第44話 いざ新天地へ

アーク歴1498年 壱の月


リヒタール領 領主館




移住準備は無事に終わった。終わってしまった。

俺について行きたいとの希望者は何やかんやで500名を超え…な審査の結果、100名が一緒に移動することになった。

旅は徒歩だと3か月近くかかると言うのに一緒に来てくれるのだ。


徒歩で一日歩くとおおよそ15km程度進めると聞いたことがある。

東海道は53次あるが、総延長距離はおおよそ500kmほどらしい。つまりは一日10㎞弱歩けばいいという事。


人間の歩行時速がおおよそ4㎞程度なので、休憩を何度か挟みつつ移動しておおよそ一日15㎞。

3時間~4時間ほど歩いているという計算になる。


ところが魔界の住人はそんなモンじゃない。

荷物は最低限だし、アシュレイのバッグを出来るだけ有効に活用して毎日マラソン、マークスの計算だと一日凡そ15里、15kmじゃなくて15里だ。俺がざっと聞いた感じ1里は4km程度らしいので一日60㎞近く移動するらしい。


それを3か月…大体6000㎞ほど移動する計算になる。死ぬぞ。

ついてきてくれる皆にはありがたいことこの上ない。


ちなみに馬は何匹か連れ出せたが、牛と豚はダメだった。さすがに毎日の移動が難しいって事なんだけどさあ。こいつら俺の稼いだ金で買って育てたわけじゃん?その辺どうなのよ(怒



金と言えば資金だ。

大魔王様は俺に領地を移動しろと言ったらそれっきりで費用なんかは全く面倒を見てくれない。

スーパー放置プレイだったのだ。


だが、俺は放置されればされるほど金も経験値もたまって強く…なんねえよ。

放置してる間に金が稼げるわけないだろうが。現実を見ろ!



領内のモノは取り上げて売り払うわけにもいかない。

というわけで親父の貯蓄は?と思ったらほとんどない。何やってんだあのクソ親父(怒


しょうがないので親父の正装である裸マントセット一式や重くて持てそうにない親父の武具なんかをポイポイ売り払う事にした。さすがに不味いかと思ったけどまあいいだろ。

先祖伝来のは…マークスが渋い顔をするのはまあ置いとくか。

あんま使わなさそうだけど。


売った金は軽く1億zを超えるほどになったが、そこから移住にかかる費用からあっちに移動してから開墾する費用やらを捻出しないといけない。

また金の残高に青い顔をする日々が来るのだ。





お金は兎も角、旅の道のりは順調だった。

途中でアークトゥルス城に寄り、伯母ちゃんとアフェリスに最後の別れをして…それから大魔王様の居城へも挨拶に寄る。

そしてそこからはどんどん奥へ奥へと進む。


大魔王様がくれるって言ってた牛馬は後で送るって言われた。

まあ実際一緒に連れて行けないんだよな。

そしてまた置いてきた豚さんたちを思い出す。

ああ、うちの領の豚ちゃん達…トンカツ…ベーコン…角煮…チャーシュー…(名前


色んな領を通り、領主にチョコチョコ挨拶したりそこらの町に宿泊したり、小さな村に泊めてもらったり。

途中からは道はかろうじてあるものの、町はどんどんと小さくなり、最後は村と言っても良いのかというような休憩地点が点在するようになり。

次第に野宿が増えていった。




そして道中の脱落者も無く、無事に予定地であるヴェルケーロに着いた頃には肆の月になっていた。

道中、雪の日も有ったりして思ったより時間がかかった。


振り返ると短いが3か月近くも旅をすれば大変なのだ。

だが、それにしても冬の野営ってのは最悪だ。


寒いし途中で腹も壊すし寝れないし。

雪を踏んで足が濡れて寒くて寒くて最悪だった。


冬だから虫は少なかったけど、暇を見つけるとマリラエール師匠は特訓をさせようとするし。

あー、やっと着いた。疲れたわ。

え?訓練?今ようやくついたところでヘロヘロで…関係ないの?まじで?ちょ、ちょま…アッー!



「……酷い目に合った」

「大丈夫ですか?坊ちゃま」

「だからマリア、俺はもう当主様だって…まあいいや」


ようやく目的地であるヴェルケーロにある領主館に着いたわけで。

元々ここに住んでいるのは1000人ほどの開拓民か屯田兵かって逞しい人たちだが、そこに俺たちが100人加わるわけだ。

古参が1000人にと新人が100人、どこの世界でも揉めること間違いなしである。


そこで舐められてはいけない。

威厳を…と思うのも束の間、マリラエール師匠にそんな言い訳も何も通用しない。

長い髪を後ろに束ね、キリッとした表情もいい…なんて思う暇もなくボッコボコにされてしまった。

だから俺は剣なんて得意じゃないのに。





ようやくたどり着いたヴェルケーロ村。

村の様子は…まあ寂れてる。

村人たちもどう見ても意気軒高という感じではない。

疲れ切った老人と目つきの悪い若者たちって感じだ。


前任者などいないので着任の挨拶も無し。

村人に到着を報せ、とりあえず領主館へ。



その領主館は現在空き家だ。

まあ住人がいても困るけど。


だーれもいないところに入り、マリア達を筆頭に掃除を始めた。

俺も適当に手伝いをしながらマークスと大声で相談する。


「明日か明後日かでいい。領民を集められるだけ集めてくれ!」

「挨拶をなさるので?」

「まあ大体そうだ。俺たちは少数派だからな…何につけても反抗されても困る。向こうもしたいってのもあるだろう」

「はあ…」

「まあ段取りは任せた。飲み食いの用意もしておけよ」

「ハッ」



それにしても汚い領主館だ。


まるで何年も使ってなかったような…まあ使ってなかったんだろうな。

その割に作り自体はしっかりしている。

おかげで抜けた壁を塞いだり、蜘蛛の巣を取ったりするくらいしかやることがない。

天井が雨漏りするかもしれないけどパッと見て大きな穴がないから漏れて来た時にまた直せばいいか。


寝床は今まで野宿がメインだったのだ。どうという事はない。

領内は1日歩けば1か所村があるという感じで、飛び飛びに小さな村があった。

ここから先にもそこそこの村はたぶんあるのだろうが…あるのかな?もう山しか見えない。


救いなのは住人が魔族なので、鍛えなくてもそこそこ戦える事。

だからモンスターによる被害が事だ。


そして逆に問題点は、その腕っぷし自慢の魔族にどうやって言う事を聞かせるか、だ。



おそらくだが、高等な教育を受けた者などほとんどいないだろうし…教育機関を作ろうにも、親が子供にも仕事をさせて子供も教育を受けられない。自身もそうだったからって親になっても同じことの繰り返し…という貧困ループの縮図のようなものが見られるだろう。

そして町が大きくなると貧富の格差からの犯罪、治安の悪化が起こる。

まあ小さい村のうちは問題ないと思いたいが…実際はどうだろうな。

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