第18話 男の子の夢

「……え、えっと、その、これは、違うくて……」

「まぁ、俺は700だけどな?」


 嬉しくて、夜一はついつい張り合うような事を言ってしまった。


 夜一は大のゲーマーで、その中でもモンスレはかなり好きなゲームだった。


 オタクと言っても相手はこんなに可愛いイケてるギャルだ。


 限定版のゲーム機を見た時はもしや!? と思ったが、親父さんのお下がりだと言っていた。


 好きだと言っても所詮はライト層、本編だってまだクリアしていないのだろうとたかをくくっていた。


 とんでもない。


 スレイヤーランク600オーバーだ。


 本編なんかとっくりクリア済み。


 というか、もうほとんどのコンテンツをクリア済みだろう。


 そんなガチプレイヤーが彼女だなんて、ゲーマーのオタク男子からしたら夢みたいだ。


 それこそ伝説の、オタクに優しいギャルという奴だろう。


 真昼のキャラのプロフィールを確認して、夜一はさらに心が躍った。


「メイン武器が銃槍と大槌とか渋すぎるだろ!」

「え、なんで!? あ、プロフィール!? やだ!? 見ないで!?」

「恥ずかしがる事ないだろ! むしろ格好いいって!」

「ほ、本当? ゲーマーだって引かない?」

「引くかよ! てか、俺の方がランク高いし。それで真昼は引いたのかよ?」

「……ううん。安心した。あと、嬉しいし、ちょっと悔しい……」


 照れつつも、ちょっと拗ねた感じで下唇を突き出す様が可愛すぎる。


「まぁ、ランクはモンスター狩ってれば勝手に上がるし、ゲームの腕とは関係ないけどな」

「とか言って夜一君、全武器まんべんなく使ってるじゃん! こんなの絶対上手いでしょ!」

「飽きっぽいだけだって。てかそのキャラ、真昼そっくりだな。キャラクリ上手すぎだろ」

「そ、そんな事ないよ。こっちの方が可愛いし……」

「はぁ? 真昼の方が可愛いに決まってるだろ」


 所詮は作り物のCGだ。


 よく出来ているが、目の前の真昼と比べたら天と地程の差がある。


「そ、そんなわけないでしょ!? 相手はCGなんだよ!?」

「どっちが可愛いか魔法の鏡に聞いてみるか?」


 大真面目に言うと、真昼は真っ赤になって俯いた。


「もう……褒めすぎ! エアコン下げていい?」

「もちろん」


 真昼がパタパタと服の胸元を掴んで仰ぐので、夜一はドキッとして目をそらした。


 お家デートなので、真昼はお洒落なTシャツにハーフパンツというラフな格好だ。


 学校の体操服と大差ない格好なのに、ものすごく露出度が高いように思えてしまう。


 真昼なら、体操服だって可愛いのだろうが。


 それからは二人でモンスレをやりまくった。


「ナイス気絶! てか真昼、頭に張り付くの上手すぎだろ!?」

「と、得意武器だから……。夜一君こそDPS高すぎだよ! さっきから討伐タイム更新しまくりなんだけど!」


 真昼の大槌に期待して、夜一はDPS最強と言われる魔弓を担いでいた。


 それで様々なテクニックを駆使して、途切れる事なくモンスターの弱点部位に矢を浴びせている。


「真昼が気絶させてくれるからだ。こんなタイム、俺だって出した事ないよ」

「ぁ、ぅ……。モンスレ上手すぎて引いてない?」

「はぁ? なんで引くんだよ。むしろ尊敬だって! 俺もそこそこ自信あったけど、大槌と魔槍は真昼の圧勝だな。てか、普通に立ち回りが上手いし。頭に張り付いてる真昼を見てるとモンスターと踊ってるみたいだ」


 先程から、真昼はほとんど攻撃を受けていない。次に相手がどう動くのか分かっているみたいに、攻撃のモーションを利用して紙一重で避けながら頭をボコすか殴り続けている。


 モンスターの行動はある程度パターン化されているので、読めない事はないのだが、二人プレイになるとタゲが散って動きが読みにくくなる。それを踏まえると、凄まじいテクとしか言いようがない。


