ミルク

連喜

第1話 遭難

 ある夏の日のこと。

 俺は僻地にハイキングに行って道に迷ってしまった。

 地図と方位磁針を持っていたけど、どこにいるかまったくわからなくなった。

 俺は生まれつき、ひどい方向音痴なんだ。


 なぜ、そんなことをしたかというと、誰もいない場所に一人で行きたかったからだ。

 極限の恐怖を味わいたかった。


 一応、寝袋は持っているけど、すごく簡易な装備で出てしまった。

 登山計画なんて出していない。そもそも、登山経験が乏しいから、そんな物をどうやって出していいかもわからない。

 どうせ探す人がいないからだ。


 お盆休みに俺はハイキングを決行した。

 会社の俺のデスクの上には、こっそり引き継ぎ書を置いてきた。

 戻れない可能性があるからだ。

 俺は一人サバイバルゲームをしていて、勝てれば会社に戻るし、負ければ森林にいるクマや微生物の餌になることに決めたいた。


 周囲は見渡す限り緑の広葉樹が広がっている。フィトンチッドが空気を浄化しているから、澄んだ空気が満ちていてすがすがしい気分だ。

 

 どうやら俺は負けたらしい。もう完全に方角を見失っている。

 みんなは知っているだろうか。山で遭難したら、とりあえず山頂を目指すんだ。

 決して沢に降りてはいけない。


 俺は自ら沢に降りて行った。

 ここまで読んで気が付く人もいるだろうけど、あえて遭難しに来たんだ。俺は自分で死ぬ勇気がない。でも、山に来ていることは誰も知らないから、遭難して地元の消防団の人たちに捜索に出てもらうなんてことにはならない。その点は迷惑がかからないようにするつもりだ。


 俺は人生に目的を失っていた。でも、まだ自分がどうしたいかという確信が持てなかった。もし、山で遭難したりしたら、自分でも意外なほど、必死に出口を求めて走り回ったり、どうしても生きたいという感情が湧いて来るんじゃないか・・・そんな最後の望みに賭けようと思った。

 しかし、結局、こうやって沢に降りて行くってことは、それがないということだ。この先に待っているもの。それが俺が本当に望んでいることなんだと悟った。


 俺は体を疲れさせるために、歩き回った。遭難すると無駄に歩き回って体力を消耗してしまう。それが、原因で衰弱して・・・The End となる。


 しかし、俺はちょっと先に小屋があるのを見つけて、そこに向かって歩き出していた。その時、もしかして俺は、まだ希望を捨ててないのかもしれないと思った。


 小屋の周りは草が刈り取られていた。誰か住んでいるんだ。小屋は古いけど、外にはソーラーパネルがあった。住んでいる人は割と物わかりのいい人なんじゃないか。つまり、そこの住民は、完全自給自足を目指して、原始時代みたいな暮らしをしているというわけじゃないんだ。


 俺は入り口を勝手に開けて、「ごめんください」と大声で呼びかけた。


 すると、中から薄汚い恰好をした若い女が出てきた。なぜか男物の服を着ていた。がりがりに痩せていて、顔色が悪かった。どういう人か想像もつかない。

「いきなりすみません」

 その人はびっくりした顔をしていた。男が珍しいのか、目つきが異様だった。まるで、ロリコンに女の子を引き合わせたみたいだった。


「すみません。道に迷ってしまって」

「あ、そうですか・・・それはお困りでしょうね。どうぞ、お入りください」

 靴を脱ぐ場所がない。ホテルみたいに土足だった。

 居間のような場所に案内されたが、ソファーの上には洋服とか、いろいろなものが置いてあった。女はそれをかき集めて、別の部屋に持って行った。隣からは子どもの泣き声がしていた。


 そんな山奥で子どもを育てているなんて・・・病気になったらどうするんだろうか。俺は子どもが心配になった。



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