7.私がお前を囲ってやろう……、ん?

「お、お前、ひ弱な村人になんてことをするんだ!!」


 村比斗むらひとの頭を手に持った石で殴りつけたラスティール。ぼうっと村比斗を見つめてから言った。



「ああ、すまない。何か『見えざる力』によって手が動いたらしい。まあ、貴様などこのまま成仏させてやっても良かったかもしれんがな」


「ぬぬぬっ……」


 冷たい表情で返すラスティール。それを睨む村比斗。ミーアがふたりの間に入って言った。



「は~い、おケンカはおしまいね! 仲良く、仲良くっ!!」


 ミーアはふたりの手を取って笑顔で言う。


(ちっ)


 そう思いながらも村比斗は心のどこかでミーアに感謝していた。




「で、お前達レベルアップしたってことは強くなったのか?」


 村比斗がふたりの勇者に向かって言った。ラスティールが答える。



「ああ、多分。試していないが、それは間違いないだろう」


「多分? 大丈夫なのか?」


 ラスティールが双剣に手をかけて言う。



「じゃあお前の首を出せ。軽いひと振りでその首が落とせるかやってみよう」


「ラスティちゃん!!」


 ミーアが少し怒った顔で言う。



「悪い悪い。冗談だ、気にしないでくれ」


(こいつが言うと冗談に聞こえないぞ、まったく……)



 村比斗がそう思っているとミーアが言った。


「あ、そうか!! だから私の魔法の火力が上がっていたんだね!!」


 村比斗はミーアが川岸を吹き飛ばしたことや、魚を丸焦げにしたことを思い出す。



「なるほど。レベルアップは間違いなさそうだな」


「ああ。間違いないだろう」


 ラスティールが言う。村比斗がふたりに向かって言った。



「つまりまとめると、村人である俺を助けると勇者がレベルアップする。そしてその副反応で勇者の体に何らかの変化が起き、俺はなぜか激痛を受ける。これでいいか?」


「ああ、そんなところだな」


 ラスティールの言葉に村比斗が腕を組んで答える。



「なあ、俺にとって何ひとついいことないような気がするんだが……、痛いだけじゃん、俺……」


「まあ、確かにそうかもしれん」


 ラスティールは敢えて触れなかった点についてさらっと答えた。話を変えようとラスティールが言う。



「とりあえずうちの屋敷に来ないか? お前が村人ならば保護しなければならないし、異世界から来たと言う話も本当ならば興味がある」


 宿なしの村比斗には有り難い話である。



「ミーアも行っていいのぉ?」


 不安そうに尋ねるミーアにラスティールが笑顔で言う。


「無論だ。お前には命を救われた。私の恩人である」


「やたー!!」


 両手を上げて喜ぶミーア。それを見て頷きながら村比斗が尋ねる。



「分かった。世話になってやる。で、お前の屋敷って遠いのか?」


「知らぬ」


「は?」


 ミーアと村比斗が顔を合わせる。



「供がすべてやられてしまってな。どこに屋敷があるのか全く分からんのだ」


 村比斗は正直、このままついて行っていいのか少し悩んだ。






(『村人』か……、信じられぬことだが認めざるを得ないな……)


 自分の屋敷を探して森を歩いていたラスティールが思った。

 貴族学校の勇者学で学んだ『貢献ポイント』。今のこの時代には得ることがほとんどできない貴重なポイントだが、村比斗と出会い助けることによっていとも簡単に手に入ってしまった。

『高揚』と言う副作用があることについてはよく覚えていない。



(『高揚』……)


 ラスティールは先にレベルアップした際に得たな高揚感を思い出す。


(い、いかん!! 何を考えているんだ、私は。べ、べつにまたあれを経験したいなんてことは、少しも、す、少しも……、いや、そんなことはないはず!!)


 ラスティールは歩きながら頬を赤くし、そして体が火照るのを感じながら歩く。



(何を考えているんだ、私は!! あんなのもう欲しいとは思わな……)


「おい、ラスティール」



「ひゃふっ!?」


「『ひゃふ』? どうしたんだ、一体?」


 村比斗に突然名を呼ばれたラスティールが変な声を上げる。



「な、何でもない。ちょっと難しい考え事をしていたんだ」


 こんな淫乱な妄想を悟られたら、それこそ自害もの。ラスティールは平然を装う。



「こっちで合ってんだろうな、道」


 村比斗が先程から変わらぬ森の道を指差して言う。


「あ、ああ。多分大丈夫だ……」


「しっかり頼むぞ」


「ああ……」


 そう言って三人は再び歩き出す。ラスティールが思う。



(落ち着け、ラスティール。お前は名門ホワイト家の令嬢。如何なることがあっても取り乱してはならぬ)


 ラスティールは歩きながら何度も深呼吸をする。



(さて、この村比斗だが、このまま私を中心にレベルを上げさせれば、私だけ強くなれることも可能だな)


 ラスティールは前を歩く村比斗の背中を見ながら考える。



(そうして、もし魔王の一体でも討伐できれば、念願の『六騎士復帰』も夢ではなくなるはず。ホワイト家、名門ホワイトの復活も叶うのではないか!?)


