第8話 城の外の生活は 2

 アリアがレストランの中に入ると、きれいな制服を着た店員が出迎えた。店の中いるのは労働者ではなく、服装から見るに貴族や大商人たちばかりだ。


 店の奥にいた店主がアリアの姿を見て駆けつけてきた。小柄で小太りの中年男性だ。


「お待ちしておりました。お嬢様。ボルス様から話は伺っております。どうぞこちらへ」アリエルというのはアリアの偽名だ。安直な名前だが、ありふれた名前なのでアリエルだから魔王だと思う者はいないだろう。


 アリアが案内されたのは店の2つ上の階だった。魔王城ほどとは言わないが、家族で生活できるほどの部屋の数、クイーンサイズのベッド、家具はすべて高級品。


「いったいどうなってるんだ……」アリアがつぶやいた。


 店主は顔を青ざめて「すべてボルス様の指示通りのものを用意したはずでが……何かお目に召さないものがあったでしょうか」


「私は普通の、庶民の生活をしにきたんだ。これのどこが庶民だ。いくら城の外の生活に疎いとはいえ、これが庶民の下宿ではなく高級ホテル並みの部屋だというのはわかるぞ」


「ひっ、申し訳ございません。何か手違いがあったようで……」


「ボルスのやつめ……お前は下がってよい」アリアは店主を部屋から追い出した。


 アリアは通信魔法を使い、ボルスと会話する。


「ボルス、いまマンションについたぞ」


「はい。私にも連絡が着て承知しております」


「何だこの部屋は。何かお気に召さないことでも」


「私は最低限生活ができるだけの部屋を頼んだのだ」


「はい、ですから不要はものは省いて、陛下の生活に最低限必要なものだけ用意させましたが」


「こんな最低限があるか。私は庶民の生活をしにきたんだ」


「陛下がいきなり本当の庶民の生活をするのは無理です。部屋から出れば庶民の生活が味わえるのだから十分でしょう。人を部屋に呼ぶわけでもないのですから、部屋の中くらいこれくらいは用意しておくに越したことはありません」


 ボルスに淡々とそう言われると、アリアもそのような気がしてきた。


「まあいい。あとはこっちで好きにやるからな。用意ご苦労だった。また何かあったら連絡する。私の代理のほうは順調か?」


「はい。こちらはすこぶる順調です。真面目に仕事をこなしておりますよ。陛下より真面目なくらいです」


「そうか。それはよかった。こっちのことは心配しなくていいから、そっちのことは頼んだぞ」


「承知しました」


 こうしてアリアの庶民生活が始まった。


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