第13話

 汐見に氷岬をベッドに寝かせていたことがバレた。状況から見て誰もがそう思ったことだろう。駿は苦笑いを浮かべながら俺を見ていた。


「どういうこと、藤本くん。ベッドから女の子の匂いがするんだけど」

「いやー、それはだな」


 俺は冷や汗が噴き出るのを感じながら、脳内で言い訳を考える。が、ちっとも言い訳が浮かんでこない。


「あら汐見さん。そんなの私の匂いに決まっているじゃない」


 いつの間にか部屋に戻ってきていた氷岬が飲み物を机に並べながら言う。この場には俺たちが恋人同士だと疑っていない駿もいる。駿相手には今の言い訳で納得させられるだろう。

 だが、汐見は俺たちの事情を知っている。汐見は納得しない。


「い、いくら付き合っているからって、一緒のベッドに入るのはどうかと思うな」


 顔を真っ赤にしながら汐見が氷岬に反論する。


「今時の高校生なら普通じゃない。それに他人のそういう部分を詮索するのはマナー違反じゃないかしら」


 氷岬が汐見に言い返す。俺は何も口を挟むことができず、ただそのやり取りを見守ることしかできない。


「だからって私たちはまだ高校生だよ。何かあったら責任取れないんだよ」

「生憎と、私たちは清いお付き合いをしているわ。一緒のベッドに入ったのはちょっとした興味からよ」

「信じられないな」

「汐見さんに信じてもらわなくても結構。事実そうだもの」


 修羅場に巻き込まれた駿はやれやれといった風に肩をすくめている。俺だって止めに入れるものなら入りたい。だが、俺にはまだ汐見を納得させるだけの言い訳が思いついていないのだ。氷岬に任せるしかない。


「ねえ、藤本くん。本当に氷岬さんと寝たの」


 その質問は事情を知る汐見だからこそ、大きな意味を孕んでいた。本当は付き合っていないのなら、どうしてベッドから女の匂いがするのか。汐見の疑問はもっともだ。これは俺のガードの甘さが招いた事態だ。俺が収拾を図るべきだろう。

 俺は汐見を正面から見据えると、言葉を紡いだ。


「実は氷岬を家に泊めた際に、こいつが寝ぼけて俺のベッドに潜り込んできたんだ。俺も最初気付かなかったから、一緒に寝た時間があったことは本当だ」


 2回目はともかく最初は本当に氷岬が寝ぼけて潜り込んできたのだ。嘘は言っていない。

 それを聞いた汐見は納得したというような顔はしていなかったが、留飲を下げたらしい。一つ頷くと氷岬に向けて言った。


「それならそうだって最初に言ってくれたら良かったのに。これじゃ変な勘違いしちゃうよ」

「私と拓海くんは恋人同士なのだから、変な勘違いをされても困らないわ」


 とにかく誤解は解けた。まあ誤解ではないんだが、大事にならなくて良かった。汐見は氷岬が俺の家で居候していることは知っているし、そういうアクシデントが起きても不思議じゃないと理解してくれたのだろう。

