第39話 チーム戦
「さあ、入って入って」
「お邪魔します……うわ、うちと全く同じだ」
「ふふ、当たり前でしょ。同じマンションでフロアも同じなんだから」
週末の土曜日。大学の授業も何もない今日、俺は羽衣の家に来ていた。
目的はもちろん、過去に女性から性的暴力を受けそうになり、心を閉ざしてしまった羽衣の弟、憧人くんに会うためだ。
ただ、彼と会えるかは分からない。彼は自室に閉じこもってしまっているみたいで、家族も会話すらできていない状況らしい。
だけど、似たような境遇の俺であれば、最低でも会話ならできるんじゃないかという期待を込めて、俺は天使家にご招待されたわけだ。
「ママは出かけてるから、挨拶とか気にしなくていいよ」
「それは助かる。緊張する部分が一つなくなった感じだ。前から気になっていたけど、羽衣って母親のことママって呼ぶんだな」
「え、だ、ダメかな?」
「いや、いいんじゃないか。可愛くて」
「かわ!? え、なんで!?」
ヤンチャしてそうな容姿のお姉さんが母親のことをママって呼んでるなんて、そんなのギャップで可愛いに決まってるじゃないか。しかし、羽衣はギャップの塊だな。人は見かけによらないというが、羽衣に関しては見た目と中身が相反し過ぎている。俺の心は穴だらけだ。
おっと。そんな馬鹿なことを考えている状況じゃない。今は憧人くんについて集中しなければ。
「それで、憧人くんの部屋は?」
「へっ? あ、ここだけど」
羽衣は玄関入ってすぐに続く廊下の一番奥、その右手側にある部屋を指差す。その扉には、たしかに『SHOTO』と書かれたプレートが吊るされている。
「大丈夫? 一旦、お茶でも飲んで落ち着いてからでもいいけど」
「やるべきことは分かりきってるんだし、いいよ。すぐに試みる」
「わかった。……ところで、その荷物は何?」
羽衣が指差す先には、俺が手に持っている紙袋があった。
「出番があるか分からないけど、一応秘策かな」
「ふーん? よく分からないけど、色々考えて持ってきてくれたんだね。ありがとう、遥」
「お礼はいいよ。今日は友達の自慢の弟に会いきただけだ」
「遥……ありがと」
お礼はいいと言ったのに、またお礼を言われてしまった。
「あたしはいない方がいいよね。外出てようか?」
「流石にそれは俺を信頼しすぎだろ。自分の部屋にでもいてくれ」
「遥は悪さなんかしないと思ってるけどね。じゃあ自室いるから、終わったらラインして」
「了解」
羽衣には自室に居てもらい、廊下には俺だけになった。
一つ深呼吸を入れて、目の前の部屋のドアをノックする。しかし、中からは音一つしない。予想通りの反応だった。
「こんにちは、憧人くん。お姉さんの大学の友達の遥っていうんだけど、ちょっと俺と会ってくれないかな?」
ドアに向かって何の捻りもない声かけをするが、やはり何も返ってこない。
男の俺が来ることで、ワンチャンドアを開けてくれるのではという期待をしていなかったかというと嘘になる。しかし、彼がそんなにドアを開けてくれるなら、羽衣こんなに悩んでいないはずだ。
俺は男であることを強調するべきだろうか。君と同じ境遇の者だと言うべきだろうか。君の気持ちを共有できる仲間だという主張するべきだろうか。
俺はここに来るまで、彼にどんな言葉をかけてやればいいか、何度も脳内でシミュレーションを繰り返した。しかし、そんな都合のいい言葉は見つからなかった。
だって、正解は彼にしか分からないのだ。俺たちがいくらうんうん考えたところで、彼の心を開く鍵の形なんて分からない。
そして、俺の時はどうだったかを考えた。あの時、俺は何に救われたのか。誰かの言葉だったか? いや、違う。確かに色んな言葉を貰った気がする。でも、心から安心できたのはそれじゃない。
「憧人くん」
俺はドアノブに手をかけ——
「お邪魔するね!」
それを思いっきり回し、ドアを開けて勢いよく中へ入っていった。
「っ!?」
明かりはテレビ画面のみの薄暗い部屋の中に、肩より伸びた無造作な茶髪を持った少年がちょこんと座っており、俺を怯えた目で見ていた。
天使家はうちと全く同じ構造だ。ならば、このドアに鍵なんてついていないことは知っていた。憧人くんが自分で付けている可能性もあったが、引きこもりの彼がそんなものを入手する機会なんてないと考えた。
「聞こえてなかったみたいだから、もう一度言うね。初めまして、憧人くん。お姉さんの大学の友達の遥だよ」
「…………」
対面したところで、改めて挨拶をしてみるが、彼は身体を引き気味にするだけで口を開こうとしない。
彼の手にはテレビゲームのコントローラーがあった。俺も知っているやつだ。現行機の一世代前のものだが、あっちの世界にいた時は高校の友達とよく遊んでいた。こっちにもあったとは。
俺の出現により、彼はコントローラーを操作する手を止めてしまっていたため、テレビの中の彼の操作するキャラがCPUに倒されてしまった。
「あ、ごめん。対戦中だったとは」
「…………」
憧人くんは俺から目を逸らし、テレビ画面に向き直して操作を再開し始めた。
ゲーム機本体の近くを見ると、もう一つコントローラーがあった。もしかしたら、昔は羽衣と一緒にやっていたのかもしれない。見た目ギャルなのにゲームやってるのかあいつ。本人不在でもギャップを増やしてくるとは。
