第22話
汐見とこうして並んで帰るのはあの雨の日以来だろう。
「藤本くん、今日本当にかっこよかったよ」
不意に汐見からのお褒めの言葉。俺は胸を高鳴らせながら少し威張る。
「そりゃ体育祭は得意だからな」
「ううん、競技の活躍もだけど氷岬さんが怪我した時にすぐに駆け寄っていったのがね、かっこよかった」
「お、おう……」
確かにあの時は何も考えず足が勝手に動いていた。
「本当だよ。王子様みたいだった」
「王子様はやめてくれよ、恥ずかしい」
「ううん、やめない。氷岬さんもきっと嬉しかったはずだよ」
汐見が微笑む。そうかな。氷岬は怪我をして落ち込んでいたようにしか見えなかったけどな。俺が助けに入ったぐらいで喜ぶだろうか。
「私なら絶対に嬉しいから」
顔を赤くして汐見が俯く。まったく、これだから汐見は。そんな可愛い仕草を見せられたら惚れるなってほうが無理だっての。
「まあ、汐見に褒めてもらえて嬉しかったよ」
俺は照れくさくなって汐見から顔を逸らして前を見る。汐見は隣に並んで歩く。
「打ち上げのお菓子、いっぱい買うぞー」
汐見が張り切っている。張り切る汐見も可愛いなと横目で見つめているうちにスーパーに着いた。
「よし。それじゃあ好きなお菓子とジュースを適当に買って帰るか」
「おー!」
汐見は楽しそうだ。こういうイベントは好きなのかもしれない。
それからスーパーでの汐見は手が付けられなかった。まるで子どものように縦横無尽にスーパーの中を駆け巡り、あらゆるお菓子を手に取ってはカゴに入れていく。
「おい、汐見。流石に買いすぎだ」
「えー、いいじゃん。今日ぐらい」
「ダメだ。こんなに買っても食べきれない」
「もう、藤本くんのケチ」
汐見は唇を尖らせながら、お菓子を棚に戻していく。氷岬と買い物に来た時はこうじゃなかったな。氷岬のやつは鮮度とかまで気にして買っていたからすごいと思ったっけ。まあ、氷岬がお菓子を買うところは見てないから一概に比べられないが。
「しかたない、これぐらいでいいかな」
汐見が納得したようにカゴを見下ろしている。
「ああ、これだけあれば十分だ。さっさと会計して帰ろうぜ。氷岬も待っているだろうし」
「ふーん、やっぱり彼女のことが気になるんだ」
「いや、そんなんじゃねえよ。ただ怪我して心細い思いしてるんじゃねえかと思ってな」
「やっぱり藤本くんは優しいね。思われる氷岬さんが羨ましいよ」
汐見はそう言うと俺からカゴを奪い取り、レジまで持って行った。お金はとりあえず俺が出し、後で割り勘しようということになった。
大量に買ったお菓子とジュースを袋詰めしながら、俺は汐見を見る。汐見は鼻歌を歌いながら袋詰めに勤しんでいる。
「なあ汐見、俺と氷岬が恋人の振りするのってやっぱりおかしいと思うか」
出し抜けにそんな質問をしてしまう。汐見が俺たちの関係をどう思っているか確認したかった。
「そうだね。やっぱり変だなとは思うよ。お互い好き同士じゃないなら、恋人の振りなんて」
汐見は人差し指を顎に当てながらそう答える。
「でも、事情が事情だから仕方ないのかなとも思ってる。いざという時、どうして同棲してるのかって問い詰められて、恋人同士だからって逃げ道がある方がいいもんね」
汐見は口ではそう言っているが、眉はずっとひそめたままだ。その様子から察するに表向き納得してはいるが、裏では納得していない。そんなところだろう。
「参考になったよ。ありがとう」
「いいえ、お力になれたのなら良かったよ」
汐見が微笑む。その笑顔にいつもの汐見らしさが感じられないのは、やはり俺と氷岬の恋人の振りを快く思っていないからだろうか。そう考えてしまうのはあまりにも自分本意だろうか。
スーパーを出た俺たちは再び並んで帰路につく。
「そうだ。藤本くん。この間のお礼の話覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。雨の日のだろ」
