がり調理場へと入った。


 お茶の支度をしながら、ふと黎紫の湯飲み茶碗に視線がいく。




 ……隊長ってば。


 ホントにどこ行っちゃったんだろ。


 遅くなるのかなぁ。


 あとでご飯をおむすびにしておこう。



 そんなことを考えながら、ひよりは食後のお茶を皆に配り、諒の前にだけ青い布に包んだお弁当と麦茶の入った水筒を置いた。



「はい。諒くん、これ。お夜食弁当、食べてね!」



「……なんか、デカくね?」



「そう? おむすびとおかずだけだよ。あ! デザートも欲しかった? 果物とか……そういえば林檎があるわ。持って行く?」



「いいっ! 遠足じゃねーからっ、んなもんいらねーよ! 俺もう行くし!」



「もう行くの?」



「まだ早いんじゃないか?」


 時計を見ながら蘭瑛が言った。


「そうだよ。諒ってば、しっかり食休みしなくちゃ」


 

 莉玖の言葉にも諒はむすッとしたまま、無言で包みと水筒を持ち立ち上がると、スタスタと部屋を出て行こうとした───のだが。


 部屋の出入り口で突然立ち止まり、見送ろうと後に続いたひよりに向き直って言った。



「容器はちゃんと……ぁ、洗って返すからな! 」



「え、そんなのいいよ。気遣わなくても」



「いくねーのっ」



「そ、そう? じゃあお願いします……。寒いから暖かい格好でね」



「……ああ…… 。行ってきます……」



「気をつけて行ってらっしゃい! 頑張ってね!」



 諒を見送りひよりが振り向くと、玲亜が苦笑いしながら言った。



「ひよりちゃんって、お母さんみたい」



「えぇっ⁉ そ、そうかな……」



 ひよりは動揺するが他の三人は うんうんうんと頷いた。



「でもいいなぁ、ひよりちゃんのお夜食弁当。私が夜警のときもお願いしたいな!」



「俺もな!」



「僕もお願いします!」



 玲亜に続いて蘭瑛、莉玖が予約を入れる。



「はい、わかりました。おかずのリクエストあったら言ってくださいね!」



「リクエストかぁ。私、ひよりちゃんの作る卵焼き、必ず入れてほしいなぁ。ちなみに今夜の諒のお弁当の中身は?」



「それはもちろん、カボチャでいろいろです」




 ……諒くんの好きなもの、判ってよかった。


 作ってあげられることもそうだけど。


 玲亜たちに作ってほしいと言われたことも嬉しくて。



 ───どうか諒くんが美味しく食べてくれますように。


 ホカホカとした気持ちに包まれながら、ひよりは後片付けをはじめるのだった。



「さてと……」



 黎紫がいつ帰ってもいいように、残ったご飯でおむすびを作る。


 梅と胡麻に刻んだ大葉を加えたおむすびと塩昆布に干し海老を加えたおむすびの二種類。


 干し海老は少し加えるだけでも香ばしさが出て美味しさが増す。


 それから明日の朝ご飯の下準備などを済ませ、ひよりは炊事場を見回した。



 今日のお仕事、完了である。


 火の元を確認し、ひよりは室内の灯りを消した。



 ♢♢♢



 自室に戻り、ひよりはふうと息をついた。



 そしてゆっくりと割烹着を脱いだ。



 今日も一日、ご苦労様。



 所々汚れた跡は、よく働いた証拠だ。


 今日はお昼からとくに忙しかったものね。



 畳むと内ポケットの辺りに何か入っていることに気付く。



「あ、そうだ。玲亜さんからのお土産」


 幸運のラブ鈴!


 ひよりは慌てて取り出し、小さな包みを開けた。



「ほわぁ……。何回見ても可愛いっ」



 桃色で小さくて、桜の花を模した鈴の形の飾り。


 何かお願い事をするといいらしいけれど。


 黎紫に預けた昼間の落とし物───あの水色の鳴らない鈴も『ラブ鈴』なのかも。


 そんなことを考えながら、ひよりがぼんやりしていると、



「ひよりちゃーん!」


 部屋に近付く足音と玲亜の声がした。



「はぁい!」



 返事をしてすぐ、玲亜がひょっこり顔を覗かせた。



「お風呂空いたからどうぞ。お仕事済んだ?」



「はい」



「今日もご苦労様。それにしても兄さまったら、どこほっつき歩いてんだか」



「そうですね」



「困ったものね、まったく。───それじゃ私、蘭瑛が何か報告あるみたいだから聞いて、明日も朝稽古に参加するから早めに休むね。おやすみ、ひよりちゃん」



「はい、おやすみなさい、玲亜さん」



 報告とは女性の行方不明者たちと関係しているかもしれないという鬼獣の件だろう。



 私も急な事態に備えて嵯牙班の皆がしっかり動けるように滋養のある献立を考えなくちゃ。


 忙しいときでもすぐに補給できて栄養のある食材で作り置きできるものも増やそう。


 栄養素を考えるとカボチャを使った料理などは、しばらく継続してもよさそうだ。



 ……それにしても。



 隊長、どこ行ったのかな。



 お腹、空いてないのかな……。




 ふと、ひよりは手の中のラブ鈴を見つめた。



 とりあえず、今思いつくお願い事は……。




 黎紫隊長がなるべく早く帰りますように。



 心の中でつぶやいて。



 ひよりはラブ鈴を鏡台の上に置いた。





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