第41話 引っ越し準備

アーク歴1498年 壱の月


リヒタール領 領主館



年が変わって1498年になった。


この世界は1年が12か月ではなく、10か月のだ。1日の時間はたぶん大差ないが、1か月は大体35日くらいある。トータルで地球と似たようなものになる。なんで10にしたのか、そもそも地球は何で12なのか。割り切れる数が多いからとか色々あるんだろうけどじゃあなんでこっちは10か月なんだと。


そんなこんなで慣れるまでは違和感があったが、慣れてしまえばどうという事はない。


片腕が肘までしかないのも、慣れてしまえばどうという事はないのだ。

そういうものか、って程度だ。



「……というわけで引っ越しになった。付いて来たいものはできるだけ連れていく。大魔王様は100名と言っていたが、なに。少々オーバーしても大丈夫だろ」

「当主様、それは不味う御座いますよ」

「大丈夫だ。何ならあとから行商にきて、土地が気に入ったからって住み着けばいい。その頃には家も出来ているだろう」

「それなら…大丈夫でございますかね?」


マリラエール師匠の方をチラッと見るとため息を一つ。

まあギリギリセーフって顔だな。


「師匠もギリセーフだって言ってるぞ」

「私は何も言ってないぞ。黙認するだけだ」

「そう言う事らしい。とりあえずは移住者を募集する。領主館で公募しろ」

「ハッ」





大魔王様の所を去り、アシュレイとアシュレイパパのお墓参りをして王妃様とアフェリスにお別れを言った俺は自領に帰ってきた。ここも1か月後には引継ぎだ。


後任が誰になるかは知らん。

大魔王様が決めてくれるならいい人材になると思うが、王妃様オバちゃんの所で決定するならいろんな貴族の横やりが入ってクソみたいなのが来るかもしれない。

もちろん、逆にすっごく良いのが来るかもしれないが。


その辺を領民に包み隠さず告げる。

俺は隠しごとをしない領主になるからね。


まあこうやっとけば移住もスムーズに進むかなと。

その上で、必ず連れていきたい人材はこちらから声をかける。


まずは執事のマークス、メイドのマリア、猟師頭のグレン、そして鍛冶師のゴンゾに大工のゲイン、兵士長のロッソくらいかな。

当然永久に単身赴任というわけにはいかん。こいつらの家族や弟子を含めるともうあっさりと30人以上になるのだ。うん、まいった。


つまり第一次の移住として連れていけるのはあと70人ほどしかいないのだ。うーむ。向こうにも小さい村くらいはあると聞いたが、うーむ…


「どう考えても人が足らんなあ」

「左様ですなあ。奴隷でも買いますか?」

「奴隷なあ…」



ファンタジーモノの定番だ。

奇麗なお姉ちゃんの奴隷をゲットしてうっはうは…になればいいが俺はまだガキンチョなのだ。

もしくは安く売られてる傷物の奴隷を俺だけ使える超絶ヒールで…そもそもそんな回復魔法使えねえよ。

大体そんな回復魔法が使えるならアシュレイ生き返らせてるって…はあ。



だめだ、アシュレイの事を思い出すとつらい。


奴隷は金銭的な事を考えると無理だ。

一応リヒタール家の資産は持ち出して良いとはなっているが、先祖代々武門の家で貯蓄なんてほとんど無い。高価なものはご先祖様選りすぐりの武器防具くらいしかないのだ。

いっそこの武器防具ガラクタを売っぱらうかとも思うが…さすがにやめとこ。



「奴隷もいいがカネがな…まあ無理だ。もう少し他の案を探そう」

「屋敷の物を処分すればまとまったお金にはなりますが」

「それも考えたがな。何人かは買えるだろうが、とても100や1000とはさすがに買えまい。それより、とりあえずの人手が欲しいなら難民などはどうか?貧民でも何でも良い」

「よろしいですが言う事を聞きますかな?それにわが領から連れていくならわざわざそのような者どもでなくとも宜しいのでは」

「そうか。向こうについてから集めると言う手もあるな。では移住希望者の募集を出しておいてほしい」

「ハッ」

「俺は少し出てくる。後は任せたぞ」

「このマークスめにお任せください」



後はほっとけばどうにかするだろう。

マークスはかなり有能な人材…だと思う。

俺は俺でやることがあるのだ。




リヒタールの街の裏通り、3つ目の角を曲がったところにその店はある。

一見するとただの場末の飲み屋だが…いわゆる裏家業のお店だ。


「久しぶりだな、婆さん。裏に入るぞ」

「これはお坊ちゃま、裏は何もありませんよ?」

「ああ…出かけて手ぶらも不味いか。後で適当な剣でも一本用意しといてくれ」

「お坊ちゃん、裏は…」


飲み屋にいるのはシワシワのお婆さんだ。

ここには一度、客として…というか酒場に遊びに来たガキンチョとして来たことがある。

当然向こうも俺が誰だか把握していただろうが、普通に雑な扱いをされただけだった。

まあ、普通にそこらのガキンチョとして扱われたって事だ。


「婆さん、余計な事は気にしなくていい。俺はお前らを害するつもりもない」

「はあ」

「通るぞ」


婆さんの横を素通りして中に入る。

勿論、カウンターに金貨を置くことを忘れない。

中に入り…床下の板をはずすと階段が現れる。


「坊ちゃん…」

「何も言うな」


勝手知ったる他人の家だ。

ズカズカと中に入るとそこには大きめの地下室がある。

そして中にいるのは熊のような大男とカマキリのような女だ。

ゲームでは死火の者と呼ばれていた…いわゆる忍者だ。


「こんにちは。ご機嫌いかがかな?」

「これはお坊ちゃん。ここは子供が遊びに来るところではありませんよ」

「子供ではない。リヒタールの当主として来た。死火の頭領は誰だ?…お前らではなさそうだが」


死火という名を出しただけで二人とも顔色を変えた。

まあ、こいつらがアタマじゃタカが知れてるな。


「どこでその事を…ああ、そうではありませんな。我らが頭領は今は出かけております」

「そうか。仕事の話だ。…そうだな、近いうちに俺の屋敷に来てくれと連絡してほしい」

「分かりました。確(しか)と連絡します」

「頼んだ。じゃあな」


地下室の階段を上り、婆さんに終わったと声をかける。

婆さんからは何やらカッコいい剣を受け取った。


この短時間で探したとは思えない良さそうな剣だ。

帰ったらマークスがびっくりするほどの名品だった。


虫喰いの剣とかいう名前の剣だ。

虫喰いって穴開いてんじゃねえかって名前だが、対虫特攻武器なんだと。畑の害虫駆除に使うか。

この武器ぶら下げとけば虫が寄ってこなくなるかもしれん。

カラスの人形ぶら下げてるみたいだ。


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