 それから、俺の部屋でゲームをして遊んだ。少しの時間だったが、友人と過ごす時間はとても楽しかった。

 汐見と駿が家に帰ると言い出したので玄関で見送る。氷岬はもう少し遊んで帰ると言い訳していたが、駿にもそのうち事情を説明することになりそうだ。


「今日は2人ともありがとうな」

「ううん、友達だから当たり前のことだよ。明日もノート持ってくるね」

「悪いな、汐見」

「拓海―、休みだからって氷岬さんにえっちなことするなよ」

「お前じゃないんだからそれはねえよ」


 そんなやり取りをして、2人を見送る。本当にいい友人を持った。2人が帰る背中を見つめながら俺は独り言のように呟いた。


「今日はびっくりしたな。まさか汐見が見舞いに来てくれるなんてな」

「嬉しかった?」


 氷岬が隣に立っていた。聞かれて少し恥ずかしい思いをしたが、俺は素直に頷いた。


「ああ、嬉しいに決まってるだろ」

「ノートぐらい。私だって写してきてあげたのに」


 唇を尖らせながら、氷岬が拗ねている。なんだかその様子が新鮮で可愛く思えた。


「だったら明日からは学校へ行けよ」

「嫌よ。自宅で拓海くんを支えるのは私の役目。誰にも譲らないわ」


 そんな氷岬に俺はおかしさがこみあげてきて吹き出してしまう。氷岬は目を点にして俺を見ていたが、俺はかまわず笑い続けた。




 停学生活は順風満帆に過ぎて行った。毎日汐見と駿が見舞いに来てくれたし、家では氷岬が遊び相手になってくれたから、俺が退屈することはなかった。今までの停学生活の中で1番充実していたんじゃないかと思う。

 そうして停学明けの日。俺は久しぶりの登校に心弾ませていた。なんたって学校で汐見に会える。家に来てくれたのも嬉しかったから停学になって悪いことばかりじゃなかったとは思う。でもやっぱり汐見と学校生活を楽しみたいのだ。残りは一年もない。卒業すれば進路はそれぞれ分かれるだろう。その前に、俺は氷岬との関係を清算し汐見に告白しなければならない。


「おはよう、汐見」

「おはよう、藤本くん」


 学校の教室に入るなり、俺は汐見に挨拶する。心なしかクラスメイトの視線が俺に集まっているような気がするが、これは停学明けということも影響しているのだろう。

 俺は気にしていなかったのだが、汐見は少し気になるようでちらちらとクラスメイト達の方に視線をやっていた。


「俺が休んでる間何か変わったこととかなかった」

「あー、うん、凄くあったんだ。実はね、私と藤本くんのことが噂になってて」

「噂?」


 はて。俺と汐見が噂になるようなことをしただろうか。汐見が俺の家に出入りするところを誰かが見ていたとかかな。


「ほら、この間私藤本くんと相合傘をしたじゃない? あれを見た他の生徒が藤本くんのこと二股野郎だって噂してるみたいで」


 そういうことか。確かに相合傘を見られたらそういうことを言い出す輩がいても不思議じゃない。表向きは氷岬と付き合っていることになっているわけだしな。まあ、それで俺の評判が落ちることぐらいなんてことはない。


「そんなこと気にしなくていいよ。悪いな、汐見にまで迷惑かけちまって」

「あ、うん、私が噂されているのは私の自業自得というか」

「どういうことだ」

「言うの恥ずかしいな。実は藤本くんの噂を聞いて、私藤本くんはそんな人じゃないって啖呵を切ったの」


 汐見、俺のこと庇ってくれたのか。なんて優しい子なんだ。


「そんなことしなくて良かったのに。俺は停学になるような人間だし」

「ううん、みんなわかってくれたよ。藤本くんが氷岬さんの為に喧嘩したんだってわかったら一部の女子はときめいたりもしたみたい。それがまた一部の男子はおもしろくなかったみたいだけどね」

「あーそれでやっかみの視線がきつい気がするのか」

「うん。それで私も必死に藤本くんのこと庇っちゃったから私まで藤本くんのこと好きなんじゃないかって思われてるみたい。そんなわけないのにね」


 そんなわけないのか。胸に致命傷をもらった気がするが倒れるわけにはいかないので堪える。

 それにしても、二股野郎か。あながち間違ってはいないから否定しづらいな。表向き、俺は氷岬と付き合っていて、本当は汐見のことが好き。うん、二股だな。それに2人とも超可愛いとなれば男子のやっかみの視線ぐらい我慢できるとも。

 汐見が俺を庇ってくれたとわかっただけで、俺はなんだってやれるさ。


「それと、藤本くんが休んでいる間に体育祭の出場する種目を決める会議があってね。勝手に決まっちゃったよ」

「そういえばもうそんな時期だな。まあ別に俺はなんでもいいからいいんだけど」


 そう。出る種目はなんでもいい。何に出ようと俺は活躍し、汐見にいいところを見せる。毎年のことだ。

 だから俺は、今年も体育祭のMVPを狙いにいくぜ。

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