第12話・ひよりちゃんの夜仕事開始



 今夜の献立。



 かぼちゃメニュー。



〈かぼちゃの煮物、そぼろ入り〉



〈かぼちゃのてんぷら〉



〈かぼちゃとベーコンのにんにくバター炒め〉



〈豆腐とかぼちゃといんげんと人参の和え物〉



 ───さて、諒くん食べてくれるかな。



 かぼちゃ料理の下ごしらえを終え、客間の窓が全開だったことを思い出して閉めに行き、ふと時計を見ると午後五時。



 そしてまた炊事場に戻ろうとしたひよりの耳に「ただいま」という蘭瑛の声が聞こえた。



「おかえりなさい、瀬戸さん。ご苦労様でした」



 客間から近いこともあり、ひよりが玄関まで出迎えると蘭瑛が遠慮がちに尋ねた。



「なんか昼間、凄かったみたいだな」



「え?」



「今、帰る途中で七班の隊長に行き合ってさ、宴会したって本当かよ」



「はい、隊長がお客様たくさん連れて来られて」



「それで今、隊長は?」



「酔ったから眠るって、寝ちゃいました。後で起こすように言われてますけど」



「じゃあまた目覚まし係よろしくな。諒と莉玖は帰ってるのか?」



「はい、部屋にいます」



「んじゃ俺は晩飯まで稽古な」



「え、いつも朝稽古はしても夕方はしてないのに?」



「今日は向こうでずっと机作業でさ、溜まってた雑用に追われてたわけ。動かねえと身体訛りそうなの。玲亜は?」



「今日はご実家です。夕飯までには帰るって言ってましたけど」



「へぇ。 んじゃあ、ちびっ子共誘って行ってくる」



「はい、行ってらっしゃい」



 蘭瑛が諒たちの部屋へ向かうのを見届けてから、ひよりは一度自室へ戻った。


 縁台近くに干してあった洗濯物を取り入れてたたむ。



 気付くと身につけていた割烹着は所々、染みで汚れていた。



 今日は結構汚れたなぁ……。


 取り替えようか迷ったが、今日のお務めが終わるまであと少し。


 このまま着続けることにした。



 それにしても。



 今日はこれからまた『黎紫の目覚まし係』を行う仕事が残っていたことに、ひよりは少し気が滅入る。



 九班隊の専属住み込み賄い職に就いて約三ヶ月。



 思えば今まで黎紫とはあまり会話もなかった。



 目覚まし係にならなかったら、きっとこんなに親しくはならなかったかも。



 今朝からいきなりの急接近に、ひよりはどう対処していいのか判らず困惑するばかりだ。


 それにものすごくドキドキして。


 繊細で妖艶な容姿や、いたずらに笑むときの表情や、意外と落ち着きのある優しい声とかに。


 思い出すだけで、なぜか胸の辺りがきゅっと苦しくなってトクン!と跳ねる感じがするのだ。


 これって意識し過ぎ⁉



 ひよりはふるふると首を振った。


 隊長はきっと私のこと困らせて喜んでいるのよ!


 ひよりは両手で自分の頬をぺしぺしと叩いて立ち上がった。



 と、とにかく。


 しっかりしなくちゃ、私!




 こんなふうに自分でもよくわからない感情に振り回されるのはよくない。



 不安を呼ぶ。



 不安は闘魄を喰らう邪気へと繋がる。



 そんなもので心を満たしてしまったら、美味しいご飯が作れなくなってしまう。



 ……それは困る。




 ……あまり考えないようにしよう。



 こう決めて気持ちを切り替え、不安を回避。



 ひよりは大きく深呼吸をし、部屋を後にした。



 黎紫を起こしに行く前にひよりはお風呂場の外、焚口へ向った。



 今日の『風呂焚き当番』は確か諒くん。



 でもきっと蘭瑛に夕稽古へ連れて行かれたはずだと思い、今夜は自分が焚こうと思ったのだが。



「あれ、諒くん?」



 焚口にいたのは諒で、彼は薪をくべて火をつけ終わったところだった。



「瀬戸さんと稽古に行かなかったの?」



「……ああ」




 こちらを見ることもなく、仏頂面で応える諒に、ひよりは質問を続けた。



「どうして? お腹でも痛い?」



「んあ⁉ なんでそーなるんだよっ。俺は今夜、夜警当番だから瀬戸さんが稽古はいいから寝とけって。それに今日は風呂焚き当番だし。おまえこそ何だよ……」




「私は……うん、お風呂焚かなきゃって思って。だって諒くんいないと思ったから」



「俺やるからいい」



「そっか。ありがと」



「なんで礼すんの?今日は俺が当番!」



「……そ、そうだよね。うん、じゃあお願いね」



「おまえさぁ」



「え?」



「嫌な事はちゃんとイヤだって断れよな」



「ん?」



「その、さ……隊長の目覚まし係とか」




「……え?」




「嫌じゃねーのかよ」




「嫌……では………」




 ない、………けど……。



「でもあれは瀬戸さんや……実は玲亜さんにも頼まれたりしてるの」



 あと、なぜか隊長のご指名で。



「だからってさ! あのひとぇ………ろ、………ぃ……し」



「……は? ───ごめんね、聞こえなかった。もう一回言ってくれる?」



「もういい! なんでもねぇーよ、あっち行け!」



 そ、そんな言い方しなくてもっ。



「なによ、呼び止めておいて。───あ、そうだ。今夜ね、諒くんの好きな物作ったからね」



「あ?」



「うん、ふふ。楽しみにしてて。あとお夜食弁当も、美味しいの作るから」




「た! 頼んでねーだろっ。早く行けよ、ダルマりす!」




 だ、だるま栗鼠……。



 刺さる言葉に泣きそうになりながらも堪えて。



「うん、じゃあ後お願いします」



 ぺこりとお辞儀をして、ひよりは諒に背を向けた。



 ♢♢♢




「……なんだよ、あいつッ」



 ひよりの小さな後ろ姿をしばらく見つめていた諒だったが、思わずこぼれた溜め息に舌打ちする。




 ……イラつく。



 あいつ見てると……。




 何故なのかわからないけど。



 わからないから、またイライラして。



 塚耶 諒。お年頃な十三歳男子は、本日いく度目かの溜め息を無意識に吐くと、悔し気に頭を抱えるのだった。




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