第7話・青天の霹靂




「なあ、ラン。俺の隊服どこにある?」



 朝食の時間もそろそろ終わろうかという頃、黎紫が蘭瑛に尋ねた。



「え、隊服ですか? どうしたんです、急に」



「どうしたも何も、今日は十時から班会議なんだろ。それに行く。そこへ着てく服だよ」



「いまの、空耳じゃないっすよね⁉」



 蘭瑛が恐る恐る聞き返す。



「あ? なに言ってんだ。それより隊服、後で出しといて」



「わかりました。隊長、今一度聞きますが、本当に本当に本当にっ! 行くんですよね?直前になってやっぱ行かないとか、そーゆーの無しですよ!」



「わかってる」



「隊長が本当に行ってくれんなら、俺は別用で〈二司宮〉の総務に提出書類、出しに行っちゃいますけど。いいですね?」




「ああ、どうぞ。───なんだ?おまえら人の顔をジロジロと。俺の顔がそんなに好きかよ。ひよりちゃん、お茶おかわりね」



「は、はい……」




 ひよりは慌てながらも黎紫の湯呑みへお茶を注いだ。



「どうぞ」



「ん。ありがと。これ美味ーい」



 朝食前に御機嫌を損ねさせてしまったかもという心配があったが、卵焼きを頬張りながら嬉しそうに微笑む黎紫に、ひよりはホッとした。




 隊長ったら「俺は出ない」なんて言ってたくせに。



 やっぱり会議、出ることにしたんだ。



 蘭瑛も玲亜も諒も莉玖も、皆とても驚いている。



 それもそのはず。



 いつも眠そうな目をして何を考えているのかわからない様子で朝も昼も夜も、食べ終われば自室に籠るか、居間でごろ寝か、ふらりと何処かへいなくなったり。



 それが普通だったのだ。



 だからこれってまるで青天の霹靂 ⁉



───なんて。考えるのはよそうとひよりは思った。



 せっかく隊長のやる気が出てきたのだから。



 ひよりは見守ろうと心に決めた。



 他の者たちも、それぞれ同じことを思ったのだろう。



 とくに蘭瑛はとても嬉しそうだ。



 そしてそれ以上尋ねる者もなく、そのまま静かに、けれど微妙な緊張感を残したまま朝餉の時間は過ぎていった。


 その後、食べ終わった黎紫と蘭瑛は自室へ戻り、朝稽古を頑張ったご褒美にとひよりが用意したチョコいおクッキー子を堪能する玲亜と、まだ食べ終わらない諒と莉玖を居間に残し、ひよりは後片付けを始めた。



♢♢♢


「手伝う」


 しばらくして声があり振り向くと、仏頂面の諒が急須や湯呑みや皿の乗った盆を持って立っていた。



 そして彼の背後から莉玖が現れて言った。



「那峰さんの手伝いを決めようって話になって!」



「三人でジャンケンして、右ほくろが負けたのよ~、こき使ってやってね、ひよりちゃん!」



 玲亜がそのまた後ろから顔を覗かせ、笑って言った。



「ぁの、でもそんな……」



 護闘士さまに後片付けを手伝ってもらうなんて!



「これ、ここ置いていいのか」



 諒が持っていた盆を台に乗せた。



「あとは? 何したらいいか早く言え」



「えぇっと、じゃあこっちのお皿を食器棚に。……すいません、お願いします」



 諒は無愛想な顔のまま棚へ皿を運びながらひよりに言った。



「おまえさ、隊長に何食わせたんだよ」



「え?」



「あの人が自分から会議とか出んの、二年振りくらいかもだって」



「えぇっ、そうなの?」



「ああ、玲亜さんが言ってた。だから変なもんでも食ったのかと思って。雨も降るかもな」



「私、変なものなんて作ってません」



「ばーか。冗談だよ。……にしてもさ、あんたホントに俺より歳上? 今朝はダルマじゃなくなってるけど、小粒だよな。俺より背が低いし、ちびぃし」



 小粒とかちぴぃとか。刺さる言葉も間違ってはいないので否定もできず。ひよりは落ち込みそうになりながらも返答する。



「───う、うん。でも諒くんや莉玖くんはこれからもっと背が伸びると思うし、私はどんどん抜かされてしまうね、きっと」




「あいつは、俺よか二センチ高い」



「あいつって?」



「莉玖だよ」



 悔しそうに言った諒に、ひよりはつい言ってしまった。




「牛乳飲むと背も伸びるよ!」



 言ってしまってから後悔。



 諒くんって確か、牛乳も嫌いだっけ。



「えっと、あとはねっ、わかめとか! 大豆とか大根やごぼうもいいんだよッ」



 言い終えて、ハッと気付く。



 私っ、諒くんの嫌いなものばかり言ってしまっている!



