第23話 二人で寝た日
「暗き森の狩人よ来たれ! 悪魔の宿りし魔弾の射手よ! 七つの弾丸を持って我が敵を射殺し給え! アルティマシュート!」
必殺技の詠唱と共に、真昼はバッ! っと顔の前に構えていた左手を大きく振り、右手に持っていた火縄銃を前に突き出す。
アニメならここで背後に魔弾の射手が現れて必殺必中の魔弾で敵を殲滅する所だ。
「うひょおおお! かっけぇええええ!」
斜め前に立つ夜一は大興奮で、カシャカシャと携帯で撮影しながら真昼の周りをくるくる回り、立ったりしゃがんだりしながら全方向から撮りまくっている。
最初は真昼も照れていて、普通の立ち姿やちょっとしたポージングを取るだけだったのだが、夜一のリクエストに応える内にレイヤー魂に火がついてしまい、気付けばノリノリで撮影会を行っていた。
夜一はヒーローショーに来た子供みたいにはしゃいでくれるので、真昼としてもいい気分である。
あわよくば、このままコスプレ沼にハマって貰おうという思惑もある。
コスプレが無理ならカメコでもいい。
イケてる彼氏が専属カメラマンなんて夢みたいだ。
周りの子はみんな羨ましがるだろう。
別に自慢したいわけではないが、いい気分なのは間違いない。
ていうか、絶対楽しい。
二人でコスイべに行けばデートにもなるし、彼氏がカメラマンなら撮影の相談もしやすい。
でも、贅沢を言うなら一緒にコスプレをして欲しい。
衣装は全部用意するし、なんなら真昼がカメコになっても良い。
撮った画像の編集だってする。
夜一なら、コスプレ系SNSの大手コスネットの人気ランキングでも上位を狙える。
大手コスプレ雑誌コスムードにも載るかもしれない。
今だって、大興奮の夜一にパシャパシャ撮られていると、真昼は嬉しくて顔がニヤけてしまいそうになる。
知らない人に撮られたり褒められるのとは全然違う、もっと濃厚でガツンと来る幸福感だ。
自己肯定感が上がるというか、生きててよかったという感じがする。
この日の為にコスプレをしてきたと言っても過言ではない。
……でも、流石にそろそろ片手で火縄銃を構えるのは辛くなってきた。
オークションで買った模造銃だが、二キロぐらいある。
長いし、女の子の細腕で一本で長時間支えるのはキツイ。
段々右手がプルプルしてきた。
「も、もういいかな?」
「ごめん! 重かったよな!? つい夢中になっちゃって!」
ハッとして、夜一が火縄銃を支えた。
そこまでしなくてもいいのだが、そういう所が嬉しいし可愛い。
チラリと時計を見る。
四時を過ぎていてビックリした。
さっき始めたばかりだと思っていたのに、二時間以上経っている。
コスプレをしているとよくある事ではあるのだが。
神様は意地悪だ。
どうして楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのだろう。
多分、そーたいせー理論という奴に違いない。
そろそろ疲れてきたが、真昼はもっと夜一と撮影会をしていたかった。
夜一に夢中になって撮って貰いたいし、夢中になって撮っている夜一を見ていたい。
生憎、夜一は真昼が時計を見た事に気付いてしまったようだが。
「うぉ!? もうこんな時間かよ!? ごめん真昼!? 眠いのに疲れたよな!?」
「ううん、平気。あたしも楽しいし、眠いのなんか吹っ飛んじゃったよ」
でも、一度落ち着いたら急に眠くなって欠伸が込み上げた。
慌てて噛み殺すが、夜一にはバレてしまった。
「また嘘ついて! 欠伸してるだろ!」
「嘘じゃないもん、急に来たんだもん……」
すっかり嘘つきキャラになってしまい、真昼はしゅんとした。
「ごめんごめん。そういうのあるよな。そんじゃ、そろそろ帰るか?」
「やだ! もうちょっと居たい!」
ビックリして、真昼は夜一のシャツを掴んだ。
だってまだ四時だ。
あと一時間か二時間くらいは居られるはずだ。
それに真昼はバイバイする覚悟が出来ていない。
急に帰られたら寂しすぎる。
でも、わがままを言ったらウザがられるかもしれない。
「……夜一君がよかったらだけど……」
「俺はいいに決まってるだろ? 真昼が平気なら、明日までだって居たいくらいだ」
「本当!?」
「……いや、流石に泊りは無理だけど」
「そ、そうだよね……。アハハハハ……」
よく考えなくても、真昼の両親もお泊りはNGだろう。
でも、父親が帰って来るのは結構遅いし、母親もカラオケに行ったら遅くなる事が多い。
上手くいけば、七時ぐらいまではイケるかもしれない。
「とりあえず着替えるね?」
「おう。外で待ってるから」
夜一との時間を一秒だって無駄にしたくない。
そう思って、真昼は超特急で着替えた。
ウィッグを脱ぎ去り、ネットでぺちゃんこになった髪の毛を整えて、コスプレ用のこってりメイクを必死に落とし、キツキツの衣装を脱いでホッと一息付きたい所を堪えて部屋着に着替える。
コスプレの撮影は地味に疲れる。
色々無理なポーズを取ったから、ちょっと汗もかいていた。
シャワーを浴びたい気持ちもあるが、二人っきりの状況でシャワーを浴びたら変な意味に取られるかもしれない。
そんな事より夜一と一緒にいたい。
「も~い~よ~」
十分程でミミさんから真昼に戻ると、夜一を呼ぶ。
入ってきた夜一は、真昼の顔をじっと見つめて黙ってしまった。
「……ミミさんのままの方がよかった?」
そりゃそうだと思いつつ、真昼はちょっと悲しくなった。
誰だってコスプレモードの方が可愛いに決まっている。
ビフォーアフターを比べられたら勝ち目なんかない。
どっちも自分なのだが、なんだか知らない女の子に色目を使われた気分だ。
「違うって。コスプレは勿論可愛いけど、やっぱり元の真昼が一番だなと思って」
ナチュラルにそんな事を言われて、真昼は完全に参ってしまった。
レイヤーにとっては酷い侮辱だ。
でも、彼女からしたら最高の誉め言葉だ。
気付けば真昼はくたくたで、頭も全然回らなかった。
「しゅきぃ……」
そんな言葉しか出てこない。
「俺も好きだよ」
そう言って、夜一が隣に腰かける。
「で? どうする?」
「わかんない。疲れちゃったし、適当にだらだらしよ。ふぁ~」
いよいよ真昼はお眠で、起きてるだけで精一杯だった。
「そうだな。俺も疲れた。ふぁ~」
二人で欠伸をして、ぼんやりしながら撮影会の感想を話し合った。
津波のように眠気が襲ってきて、真昼はかくんかくんと船を漕いだ。
「眠かったら寝ていいんだぞ?」
「……やら。よいひくんとおひゃべりひたい……」
夜一の肩にもたれながら、回らなくなった舌で言う。
ほっぺを抓ったり太ももを叩いて頑張って耐えるが、程なくして真昼は夜一の膝を枕にして眠ってしまった。
「……ありがとな真昼。超楽しかったぜ」
呟いて、夜一は真昼の頭を撫でた。
「……あたひも~」
幸せそうな顔で真昼が寝言を言う。
程なくして夜一も眠りに落ちた。
†
一時間後、帰宅した母親がやってきて二人を見つけた。
「あらあら、仲良しさんねぇ」
夏休みの小学生みたいに床に転がって眠る二人にブランケットをかけると、一時間後に声をかけ、真昼と一緒に車で夜一を家まで送った。
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