俺はその置かれているコントローラーを拾い上げ、適当にボタンを押した。すると電源がつき、やはり本体とペアリングされていたみたいで、自動で接続された。ゲーム画面にPlayer2が参加する。
「俺も参加させてよ。実はこのゲーム、結構やり込んでたんだ。こてんぱんに負かしたらごめんな」
やり込んでいたというほど本気でプレイしていたわけじゃないが、友人と集まってゲームするとなったらこればっかりだった。その集まりの中で俺は白星が多かったため、そこそこ自信がある。
憧人くんから少し離れた空いたスペースに座り込み、彼の許可なくコントローラーを操作する。一瞬、こっちを見ていた気がしたが、俺はその視線を気にせずキャラを選択する。
『大混戦クラッシュボンバーズ』。集結したゲーム界の名キャラたちが戦う大人気ゲームだ。
俺は中でも風船キャラのバールゥーが好きなのだが、憧人くんは狐キャラのフォッコンを使うらしい。そのキャラを使う人はなかなか曲者なイメージだ。
CPUを含めた4キャラが選ばれ、憧人くんの操作のもと、味方はいない大混戦モードで戦うことに。
何試合かやってみたが、やはり憧人くんのプレイヤースキルはなかなかのものだった。俺が中学生だった時、こんなに強かった自信はない。
しかし、今の俺は大学生。高校時代に培ってきた技術や知識がある。俺は勘を取り戻しながら、キャラを自在に操る。
結果は、まあ五分五分ってところだな。うん。全然負けてないよ。撃墜数はたしかに憧人くんの方が多いけど、それはCPUで稼いだもんだもんね。
「クスッ」
隣から笑い声のようなものが聞こえて振り向くが、憧人くんは相変わらず無表情のままテレビ画面に視線をやっている。
だけど今のは幻聴じゃないと思った俺は、ある提案をする。
「チーム戦やってみようよ」
やはり彼から返事はなかったが、代わりにゲーム画面の彼が操作するアイコンが動く。そして、チーム戦に切り替わった。自動でチームが割り振られ、お互いにCPUを一体仲間にしている形になった。
「あー違くて。俺と憧人くんでチーム組もうよ」
「えっ」
初めて聞こえた彼の声。声変わりはまだなのか、少し高めの声。どこか親近感が湧いてくる。
「それでCPUのレベルを超最強にしてさ、協力してあいつら倒そうよ。俺たち二人ならいけるって」
「…………」
そこまで強くもない奴が何を勝手に言ってるんだというような沈黙が続く。
「いやいや、今までのはブランクがあったからで! ウォーミングアップ! 今から本気出すから! ……だから、あいつらから憧人くんを守ってみせるよ」
「っ…………」
返事はない。だけど、ゲーム画面上ではアイコンが動きまくる。
程なくして、俺と憧人くん対CPU二体(超最強)の試合が始まった。
発売当初、メーカーはトチ狂ったのかと言われるほど、CPUの超最強レベルは強い。当時プロゲーマーという存在はいなかったが、このゲームの全国大会に出場するような有名プレイヤーですらなかなか勝てないらしい。
向こうはコンピュータで、俺たちは人間だ。どうしても処理能力の限界に差がある。っていうか、俺たちの入力が届いた瞬間動いているような動きを見せるのだ。公式チートである。
しかし、俺たちはそんな化け物相手に善戦を繰り広げていた。残機は全員一つずつで、体力も誰がいつ飛んでもおかしくない状況だ。
止めを刺したいが近づけない。そんな状況が続いていた矢先、CPUたちが動いた。まるで人間が操作しているかのように、二体が協力して憧人くんの操作するキャラを囲むように襲う。
「っ!」
どれだけ凄腕のプレイヤーでも、チート級のCPU二体を同時に相手することはできない。このままでは憧人くんのキャラは飛ばされてしまう。
「させるか!」
だがそこには隙があった。奴らが憧人くんを一斉に狙ったのを逆に好機と捉えた俺は、片方のCPUを吹っ飛ばす。
「っ……!」
残り一体になったCPUの攻撃を避けた憧人くんは、巧みなコンボ技を炸裂させた。そして、俺たちは見事勝利を収めた。
「うおぉ……数年プレイしてきて、初めて2対2で超最強相手に勝てた。やったな憧人……くん……?」
勝利の喜びを分かち合おうと隣を見ると、憧人くんはさっきまでテレビ画面に釘付けだったその視線を下げ、コントローラーを握ったまま俯いている。
どうしたの、と声をかけようとしたその瞬間、彼はバッと顔を上げ、長い前髪の間から見えるキラキラとした瞳が初めて俺を捉えた。そして、
「……現実、の、ボクも……助けて、ください……っ!」
久しぶりに声を出したのだろう。声を出しにくそうだったが、彼ははっきりと想いを口にしてくれた。だから、俺はその想いに応えるように、コントローラーごと彼の手を握った。
「大丈夫だ。お前には味方がいる」
そんな言葉をかけてやると、俺の手に暖かい水が垂れてきた。ぽつぽつと。その勢いは次第に強くなっていく。呻き声のようなものも聞こえてきた。
結局、俺があの時助けられたのは、母さんの存在だったように思える。突然、自分の死を感じて動転していた俺を母さんが現れた時、俺は心底安心した。俺の体を強く抱きしめてくれた時、心が温かくなった。
俺には味方がいる。あの時、そう強く思えた。その事実を教えてくれることが、いちばんの救いだったんだ。
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