「うん。それで来週の週末は空いているかな?」
汐見が手を絡ませながら問うてくる。
「空いてる空いてる」
汐見のお誘いだったら予定が埋まっていても空けるとも。
「じゃあその日にカフェに行こうよ。奢るから」
汐見は頬を少し赤らめて、囁くような声でそう言った。汐見にデートに誘われた。俺はそのことで舞い上がり、それ以外のことはどうでもよくなった。
「ああ、そうしようか。絶対に空けておくから」
「うん、そうしてくれると嬉しいな」
汐見は微笑んでそう言うと、小さく拳を握っていた。
「それじゃあ、早く帰ろうぜ」
「うん」
そうして俺たちは家へと急ぐ。汐見とのこの2人きりの時間も惜しかったが、今日ばかりは氷岬を1人にするのは可哀そうだ。
「おかえりなさい2人とも」
家に帰ると氷岬が玄関で俺たちを出迎えた。
「どうして玄関にいるんだよ。リビングで休んでれば良かったのに」
「もうそろそろ帰ってくるかなと思って」
早く帰ってきて正解だったようだ。この寂しがり屋め。
「それにしても凄い荷物ね」
「汐見が暴走してな。これでも減らしたほうなんだ」
「あー、藤本くん自分だけ逃げようとして。2人で買い出しに行ったんだから同罪だよ。それにお祭りの後ぐらいいいじゃん」
汐見は唇を尖らせながら反論する。
「そうね。お祭りの後ぐらいは別にかまわないわ」
「ほら。氷岬さんもこう言ってる。藤本くんが真面目すぎるんだよ」
「わかったから。とりあえずさっさとリビングに荷物運ぼうぜ」
俺はそう言うと、リビングに足を伸ばす。そして買ってきたお菓子を机に広げる。コップは既に用意されていた。氷岬が準備してくれていたようだ。
それにしても、氷岬を拾ってからこの家に女子が出入りする頻度が増えた。汐見なんて氷岬がいなかったらまずこの家に来ていないだろうしな。
そういう意味では氷岬を拾って良かったのかもしれない。
俺はジュースをコップに注ぎ、氷岬と汐見に配る。そうして俺はコップを手に取ると、芝居がかった咳ばらいをひとつ挟む。
「えー今日は体育祭の打ち上げに集まってくれてありがとう。ふたりのおかげで本当に楽しい体育祭になった。乾杯!」
「「乾杯!」」
互いにコップを打ち付け合い、ジュースを飲む。まるで居酒屋のノリだが、これぐらいは未成年が楽しんでもいいだろう。
「いやあ、いっぱい体を動かした後のジュースは美味しいね」
「そうね。まあ、私はあまり体を動かせなかったのだけど」
「あ、ごめんね、氷岬さん」
「気にしないで。怪我したのは私の自業自得だから」
「そんなことないだろ。事故は不運だっただけだ。誰も悪くねえよ」
「そうね。ふたりのおかげで気に病むことがなくなってほっとしているわ。本当にありがとう。それから1位おめでとう」
そう言って氷岬は微笑む。どうやら本当に気に病んではいないらしい。
「うん、ありがとう。まさか練習もなしにあそこまでできるとは思わなかったけどね」
「ふたりの相性には嫉妬しちゃうわ」
氷岬が苦笑し、汐見が顔を赤くする。
「それよりも、氷岬さん、怪我したときに藤本くんが駆け付けてくれたじゃない。どんな気持ちだった」
汐見が照れ隠しなのか慌ててそう言うと、今度は氷岬が顔を赤くした。
「それは勿論、嬉しかったわ。怪我をしてしまって絶望していたところに真っ先に駆けつけてくれたんだもの。嬉しくないはずないでしょ」
俺の方をちらっと見ながら、氷岬が言う。
「あんな痛がりかたされたら、心配になるっての」
「心配してくれることが嬉しいのよ。私にはそんな人はいなかったから」
その一言で場が凍り付いた。
「あ、ごめんなさい。こんな空気にするつもりはなかったの。ただ、嬉しかったと伝えたかっただけで」
氷岬が頭を下げる。
「ああ、十分に伝わったよ」
俺はそう言って氷岬の頭を撫でた。氷岬は心地よさそうに頭を差し出し、微笑んでいた。
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