第46話
甘いファーストキスの時間を堪能していると、一階から物音が聞こえてきた。
「ただいま」
誰かが帰ってきたようだ。
「嘘⁉ 今日は遅くなるって言ってたのに」
「渚。帰ってるの?」
渚を呼ぶ声が階下から聞こえる。足音がだんだんとこちらへ迫ってくる。
渚がテンパりだす。じたばたと部屋の中を歩き回り、クローゼットに目を向けた。
「ここ隠れて」
渚に押し切られる形で、俺はクローゼットの中に身を潜める。渚の服に紛れて、俺は息を潜める。
「渚、いるなら返事をしなさい」
「ご、ごめんお母さん。ちょっと疲れて寝ちゃってた。早かったね。遅くなるって言ってたのに」
クローゼットの外で、渚が母とやり取りしている。
「そうなのよ。その予定だったんだけど連れが急用できちゃったみたいで。それで早く帰ってきたの」
「ふーん、そうだったんだ」
渚の反応を見る限り、今日は親が家にいないことを見計らって俺を誘ったようだ。その目算が狂ったのか。良かったあ。行くところまで行かなくて。ちょっといい雰囲気になってたから危うかった。
「それじゃ、お母さんは下で晩御飯作ってるから」
「はーい、私はもうちょっと寝てから下りるよ」
ドアの閉まる音。母親が部屋から出て行ったようだ。
「……もういいよ、拓海くん」
渚の合図を受け、俺はクローゼットから出る。果たして、隠れる必要があったのかどうかは疑問だが。別にやましいことをしていたわけでもあるまいし。いや、キスはやましいことか。一歩手前だもんな。
「ごめんね。急にお母さんが帰ってきちゃって。どうしよう。咄嗟に隠しちゃったけど、どうやって拓海くんを家に帰そう」
「バレたらまずいのか。だったらこっそり玄関から出るしかないだろうけど」
「うん。そうだよね。実はまだ彼氏ができたって秘密にしてるんだ。だからバレたら絶対にからかわれるから」
渚が顔を抑えて悶える。
「とにかく、お母さんにバレないようにこっそりと帰って。ごめんだけど」
「おう、わかった」
俺が立ち上がり、ドアに手を掛けたその時、勢いよくドアが開いた。
「ところがどっこいそうはさせないんだなあ、これが」
美人の女性がドアの前にドヤ顔で立っていた。状況から察するにこの人が渚の母親だろう。
「お、お母さん、どうして」
渚が顔面蒼白になる。
「ち、ち、ち、甘いぞ娘よ。玄関に靴が置きっぱなしの時点で、誰かが来ているのは気付いてたのよ。なのに部屋に来たらいない。これはどこかに隠したなとピンときたわけよ」
確かに玄関に知らない靴が置いてあったら来客を疑う。咄嗟のことで渚はそこまで頭が回らなかったようだ。
「うう……失敗したあ」
渚が頭を抱えて、俯く。
「それで、このイケメンくんはどこの誰なの? お母さんに紹介しなさい」
「……彼氏」
「なんだって?」
「……彼氏よ、私の」
渚が顔を真っ赤にして言う。
「だろうねえ、あははははは」
お腹を抱えて豪快に笑う渚の母親。そんなに笑ってやるなよ。渚がちょっと涙目になってるだろ。
「初めまして。娘さんとお付き合いさせていただいている藤本拓海といいます。隠れたりしてすみませんでした」
「いいのよ。どうせ渚が隠れてって言ったんだろ。それとも、なにかい? あたしらがいないのをいいことにこっそり乳繰り合っていたのかい」
図星を突かれ、俺と渚は苦笑するほかない。
「まあせっかく来たんだ。今日はうちで晩御飯食べていきな」
渚の母親は上機嫌でそう言う。
「はい、お言葉に甘えさせてもらいます」
「ごめんね、拓海くん」
渚が手を合わせて謝ってくる。何を謝る必要があるのか。渚の家で晩御飯とか夢みたいで感動ものなんだが。
「あんたらの馴れ初めを肴にさせてもらおうかね。それじゃできたら呼ぶから、上でゆっくりしてな」
そう言って渚の母親は階下に下りて行った。
部屋に取り残された俺と渚は互いに見つめ合うと顔を赤らめる。
「ごめんね。キスの途中だったのに。せっかく雰囲気良かったのにぶち壊しだね」
「そんなことないよ。俺は渚のお母さんに会えて良かったと思うよ。親公認なら、今後も付き合いやすいと思うし。それに渚といちゃつくチャンスはこれからいくらでも巡ってくるさ。その時の楽しみに取っておこうぜ」
「……拓海くんのえっち」
「え? なんでだよ」
「絶対そういうこと想像したでしょ。今日ならいけるとか思ってたんじゃないの」
ちょっとだけ図星だ。というか親がいないから家に来ないかなんて言われたら、誰だって誘われてると思うだろ。思うよな。だが、断じてそれ目当ての為だけに渚と付き合っているわけじゃない。
「そういうのは想いが通じ合った時にこそだろ」
「ふーん、そうなんだ。言っとくけど浮気性の拓海くんにはまだまだ許さないからね」
こればかりは氷岬に対して曖昧な態度を取っている俺が悪いな。
「悪い」
「謝罪が聞きたいわけじゃない」
渚が唇を尖らせる。
「俺が好きなのは過去もこれからも渚だ。それだけはゆるがない」
「……まあ、及第点ってところかな」
そう言って渚は微笑んだ。
「じゃあごはんできるまで暇つぶしに中学時代のアルバムでも見よ」
「お、いいね」
渚が中学時代のアルバムを取り出し、俺はそれを覗き込んだ。
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