第44話

「いくよー。そーれ」


 渚がビニールボートを押し出し、俺は勢いよく流されていく。バランスを取るのが結構難しい。俺はしばらく進んだところであっさりと転倒した。

 水の中に落ちた俺は水の中から渚の水着姿を目に焼き付ける。むしろこれを見る為に水の中に落ちたまである。


「大丈夫、拓海くん」


 水から顔を出した俺に、渚が声を掛けてくる。


「大丈夫、大丈夫。結構難しいのな、この上で寝そべるの」

「そう? 私はうまく乗れたけど」


 そうして2人で笑い合う。

 しばらく、流れるプールで遊んだ俺たちは、プールサイドに上がって少し休憩する。売店でかき氷を購入し、渚に手渡す。


「ありがと。いくらだった?」

「いいよ。今日は俺の奢り。お詫びのデートなわけだしさ」

「む、なんだかその言い方は嫌だな。まるでお詫びじゃなきゃデートしないみたい」

「悪い。そんなつもりはなかった。俺はいつだって渚とデートしたいんだぞ」

「うん、よろしい。それじゃ、いただきます」


 渚がかき氷を掬って口へ運ぶ。冷たかったのか、口をへの字に曲げて、目を瞑って悶える。


「うん、おいしい。やっぱり夏といえばこれだね」

「そうだな」

「拓海くん、食べさせあいっこしようよ。ほら、あーん」


 渚がイチゴのシロップがかかったかき氷を差し出してくる。


「あーん。……うん、美味い。ほれ、渚も」


 俺は自分の手に持ったレモンのシロップがかかったかき氷を渚に差し出す。


「あーん。うん、おいひぃ」

 

 実際、かき氷の味なんてそこまで変わらない。だが、食べさせ合うという行為が尊いのだ。

 渚とこうし隣に座ってかき氷を食べさせ合って。幸せな時間が続く。ここまで体を露出した渚と密着するのは初めてで、少し緊張する。目のやり場に困るんだよな。常にガン見するわけにもいかないし。


「そうだ。これ食べたらスライダーに行こうよ」

「行きたいのか」

「うん、行きたい。プールに来たかったのはスライダーに乗りたかったからってのもあるんだ」


 渚が頬を掻く。


「そっか。なら行くか」

「うん。急いで食べるね」


 そう言うと渚は勢いよくかき氷を口の中へ運び、冷たさに悶えていた。そんなに急がなくても。よっぽどスライダーに乗りたいらしい。


「ほら、拓海くんも早く食べて」

「お、おう。わかったよ」


 俺も渚に倣って勢いよくかき氷を口の中へ放り込み、そして二人仲良く冷たさに悶える。

 かき氷を食べ終えた俺たちは、スライダーの列に並ぶ。夏休みということもありスライダーには長蛇の列ができていた。


「そういや、どうしてそんなにスライダーに乗りたいんだ」


 ちょっとした雑談のつもりでそう話を振ったのだが、思いのほか渚が顔を赤らめた。

 え? 何? 俺何か恥ずかしいこと言った?


「……言わなきゃダメ?」

「できれば聞きたいかな」


 なんだか恥ずかしがる渚が可愛くて、ついいじめたくなってしまう。俺はにやにやとした笑みで渚を追求する。


「教えてよ」


 渚は観念したように溜め息を吐くと、ぼそぼそと呟いた。


「……拓海くんとくっつけるから」

「おう……そうか」

「自分から言わせといて照れないでよ、拓海くん」

「だってなあ。渚があんまりにも可愛いこと言うもんだから。そりゃ照れるわ」


 自分の顔が熱い。顔を手で扇ぎながら、俺は渚から視線を逸らす。こりゃますます渚を直視できんわ。今渚を直視したら勢い余って抱きしめてしまいそうになるだろうし。

 俺が自分の中の欲望とせめぎ合いを繰り広げているうちに、列はどんどん進んでいく。


「最近、氷岬さんばっかり拓海くんに甘やかされているから、私だって甘えたいの」


 そんなちょっとした渚の嫉妬すら可愛く思えてくる。俺のせいで、嫌な思いをさせているという自覚があるが、俺はそんな渚を可愛いと思ってしまうし、ますます嫉妬させたいと思ってしまう。

 薄々気付いてはいたが、俺は結構なクズだな。自覚してしまうと自分のクズさ加減も受け入れられるような気がする。

 そんなことを考えているうちにスライダーの順番が回ってきた。スタッフに誘導されて、準備に入る。


「安全上の観点から女性は前でお願いしますね」


 男女で座る位置が決められているらしい。というか今気付いたのだが。この露出度MAXの渚と今から密着するのか。それはかなり勇気がいる事態だ。


「どうしたの拓海くん、早く」


 渚が痺れを切らしたのか、俺をせかしてくる。しかたない。覚悟を決めるか。

 俺は後ろの位置に座って寝そべると、渚が俺の前に座って体重を預けてくる。ちょうど股間の位置に渚の頭が乗っかる。

 俺は必死で理性を保ちながら股間が反応しないように注力する。


「それではいってらっしゃーい」


 スタッフの掛け声とともにスライダーが発射される。勢いよく滑っていき、あっという間にプールの中に投げ出された。滑り始めたからは、密着とかそんなの意識している余裕はなかった。結構スピード出るんだな。

 水の中から顔を出した俺たち2人は、スタッフに誘導されてプールサイドに上がる。


「楽しかったね」


 渚の笑顔を見ていると、邪な考えを抱いていた自分が少し恥ずかしい気持ちになってくる。


「……拓海くんともくっつけたし」


 そう渚が呟いたことで、2人とも同じ気持ちだったのだと知れて、少し安堵した。

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