清姫様はフェロモンだだ漏れで困ります

高峠美那

第1話 清姫の浄化の舞

 シャン…。シャン…。


 ほっそりとした白い手が頭上にあがると、巫女みこが持つ神楽鈴かぐらすずが夏の夜に鳴り響いた。


 腰から後へに棚引かせた美しいと、鮮やかなしゅ緋袴ひばかま。透き通る美しい上衣の千早ちはやには、朱色の胸紐むなひもが結ばれ、ヒラリ、ヒラリとまいの動きに合わせて豊潤ほうじゅんな胸で踊り、白く輝く膨らみをはじいている。


『鐘は何処どこへ行かれたか。 おまえ様は何処へ行かれたか…』 

 シャン…。シャン…。


『鐘の音は聞こえたか。 おまえ様へ聞こえたか…』

 

 板を踏む音と、衣がこすれる音が交じりあい、時折ときおり松明たいまつの炎がぜて火の粉が天に舞い上がった。 

 一時間に及ぶ『清姫の浄化じょうかの舞』が始まった。 




「清姫祭り?」


 ここ日高川町には、春の『紀州道成寺の祭り』と、日高川の河川敷きで開催される『清姫夏祭り』がある。

 高校から日高に来た神谷かみやは知らなかったようだ。


 まあ、春の祭りの方が有名だしな。


 川沿いの賑やかな露店。連なった提灯。綿あめや焼きそばを抱えながら沢山の人が行き来している。

 

「なんや、誰か踊るん? おもろそうやん。俺らも見てこうや」


 続く露店が開けた先に、松明たいまつの炎に照らされた神楽殿かぐらでんがあった。

 須崎すざきも会場で、巫女がまいを奉納するのは知っていたが、正直舞などに興味が無かったから、清姫の浄化の舞を見たのははじめてだった。


 金色こんじきの鈴が幾つもついた神楽鈴かぐらすず。後ろで束ねた長い黒髪。ピンクに染まったくちびるから、伸びのある柔らかな唄声が紡ぐ。


『今年のホウヅキは赤く染まったか。 おまえ様の業火と同じ色に染まったか…』

 

 赤い舌が乾いた唇を湿らす。喉と胸は上下し、唄と舞で時を刻む程に、袴の裾からのぞく白い足袋たびと生足があらわになる。

 見る者の五感が悩殺され、見物人から讃美のため息がもれた。


「キレイや!! めっちゃキレイや!」


 わわわわっ!


 あわてて神谷の口を塞ぐも、既に手遅れ。見物客の視線を集めた本人に、精一杯呆れ顔を見せながら、須崎はため息をついた。


「…おまえ〜」


「なん? ええなぁ、清姫様。めっちゃエロい。俺らより年上かなぁ? 美人やわ〜」


「…大阪人、声デカすぎ」


「俺、大阪ちゃうで? なあ、巫女の衣装の下って何着るん?」 


「知るわけ無いだろう? 何か普通に下着を着てるんじゃないか?」

 

「そうかぁ? 俺、着てへんと思うわ。だって暑いし、セン見えんやろ?」


 …セン?


 神谷が自分の尻をなでてから、というように尻をポンと叩いた。


「肩から白い衣、脱ぎ落としてみ。めっちゃ滑らかな背中と雪見大福みたいな尻があるんよ!」

 

「……っ! おまえ想像力、凄すぎ!」


「そう? 俺ら健全な青少年やで? 須崎は好みとちゃうの?」

 

 …これ見せられて、好きじゃないなんて言う男、いないだろ!


「もう! 黙って見てろよ!」


「ハイ、ハイ。須崎は硬派やな。俺はめっちゃ好きやわぁ。一目惚れかなぁ」

 

 神谷の夢ごこちな顔。暗くて良かったと、頬の火照りを引き攣りながらごまかした須崎。


「やば…。俺も、からかえないな。これ、どうしろってんだよ…っ」


 清姫が舞い終わるのはあと少し。神楽殿を囲んだ見物客が、須崎の独り言に気づく事は無かった。

 この二ヶ月後、青少年達は思いもよらない形で清姫と再開を果たす事になる。



 

 

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