第2話 体は子供、心はホニャララ。

『ふすま。建具の一種。木と紙で出来ていて脆くて軽いよ』

『障子。建具の一種。木と紙で出来ていて脆くて軽いよ』

『畳。草を編んで作った床材。肌触り良しだよ』

『布団。異世界の寝具。夏用で薄いよ』

『蛍光灯。異世界のランプ。すごく明るいよ』

『屯服薬。異世界の飲み薬。痛みを抑えるよ』

『傷薬。異世界の飲み薬。傷の化膿を抑えるよ』

『水。新鮮な水。飲めるよ』


「……ふむ、わかったようなわからないような……?」


 薄暗い部屋の中心で、片っ端から婬眼フェアリーズを唱えて、アルテマは首を傾げていた。

 魔素が少ないせいでろくな情報が示されないが、しかし注意深く言葉を聞いてみると、所々に使える情報が隠されていた。


 まず、部屋に使われている建材は木材が中心で、畳や布団など、帝国の文化と比べるとまるで前時代的だが、蛍光灯と呼ばれる不思議なランプや、薬の加工具合を見る限り、どうにも文明が遅れていると言うわけでもなさそうだ。


「……異世界、か」


 婬眼フェアリーズはそう答えてくれた。


 死後の世界と表現しなかったということは、やはりここは奈落ではなく、生きた別の世界ということなのだろう。

 だとしたら私はあの窮地から脱することが出来たと言うことだ。


「ふ、ふはははははっ!! 聖騎士クロード。馬鹿な奴め、私が生きていると知ったらどんな顔をするだろうな」


 そしてここが死後の世界でないとなれば、例え異世界だとしても帰る手段はきっとあるはずだ。

 帝国に残してきた君主や国民、部下たちを思うと気持ちがはやってくる。


 しかしまずは情報収集だ。


 アルテマは再び部屋の中を見回した。

 すると隅に木で出来た細長い家具を見つけた。

 婬眼フェアリーズでそれを調べると、


『三面鏡。化粧箱。大きな鏡が付いているよ』

 と答えてくれる。


「鏡か……」


 異世界に飛ばされてしまった自分は、一体どんなやつれた顔をしてしまっているだろう。

 そう思い。何となくその鏡の扉を開いてみせた。

 すると、そこには一人の小さな少女の姿が映っていた。


「え……!?」


 アルテマはしばしぽかんと、その少女を見つめる。

 それが自分の姿だと理解するのに十秒ほど掛かった。


「フ……婬眼フェアリーズ……」


 震えた声を出しつつ、それでも念のため婬眼フェアリーズで鏡の中の自分らしき物体を調べてみる。


『暗黒近衛騎士アルテマ。魔族。肉体年齢だよ』


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!???」


 無情に答えてくる婬眼フェアリーズに素っ頓狂な声を上げて、アルテマはひっくり返った。


 わ……私!?? これが?? この子供が!???


 いやいやいやいやいやいや!!

 自分は……あまり言いたくないが、今年で44歳のはずだぞ!??


 ――――若返ってる!??


 これも異世界転移の影響か??


 まてまてまてまて。

 ……まてまて。


 ――――さすがに理解が追いつかない。


 異世界転移と言うだけで、本来は右往左往、泣き叫んでもいい案件だ。

 しかし、なんとか騎士の誇りにかけて平静を保ってきた。

 努めて冷静に、建設的に行動しようとこの十数分頑張ってきた。

 だけどもこれはコレは良くない。

 子供返りしてるとか。

 これ以上の不思議現象に襲いかかられたら、さすがの私でも冷静を保っていられる自信がない。


 と――――、

 ドカドカドカドカッ!! ――――パァンッ!!!!


 木床を踏むけたたましい音が近づいてきたかと思うと、部屋の障子が勢いよく開けられた!!


「ど、どうした、何事じゃ!?? サルか!?? 熊か!?? おのれ、ワシが成敗してくれるわっ!!」


 乱入してきたのは助けてくれたあの爺さんだった!!

 彼は血相を変え、手には不思議な形の鉄の筒を抱えている。


「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」


 錯乱ついでに怯えてしまったアルテマが思わず悲鳴を上げる。


「おお、なんじゃ、どうした!??」

「ぐ……ぶ、ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 自分の悲鳴に引きずられ、ついでに涙腺まで崩壊してしまい、大泣きしてしまうアルテマ。そんなつもりは無かったのだが、転がり落ちるように不安な感情が決壊してしまった。


「おぉおぉ……!! 大丈夫じゃ、大丈夫じゃ、怯えなくても良い。目が覚めたのか? おおよしよし……かわいそうに、驚かせてしまったの、良い子じゃ良い子じゃ。大丈夫じゃ、大丈夫じゃよ」


 怯え泣き叫ぶアルテマに、お爺さんは慌てて鉄の筒を放り投げ、頭と背中を擦って安心させてあげた。





「ほんに、大きな悲鳴が聞こえてきたときには何事かと思ったわ」


 お膳に朝食らしき物をのせて、お婆さんはアルテマの側に座った。

 歳はお爺さんと同じくらい。

 白い前掛けを着つつ、少し興奮した表情でアルテマを見つめている。

 お爺さんはその隣であぐらをかいて、同じくアルテマの顔を心配そうに見ていた。


「まったくじゃ、急にあんな悲鳴を上げるとは……何か怖い夢でも見たのか」


 お爺さんが話しかけてくるが、アルテマはそれには答えなかった。


「ともかく元気になって良かったよ。おかゆを炊いたから、良かったらお食べ。何も食べていないだろうからお腹すかしてるだろう?」

「……お前たちは、誰だ?」


 確かに空腹ではあるが、この者たちの正体と自分の置かれた立場を把握しない限りは食欲も出ない。

 単刀直入、二人に誰何する。

 聞かれた二人はお互いに顔を見合わせると。


「ふむ……それはまずこっちが聞きたいところじゃがの?」


 とお爺さんが逆に聞いてきた。

 それはもっともだとアルテマも思った。


 助けてもらっただろう相手に対して、まずは自分から名乗るのが最低限の礼儀のはずだ。


 騎士である自分がそんな無作法をしてしまうなど……。

 さっきの号泣も含めて、どうも精神が安定していない……。


 アルテマは顔を真赤に恥じながら、二人に対して頭を下げた。

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