第16話 お仕置き



アーク歴1493年 捌の月

リヒタール領




「…で、お前は…全く……イト、聞いているのか?カイト」

「は、はいっ!」


いけない。

そう言えば今はガチムチお父上のオシオキの最中だった。

何でオシオキされてるかって?



何故かといえばアシュレイたちを畑仕事で泥だらけにしたからだ。



まあ、オシオキと言っても軽いものだ。

母が早いうちに亡くなってしまったせいかウチの父上は甘々である。

望めばなんでも叶えてくれてしまいそうなくらい甘い。


俺の望みか。

親父は甘いが、甘い食べ物よりはとりあえずは肉が欲しい。

タンパク質だ。


タンパク質をたくさん摂って体を大きくし、領地を侵略する敵を物理で殴って止めるのだ。

たまにその辺の露店で売ってる謎肉の串焼きなどではなく、もっと大きな肉塊をむしゃぶりつくす勢いで食べなくては。


「全く。どうして外で運動でもしたらどうかと言えば畑仕事なのだ?おまけにアシュレイ様たちまで一緒に…」

「はい。それは良質なタンパク質を求めているからです。」

「良質な…タン…なんだって?」

「タンパク質です。主に赤身肉や魚、鳥肉に多く含まれています。植物由来なら大豆などの豆類に多く含まれています。いっそ大豆の方が牛肉よりタンパク質が多いというデータもあります。このタンパク質が体を大きく育てるために必要なのです」

「体を?」

「はい。いずれは私も父上のように大きくしっかりとした体に育たなければなりません。アシュレイを守るためにも、強く大きく、父上のように!」

「ンフッ…ゴホン。そうか。それはよいことだ」


父上のように、が効いたみたいだ。

嬉しそうな顔になった。


「だがそれでなぜ畑なのだ?外に狩りに…行くのはお前ではまだ危ないな」

「はい。外で狩りはまだ危険だと思います」


ダンジョンはある意味安全だ。

出て来るモンスターがだいたい決まってるから。

この世界は外の方がいっそ危ないのだ。

野良の訳わからんモンスターや山賊みたいなのもいるし。


「なので…まずは安全な畑仕事をしてそれを売った金で肉を買うなり、あるいは大豆なんかを育てるのもいいかと思います」

「大豆…マメのことだな?」

「はい。先ほども言いましたが大豆はタンパク質が豊富なので、それをたくさん作ってたくさん食べます。たくさん食べると大きく育つのです」


寝る子は育つし、食べる子も育つ。

幸いにして俺は胃腸が丈夫なようだ。たくさん食べると吐いてしまうと言う子もいるが、そんな傾向はなさそうだ。いくらでも食べられるというほどではないが…まあ食べないよりいいだろう。


「ふむ。理屈は分かるがお前も武門の子なのだ。鍛錬をするべきではないか?」

「剣の素振りなどはやっていますが…父上、ギフトの事を考えると私は畑をいじった方が武力も上がるのです」

「ギフト?富国強兵とかいうやつか。だがそれはともかく畑をいじると武力が上がる?何のことだ?お前は農家にでもなるつもりか?」

「農家。それは素晴らしい。一石二鳥ですね!」

「馬鹿モンが!」


顔を真っ赤にして怒る鬼親父。

比喩ではない。

親父は鬼人族という種族で、元々は黒鬼さんなのだが、怒ったら赤っぽくなる。


でもまあ親父もそんなに怒るな。

これにも理由があるんだ…でも説明は上手くできない自信がある。


「えーとですね、僕のギフトでは農家になった方が最終的にはよくなるはずなのです」

「ギフトで…?鑑定してみたのか?」

「はい。どうも内政を頑張ると強くなれる?みたいです。ちなみに父上のギフトは何だったのですか?」

「儂は『一騎当千』だ。ふむ、内政をな…」

「一騎当千!やばい親父カッコいい」

「カッコいいか。ぐふふ」


一騎当千。

三国志に出て来る武将みたいだ。

橋の上で通せんぼしたり、赤んぼを抱えて敵中を単騎で突破しそう。

カッコイイな畜生。

そして俺にカッコいいと言われた親父は超絶ドヤ顔だ。


「さすが父上です。僕もそのくらい強そうなギフトならよかったのですが…」

「む。気にすることはない。『ギフト』は使いようによっては何よりも強力になる武器だ。おまけにカイトの富国強兵?儂は聞いたことがない。極めれば相当強いと思うぞ!」

「そうですね…まあ、なので内政をしてみようと思うわけです。その第一歩が畑です」

「ふうむ…だがなあ…」


いや、まあ親父が悩むのもわかる。

リヒタール家の跡継ぎである俺はアークトゥルス魔王軍で第一の、いや魔界で最も有数の武将にならなければいけないのだ。


我がリヒタール家は代々アークトゥルス魔王や大魔王様を守護する名門中の名門…だったらしい。

これはカイトの知識だ。


だからなのか、アシュレイたち姉妹もウチで今遊んでいる。

ああ、遊んでいるというのは語弊があるか。

えーと、将来のために見聞をしているのだ??




