第21話 お母さんごめんなさい

「してないよ!? するわけないじゃんそんな事!? あ、あれはその、あ、あたしじゃなくてお母さんの!?」


 押し入れから溢れた衣装や小道具を指さして真昼は叫んだ。


 お母さんごめん!


 心の中で謝りつつ、真昼は迂闊な発言を後悔した。


 だってコスプレだ。


 アニメや漫画のキャラの恰好をしてイベントに行ってビシッとポージングしながら長物を構えて自分にウットリしながら写真を撮って貰うのだ。


 どう考えても痛いしヤバい奴だろう。


 いや、真昼はコスプレは立派な趣味だと思っている。


 そもそも自分がドハマりしているし、高校でギャルデビューしたのもコスプレの延長みたいなものだ。


 でも、世間の目は違う。


 普通の人は変だと思うだろう。


 だから真昼は学校では絶対秘密にしているのだ。


 漫画やフィギュアがセーフだからと言って軽はずみに言うのではなかった。


 こうなったら、母親に汚名を着せてでも誤魔化さないと!


 その分お手伝いでも肩もみでもなんでもするから、今だけは許してお母さん!?


 なんて思っていると。


「誤魔化す事ないだろ! コスプレが趣味の彼女とか最高だ! なんのコスプレしてんだよ!」


 夜一が今までにないハイテンションで詰め寄ってきた。


 嫌がっている様子は全くない。


 むしろ、ちょっと引くくらいウェルカムな雰囲気だ。


「えっと、ドグマギのミミさんとか、ハムハムとか……」


 ホッとしながら真昼は言った。


 ミミさんのフィギュアを買ったのは好きだからという理由の他にも、衣装を作る為の資料用でもあった。


「マジで!? 超見たいんだが!?」

「うっ……。が、画像でよければ……」


 夜一がコスプレに理解があるのは嬉しい。


 でも、コスした姿を見せるのは恥ずかしい。


 イベントの時は知らない人に見られたり写真を撮られるし、レイヤー向けのSNSに画像をあげてイイネや人気ランキングに一喜一憂しているのだが、彼氏に見せるとなると急に恥ずかしくなるから不思議だ。


 知っている人だから逆にという事もあるのだろう。


「え~! 折角だから生がいい! 真昼のミミさんとか絶対可愛いだろ!? でも、メガネに黒髪のハムハムも捨てがたいな……。けど、ハムハムは貧乳だろ? こういっちゃなんだが、真昼に出来るのか?」


 夜一は夜一でオタクスイッチが入ったらしい。


 真面目な顔でまじまじと真昼の大きな胸を凝視する。


「ふぁっ!?」


 恥ずかしくなり、真昼は胸を隠した。


「ご、ごめん!? 今のはそんなつもりじゃなくて!? 純粋に気になったというか……。ごめん……。デリカシーなかったよな……」


 正気に戻ったのか、夜一は情けない顔でしゅんとした。


「き、気にしないで! ちょっとビックリしただけだから! ハムハムやってた頃はそんなに大きくなかったし、コスプレ用のさらしで無理やりおさえつけてたの!」


 ぱっと見は少しチャラい感じなのに、夜一は真面目で気にしぃな所がある。


 しつこいくらい大丈夫だと伝えてあげないと気にしてしまうだろう。


「コスプレって聞いてテンション上がっちゃって……。だって彼女がコスプレしてるんだぜ? 最高だろ!」

「そ、それはよくわかんないけど……」


 夜一的には興奮ポイントらしい。


 でも、もし夜一がコスプレをしていたら、真昼も同じくらいテンションが上がるかもしれない。


 というか、めっちゃして欲しい。


 二人でイベントに行けたら絶対に楽しい。


 コスプレ界では夜一みたいなタイプの男の子は貴重なのだ。


 もし一緒にコスプレをしてくれるなら、衣装だって喜んで作る。


 そんな事、恥ずかしくて言えないが。


 見るのとやるのでは話が違うし、夜一だって嫌だろう。


 ……でも、してくれいないかなぁ。


 夜一にして貰いたいキャラが次から次へと頭に浮かぶ。


 想像するだけで、真昼の中のレイヤー魂が燃え上がった。


「で、どっちを見せてくれるんだ?」


 気を取り直して夜一が言ってくる。


 よっぽど真昼の生コスを見たいらしい。


 ……そりゃ、頑張って作った衣装だし、好きな趣味だ。


 ……恥ずかしい気持ちはあるけれど、大好きな彼氏にどうしてもと言われたらやぶさかではない。


 ……それに、上手くいけば夜一をこちら側に引き込めるかもしれない。


「そ、それじゃあミミさんで。ハムハムの衣装は昔に作ったのだし、その頃は髪の毛黒かったから地毛でやっててウィッグもないし……」


 今思うと黒歴史物のクオリティーだ。


 中学生の頃にやったので仕方ないが。


 若気の至りという奴である。


「はぁ!? 真昼、自分で衣装作ってんのか!?」


 大袈裟に驚かれ、真昼はビクッとした。


 衣装の自作くらい、レイヤーならみんなやっている。


「そんな大層な物じゃないけど……。普通に買うと高いから……。先に言うけど、全然凄くないからね!? 似たような古着を改造したりとか、とりあえずそれっぽく見えるってだけで、裏側はめちゃくちゃだし! ホチキスとかボンドでくっつけたりしてるし……」

「いやそれでもすごいって! てか、あそこに見える魔法の杖みたいなのも自分で作ったのか!? すげぇ~! 尊敬するぜ!」


 雪崩から突き出した小道具を眺めて夜一が言う。


 とあるファンタジーゲームの魔法使いのコスプレをした時に作った長物だ。先の曲がった木の杖は、塩ビパイプの芯に新聞紙を巻き付けただけだ。塗装でそれっぽく誤魔化しているが、近くで見ればかなりちゃちい。


 衣装はそれなりだが、工作は苦手な真昼だった。


 失敗作のような品を褒められるのは恥ずかしい。


「あんなの全然凄くないし!? 他の人はもっとすごいから!?」

「いやでも俺あんなの作れないし。やっぱ凄いって!」

「うぅ……わかったからそんなに褒めないで!? それより、コスプレ見たいんでしょ? 先に片付けたいから、ちょっと待ってて」


 これ以上褒められたら、恥ずかしくて溶けてしまう。


「俺も手伝うよ!」

「い、いいよ! 恥ずかしいし……」

「恥ずかしい事なんかないって! どんな衣装があるのか気になるし! っと、その前に落ちた画鋲探さないとな! すぐ見つけるから動くなよ!」


 言うが早いか、夜一は床に這いつくばり、必死になって画鋲を探し出した。

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