第23話 エンジェル
女先輩らに完全に狙われている隣のテーブルの男子を救うため、俺は戦いに挑む。
「女じゃダメですか? 接待してみせますよ、先輩!」
「あー? いいよ、有紀くんにやってもらうから」
「まあまあ。物は試しってやつで、どうですか?」
「いいじゃん、やってもらおうよ! せっかくの可愛い後輩の厚意なんだし」
「私は有紀くんがいればそれでいいけどそこまで言うならやってみせてよ」
「……まあ、いいよ。で、どんなことしてくれるの?」
なんとか同意を得ることができた。
俺は有紀を一瞥し、アイコンタクトを取る。目が合った瞬間、彼は一瞬体をビクつかせた。俺が敵か味方かの判断がまだできていないってことか。
それならば、信頼を勝ち取るしかない。接待の勝手は知らないが、俺なりのホスピタリティを見せてやる。
「先輩、素敵なイヤリングをされてますね」
「……これ? あぁ、まあ結構高かったしね」
「先輩にとてもお似合いです。高価なものが似合うって、先輩に気品があるからですよね」
「……そう?」
「えぇ。服装もそのイヤリングが映えるような組み合わせで、先輩のセンスの良さが窺えます。ところで、緑色が好きなんですか?」
「う、うん。誕生石がエメラルドなのを知ってからさ、緑系の物に目が引かれて……おかしいかな?」
「おかしくなんかありませんよ。むしろ、そういったスピリチュアルに惹かれる側面があるの……可愛らしいなって思います」
「かわっ!? ……ふ、ふーん。そうなんだ」
「先輩、せっかく食事が届いたんですから何か食べませんか? 僕が取りますよ」
「えー、じゃあフライドポテトもらおうかな!」
「わかりました。……はい、あーん」
「えっ……そ、その、それは恥ずかしいというか? 女子同士でも……ちょっと君はかっこいいから……意識するというか……」
「先輩、僕のポテト食べてくれないんですか?」
「えっと……」
「残念だなぁ……じゃあこれ、僕がいただいちゃいますね。……美味しい。先輩、本当にいらないんですか? 全部僕が食べちゃいますよ?」
「……ちょうだい」
「何ですか? ちゃんと言ってくれないと、僕、わかりませんよ?」
「わ、私にもポテトちょうだい!」
「ごめんなさい、意地悪しました。はい、ポテトです」
「えっ……お皿? さっきはあーんして……」
「だって先輩嫌そうでしたし……ポテトちょうだいとしか言われなかったので」
「いじわる……私に、ポテト、あーんして! お願い!」
「初めからそう言ってくださいよ……可愛いなぁ先輩」
「あっ……」
「先輩って髪伸ばしてるんですか?」
「別に伸ばそうと思って伸ばしてるわけじゃない切りに行くのが面倒なだけ」
「そうなんですか? ちらっと見えましたけど、綺麗な目だなと思いまして」
「嘘つかないで私の目なんて綺麗じゃない昔から目つきが悪いなんて言われてきたんだから」
「それは先輩の目の綺麗さに嫉妬した人たちが言っただけですよ。少なくとも、僕は先輩の目、綺麗だと思いますよ。ちょっと髪をよけて、見せてくれませんか?」
「絶対に嫌だどうしてあなたに見せないといけないのどうせ馬鹿にされるだけだし」
「馬鹿になんてしませんよ。僕に先輩の目、見せてください」
「……はい。これでいい? どうせガッカリしたでしょ綺麗に見えたなんて気のせいだって」
「いえ、綺麗ですよ、やっぱり。僕は先輩の少し鋭いけど優しさが篭った目、好きですよ」
「……
「ん?」
「
「はい、わかりました。
「ねえ君の名前も教えてよ私に女の子の良さも教えてよ今すぐ教えてくれるかな焦らされるのも好きだけどやっぱり私的には今すぐ知りたいな」
なんとか先輩方の懐柔に成功した気がする。
しかし……恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!!