「───あ、あのねッ、でもね! 一番いいのは睡眠でねっ、よく眠ると背も伸びるんだって!」




「オレ今夜、夜警だし」



 諒の冷たい視線が、真っ直ぐにひよりへ向いた。



 ううっ。なんか私ってば!言うこと全部、諒くんを逆撫でしてる⁉



「ご、ごめん! じゃね、あとはねっ」



「うっせーよ!もういい。どうせ食えねぇよ。ってか食わねぇから!」




「……そんなにマズイ? わたしの料理。諒くんの口に合わないのかな……」




 ひよりは泣きそうになった。



「そ、そういうんじゃなくて!」



「やっぱり味付けかなぁ。諒くんは濃い派? 薄い派? 」



「は?」



「みんなわりと濃い味が好きみたいだけど。ホントは塩分の摂りすぎって、身体によくないし。

 ……あ、そうだ。諒くんの好きな物教えて! 夜食のお弁当にいれてあげる。食べられる物が入ってた方がいいでしょ?」



「……るっせーよッ。皿! 全部入れたからなっ。ほかに手伝うことねぇなら、俺もう行く。学校あるから」



「え、今日学校あるの⁉ 大変!お手伝いはもういいから支度して! そっかぁ、知ってたらお弁当作ったのに」



「いらねーッての! 学食あるから!───じゃあな! ダルマっ」



「行ってらっしゃい……」



 バタバタと乱暴な足音をたてながら、諒は調理場を出て行った。



 そして諒と入れ違いに、玲亜が顔を覗かせた。



「なによ諒の奴、赤い顔して。ちゃんと手伝っていったの?」



「はい。ちゃんと手伝ってくれましたよ」



「そお? ならいいけど。あ、そうそう。さっき莉玖から聞いたんだけど、諒ってね、米より麺類が好きで、あとカボチャが好きなんだって。甘しょっぱく煮たかぼちゃが大好きみたいよ」



「へぇ、そうなんですか。よかった、一つでもそういうの判って。諒くんったらなかなか教えてくれなくて」



「うん、莉玖もね、諒とは長い間離れて暮らしてきたから、知らないことたくさんあるって言ってたわ」



 そうか……カボチャ。



 今夜はカボチャの料理を作ろう!



「ひよりちゃん、私これから出かけてくるね。実家に帰省」



「ご実家へですか?」



「そう。晶蓮城を出て西街地区にあるの。たまには顔出さないとうるさくて。だからお昼ご飯も向こうで食べてくるから、いらないわ。夕方には戻るからね」



「はい、行ってらっしゃい!」




 ということは。



 お昼ご飯は、瀬戸さんと隊長と私の三人分か。



 お昼ご飯は何を作ろうかなぁ。



 朝ご飯が済んだばかりだというのに、もう昼の献立について、あれこれ考えなければならないけれど。



 ちっとも苦にはならない。



 今朝も皆……とまではいかないが。


 諒くんだけ量が少なめだったけど、ほかの皆は残さずしっかり食べてくれたので。


 朝から嬉しいひよりだった。



 それからまた数分後。


 ひよりが調理場で片付けをしていると蘭瑛が顔を出した。



「那峰。俺、いまから総務行ってくるぞ。向こうで雑用いろいろあるんでな、昼飯は向こうの食堂で食ってくるからいらない」



「あ、はい」



「それから、隊長の目覚まし係、あれ朝だけとは限らんからな、那峰」



「? それってどういう……」



「あと三十分しても隊長が部屋から出てこなかったら、起こして会議に行かせてくれよ」



「えぇーっ! まさかまた寝ちゃったんですか⁉」



「たぶんな」




 ……や、ヤダなぁ。



「瀬戸さんが出かける前に声かけてきてくださいよォ」



「却下。俺はあの部屋で隊長と向き合いたくない」



「どうしてです?」



「そりゃ、アレだよ」



「あれって?」



「だから……。まあ……そーゆーことだからな。よろしく頼むな!」



「えぇ~!」



 だからどーゆーこと⁉



「じゃあ行ってくるぞ」



「い、行ってらっしゃい……」




 瀬戸さん、隊長によっぽどヒドい意地悪されたんだろうか。



 ……でも、あれ?



 ということは、瀬戸さんもお昼ご飯いらないって……ということは?


 お昼ご飯は、私と隊長の二人分だけでよくて。


 ふたりだけ……ってことで。


 ……あーあ。


 なんだか途端に憂鬱な気分になってしまったひよりだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る