 なんて思っていたら、急に真昼の動きな鈍くなって見え見えの突進で吹っ飛ばされた。


「もう! 夜一君褒めすぎ!? 恥ずかしくっていつも通りに動けないよ!?」

「悪い悪い。でも本当、こんなに上手いと別ゲーって感じだな。なんか息もピッタリだし、真昼とやってると超気持ちいいぜ!」


 対面で会話しながらやっているというのも勿論あるだろうが、それにしても真昼とやるモンスレは楽しかった。


 お互いに高レベルのプレイヤーなので、やりたい事ややろうとしている事が手に取るように分かる。


 まるで十年来の親友みたいに、ゲーム中では心が通じ合った。


 それに、真昼のプレイには温かな気遣いと優しさがあった。


 弓の夜一が攻撃を当てやすい立地に上手く誘導し、頭を狙った気絶や様々なアイテムを利用して夜一にタゲが向かないようにしている。


 きっと普段から野良に潜って初心者達を助けているんだろう。


 そういう優しさを感じるプレイングだ。


「き、気持ち良すぎって!? もう、本当だめ!? それ以上褒めないで!? きゃああああ!?」


 照れ屋なのだろう。


 二度目の突撃を食らって真昼のキャラはキャプ送りになった。


「ほらぁ! 夜一君が変な事言うからぁ!? あんな攻撃、普段は絶対食らわないんだからね!?」

「わかってるって。でも、本当に嬉しいんだ。可愛い上にゲーマーの彼女とか、最高だからな」


 最高すぎて、夜一は突然隕石が落ちて来て死ぬんじゃないかと不安になった。


 悔しがる顏すら可愛すぎて、思わずうっとり見惚れてしまう。


 見つめられて、真昼も無限に赤くなる。


「そ、それはこっちの台詞! 格好良くて優しくてガチゲーマーでも許してくれて……夜一君は最高の彼氏だし……」

「別に俺は普通だろ」

「そんな事ないもん! 夜一君は最高だもん!」


 もう、二人ともモンスターなんかそっちのけだ。


 どれだけエアコンが頑張っても、二人の身体は熱い想いで火照ってしまう。


 気が付けばどちらともなく見つめ合い、そのまま視線を離せなくなっていた。


 ……ヤバいと夜一は思った。


 これは、ヤバい。


 そんな気は全くない。


 まだ三日目だし、初めての彼女だ。


 そういう気持ちは勿論あるが、当分はそんな事をする気はさらさらない。


 母親にも紹介して貰ったし、母親公認の彼氏として、早まった真似は絶対にしたくない。


 したくはないのだが……。


 なにか間違いが起きてしまいそうな雰囲気だった。


 だって、お互いにガチゲーマーなのに、モンスレそっちのけで見つめ合っているのだ。


 モンスターなんか別にいつでも狩れると思っているのだ。


 明らかに異常事態だ。


 心臓だってドンドコ警報を鳴らしている。


 なのに目が離せない。


 離したくない。


 ずっと見つめていたい。


 可愛い。


 好きだ。


 大好きだ。


 あぁ真昼。


 なんでお前はそんなに可愛いんだ?


 二人の顔が徐々に近づき、あわやという所でビクリと離れた。


「な、なんか暑いな!?」

「そ、そうだね!? な、なにか飲み物取って来るね!?」


 日和ったのはお互い様らしい。


 ホッとしたような、残念なような。


 いいやこれでよかったのだ。


 もしこの状況でキスなんかしてしまったら、そのまま勢いでもっと先まで行ってしまうかもしれない。


 親御さんの信頼を裏切ってそこまでしたら、お互いに後味が悪くなるだろう。


 夏休みはまだ始まったばかりだ。


 初めてのキスは、夏祭りとか花火大会とか、もっとロマンチックなタイミングまで取っておこう。


 その方が、真昼だって嬉しいはずだ。


 二人とも耳まで真っ赤になり、夜一はシャツをパタパタ、真昼は外の空気を求めるように慌てて立ち上がった。


 それがいけなかったのだろう。


「ふぎゃ!?」


 真昼がなにもない所でつまづき、支えを求めて棚を隠している布を掴んだ。


 布を止めていた画鋲が外れて、秘密のベールが取り払われた。

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