なんとかそれっぽい人になり切ることで精神を保ってきたが、一瞬我に帰ると羞恥心がやばい。
だが、今がチャンスだ。有紀の方をチラッと見ると、今度は俺の目をしっかりと見てくれている。信頼してくれているようだ。アイコンタクトで、俺が元々いたテーブルに行くよう指示すると、彼は軽く頷いて移動し始めた。
俺は彼の動きがバレないよう、先輩方の相手をしばらく続けた。先輩方全員にあーんを要求されたのは参った。迂闊にしてはいけないことを学んだ。そしてポテトサラダは余った。なぜ頼んだ。
有紀が移動してからしばらく経った……そろそろいいだろうと判断し、「すみません、お手洗い行ってきます」と言って俺もその場を離脱した。
運よく、この店のトイレは男女共用だったため、迷いなく中に入った。別に用を足しにきたわけじゃない。乱れまくってる俺の心を宥めにきたのだ。
なんとか身体への接触は避けることができた。俺の体のことはまだよく分かっていない。女装してるからといって余裕は持てない。
あまり長居していると他の人の迷惑だと思い、だいぶ心が落ち着いてきたところでトイレを出た。座敷のところへ戻ろうと足を進める、しかし行く道を阻む者がいた。有紀に絡んでいた先輩方だ。
「ねえ。気づいたら有紀くん、隣の席に取られてたんだけど、どういうこと?」
「もしかして有紀くんに恩を売ったのかな? 君ってそういうことする人だったのかな? 隣のテーブルの子らに聞いたけど、男が好きなんだって? 可愛いって言ってくれたのは嘘だったのかな?」
「弄ばれた弄ばれた弄ばれた弄ばれた許さないでも好き許さない許さないでも好き責任とって責任とって責任とって」
お三方は俺の作戦に気付いたらしく、どういうことかと問い詰めてくる。やはりゆかり先輩からは狂気を感じる。
しまった。トイレに行ったふりをして、そのまま帰ればよかった。
「えっと……」
「ねえ、ちゃんと答えなさいよ。ほら、答えろよ!」
「っ!」
先輩の一人に腕を掴まれる。瞬間、全身に力が入るのを感じ、ガチガチに固まってしまう。腕を払うことも、声を出すこともできなくなる。
どうしてだ……? 今は女装しているはずなのに……
「っ……ぁ……っと」
「何? はっきり言いなさいよ!」
「ち、ちょっと、様子おかしいって。一旦落ち着こ?」
「メチャクチャにしたいでも傷つけたくない許せないけど許してあげたいよく分からない一度考える時間が欲しい」
「はあ? なんであんたたちが止めんのよ! おい、さっきまでの態度はどこいったんだよ! 早く答えろよ!」
俺の様変に気付いた二人が止めてくれようとするが、俺の腕を掴んだままの先輩はその詰問を止めない。しかし、俺は答えることができない。
どうすれば……そう思ったその時、五人目の声が聞こえてきた。
「先輩、何やってるんすか」
声の主を辿ると、そこにはド派手な金髪を靡かせる少女がいた。
「チッ……あんたには関係ないよ。席に戻りな」
「いやいや、関係ありますよ。神田……遥はあたしのツレなんで」
「ツレぇ? 友人だからって関係ねえんだよ。今は私たちと大事な話してるんだ。だから——」
「友人じゃありません。あたしの恋人です」
「……あ?」
「うそ……」
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘」
目を丸くして驚く先輩方。当然、俺も身に覚えのない事実に驚くが、それも一瞬で、これが天使の
「……嘘ついてんじゃねえよ。私は聞いたぞ。こいつの恋愛対象は男だってな」
「それはあたしが言わせているんすよ。遥、その容姿だから女にモテてモテて。だから男が好きってことにしないとキリがないんすよー。先輩方は、理解して頂けますよね?」
天使の言葉に、代表と京杞先輩は頷く。
「遥は男に興味はないんで、遥に男を盗られたとかそんなの勘違いっすよ。つーわけなんで、あたしのかれぴ返してもらっていいすか?」
「チッ、話聞いてたんじゃねえか……あー白けた。戻ろうぜ。有紀くん取り戻さなきゃ」
「う、うん。……ごめんね、神田くん。でも君も悪いよ? あんなことして……もうあんなことしたら、ダメなんだからね」
「彼女は女が好きでも恋人が既にいるだけど女が恋愛対象なら私もまだ可能性はあるぐふふふふふふ」
天使の説得により俺を解放してくれた先輩方は、座敷の方へ戻っていった。全身から力が抜けていくのを感じ、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまう。
「だ、大丈夫!? ごめんね、すぐに気づけなくて」
「いや、助かったよ。ありがとう、天使。
「っ……バカ! そういうことばっか言うから、ああやって先輩に絡まれるんでしょ! ……まあ、あの男の子を助けてたのは見てたんだけどね」
「……うわ、恥ずい。だったら僕のあの接待の様子も……」
「もうばっちしよ。見てるこっちが恥ずかしくなるっつの。……でも、かっこよかったよ」
「最後にこんな情けない姿を晒してるのに?」
「そんなことないよ。かっこよかったよ、神田は」
天使は真っ直ぐな目で俺を見据えて、そう言ってくるため、俺は顔が熱くなるのを感じる。だから変に誤魔化そうとしてしまう。
「なんだ、もう遥って呼んでくれないの?」
「なにー? 呼んでほしいのー? もう仕方ないな遥はー」
「エンジェルまじ最高」
「エンジェル言うな。……あんたもあたしのこと、
「うーい」
「うっざー。……ふふっ」
さっきまでの緊迫した空気は何処へやら。天使……羽衣と微笑み合い、俺は調子を取り戻してきた体で立ち上がる。
すると、一人の店員さんがパタパタとこちらにやって来た。ポテト盛り盛りセットを持って来てくれた人だ。
「だ、大丈夫ですか? 先ほど怒鳴るような声が聞こえて来ましたが……」
「あぁいえ、大丈夫です。すみません。ご迷惑おかけしました」
「いえいえ、こちらは大丈夫ですので! ……大丈夫そうでよかったぁ」
店員さんはほっと胸を撫で下ろす。俺は店としては迷惑な客なのに、優しい方だ。
「こんな状態にして座敷に戻るのも悪いし、僕はもう帰るよ。先輩方に伝えといて」
「え、うん。送ったげようか?」
「いやいいよ。そこまで迷惑かけられない」
「……そっか。うん、後のことは任せて。あの男の子のこともね。……ねえ、連絡先交換しない?」
羽衣はそう言って、スマフォを取り出し、上目遣いで俺を見つめてくる。羽衣には恩があるし、それにそんな目をされて断ることなんてできない。「もちろん」と返して、俺もスマフォを取り出し、互いの連絡先を交換する。
「……ぁぅ」
そんな俺たちのやり取りを、店員さんは悲しげな声を漏らしながら見ていた。
そして俺は気付いてしまった。スマフォに大量の通知が届いていることに。
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