 ラスティールをまた別の高揚感が包む。



(勇者学では確か、勇者が多いほど『貢献ポイント』が分散されひとりひとりが得る値が減少する。つまり少数で村人を守れば効率よくレベルアップできる訳だ。村比斗やつもレベルアップさせる度に激痛を伴うのならば大多数より誰かに絞っいった方がいいはず)


 ラスティールの顔に不気味な笑みが浮かぶ。



(よしこれで行こう。奴が村人であることは伏せ、私を中心にミーアと共にレベルアップさせる。これで私のかねてからの宿願も達成される!!!)



「くくくくっ……」


「……」


 村比斗は先程からずっと背中に感じる異様な視線、そして不気味な笑い声に、何か上手く言い表せない気持ち悪さを感じていた。



「なあ、村比斗」


(ひっ!?)


 村比斗はついに掛けられたラスティールの声に驚いて恐る恐る振り返る。



(笑顔……?)


 そこにはにっこり笑うラスティール。しかしすぐに村比斗は感じた。



(何か考えてやがる。絶対に何かよからぬことを……)


 村比斗が変事をする。



「呼んだか?」


「ああ、ちょっと提案なんだが……」


 立ち止まったミーアと村比斗がラスティールの話を聞く。



「どうだろう、お前が村人だと言うのはしばらく黙っておいた方がいいと思ってな」


 村比斗が尋ねる。


「なぜだ?」


「それはな、まずお前が村人であったとしても無限に存在する勇者たち全員をレベルアップさせることは不可能だ。数が多ければそれだけ貢献ポイントが下がるし、それにお前、その激痛を毎日楽しみたいのか?」


「うーん、それは遠慮願いたい」


 村比斗は納得して答える。



「だろ? ならば私達も秘密にしてやるから、私とミーア、このふたりを中心にレベルアップさせてくれないか? 勇者は絞った方が効率がいい」


「なるほど」


 村比斗は腕を組んで頷く。ミーアが言う。



「そうだね~、『村人が現れた!』なんて言ったらみんな群がるだろうし、悪いやつに捕らえられて拷問受けて、ずっと激痛に苦しみながらレベルアップをさせられるかもしれないね!!」


「……」


 さらっと恐ろしいことを言うミーア。村比斗は考える。


(確かに彼女の言うことも一理ある。俺の身分をばらしたら、この見知らぬ世界でどんな危険が迫るか想像もできん。あの痛いのを毎日なんて冗談じゃないし、美人のラスティールと一緒に暮らすのも悪くはない、性格は悪いが……)


 ラスティールが言う。


「うちの屋敷でしっかりとお前を保護しよう。将来的にどうするかは未定だが、しばらくの間は様子見を兼ねて滞在するのも良かろう」


 ラスティールは頷きながら話を聞く村比斗を見て思う。


(ふふっ、良い方向に話が進んでいるな。このままこの私が奴を囲って……、ん? 囲う!?)


 ラスティールの顔が赤くなる。



(こ、この私が、名門ホワイト家の令嬢であるこの私が、お、男を囲う、だと!?)


 ラスティールは自分で考えた策に自分で驚く。


(な、なんて、破廉恥なこと。し、しかし、私が強くなる為には、や、奴を囲わなければ……、うぐっ、くっ、背に腹は代えられん……)



「わ、私がお前を囲ってやろう……」


 その言葉に驚く村比斗。そして言う。



「囲う? 違うだろう。お前が『俺の女になる』って意味だろ?」



「おれの……、おんなぁ……」


 そう言われたラスティールが白目をむいてゆらゆらと揺れ出す。



「ラ、ラスティちゃん!?」



「ぐふぃあっ!!! お、おのれ、この腐れ外道がああああ!!!!」


「ひいいい!!!」


 ラスティールは怒りの形相で腰につけた双剣を抜くと、躊躇なく村比斗に斬りかかった。



 ブン!!!


「ひゃっ!! や、やめろ、バカ!!!」


 逃げる村比斗。

 ラスティールは剣を振り回しながら村比斗を追いかけた。

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