リヒタール家が武門の名家であり、アークトゥルス魔王軍の中でも名門中の名門であることは間違いない。そして俺はその嫡男。うん。武芸頑張らないとと思うよね?


でも俺に与えられた『ギフト』は『富国強兵』。

この世界では有力武将や勇者、あるいは国王や教皇にしかギフトは与えられない。

ギフトを持っている時点でカイトは中々優秀なのだ。…まあ仮にもプレイアブルキャラクターだしな。


で、その固有ギフトだ。『固有』というとすごく使えそうだが、内政をすると自らも強くなるという微妙なものだ。いやまあ、言うほど微妙ではないのか?

親父も言っているが状況によっては使えるはず。



改めて『富国強兵』について思い出す。

内政をすれば自らも強くなることが出来る。

人口が増えればHPが、金銭収入が増えれば攻撃力が、収穫が増えれば守備力が…たぶんこんな感じで増えていくのだ。


公式に突撃して聞いたやつが『8ch』に書いた情報によると、富国強兵のギフトは内政を極めると本人は当然として武将や兵まで強くなるということらしい。

『内政を頑張れば領主も兵も強くなる。』という途轍もなく凄い能力で……でもそれ当たり前の話なんじゃ?あれ?


そしてそれも上昇率が半端ないのかと思ったらそうでもないみたい。


なんせ多くの地域制圧型シミュレーションゲームでもそうだが、内政なんて特に真面目にやんなくてもクリアできるのだ。だからよっぽどのやり込みプレイだとか、領土を獲らずに何年粘るみたいな特殊なプレイ方式の人でなければそれほど内政なんか真面目にしない。オートで十分なのだ。それより侵略して領土を増やそうぜ!ってなもんで…


そして内政特化のカイトだが、その内政能力にも問題が。なんとシミュレーションパートでの初期値内政値が50しかない。

『内政を頑張れば強くなる』なのにその内政値が低いのだ。

この辺がバカイトと呼ばれる所以なのだ。


樹属性というカイトの持つ特性と組み合わせるとたぶん作物は順調に育つんだろう。

他にも特殊なギフトを持つ武将を配下に加えれば内政はどんどん捗るのだろう。



…そこまで親父に怒られながら考えてたら色々読めてきた。


なるほどなるほど。

たぶんテストプレイで内政90とかにしちゃったら強くなりすぎたんだな。


そうやってよくわからないテストしてヤバい結果になったから弱体化されたってのはよく聞く話だ。

格ゲーなんかではあるあるだね。


うんうん。

と一人納得していると、いつの間にやら父上のお説教は終わり、去っていた。


「よし、そんなわけでマークスよ!」

「ハッ!」


執事のマークスに話しかける。

彼は代々我が家に仕えている忠臣というやつだ。

そしてその忠臣の現在の主な仕事は俺の子守りだ。ちなみに父上の子守も仕事の一部だ。


「畑をもっと広げて…いや、もういっそのこと農場を作るぞ。幸いこれから秋を過ぎて冬になる。皆作物を作るのも暇が出来るだろう。手が空いた者には農場づくりを手伝ってもらおう。庭などではない。もっと大規模なものだ」


裏庭には途中まで開墾したスペースがある。なじみの表現で言うと10畳ほどのスペースだ。

室内ならまあまあの大きさだが、畑としてみると猫の額である。

秋に植えられるものってなんだ?と思ってとりあえず大根を植えてあるが…まあこれはもう放置だ。


「農場…でございますか?坊ちゃま、ご当主様の仰っておられたことを聞いておられましたか?」

「もちろん聞いていたさ。マークスの方こそ俺の言ってたことを聞いてなかったのか?農場を作ることで体を鍛えるのだ。そして食糧事情も改善される。さらにさらに」

「さらに…?」

「農作業は適切に行えばよい筋トレになる。鍬の振り下ろしは背筋のトレーニングに効果的だ。トレーニングの後に収穫したての豆や牛乳を頂くのだ。これでムキムキマッチョ間違いなし!領民も美味い物が食えて喜ぶ!まさに一石二鳥!」

「はあ…」


いまいちわかってない様子だが、こいつもこれからビシビシ扱いていけばよいだろう。

見た目はジジイだがなんてことはない。魔族は長生きなんだから定年も年金もないのだ。

ジジババが平日の昼間から元気いっぱいに優先席に乗って遊びに行くなんて意味不明な事はこの世界じゃ起こりようがないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る