第6話 私の雅とお見舞い

雅は二日後には容態が完全に安定し、一般病棟に移された。


私は学校の帰りに雅の病室にお見舞いに一人で行った。


部屋に入ると、まだ寝たきりの雅がICU(集中治療室)に居た時よりは繋がれてる機械の台数が減っているものの、未だその多くの機械は取り外されていない。


ピッピっ...ポッポッポッといういくつかの機械音と雅の「シュー、コー」という呼吸の音が雅の病室に流れている。


すると病室の扉が空いて一人の男性が私の元に近寄ってくる。


お父さんだ。


「京、これはお前のせいではないからな。」

「ええ。そんなことはわかっているわ。」


京は処置室で雅が処置を受けている間、過呼吸を起こしながら「私のせいで...私のせいで」と泣き叫んでいたそうだ。その話を二日前に和子さんから聞いた。


「彼が京の好きな男の子か?」

「ええ。好きどころではないわ。大好きよ。」


京は父の言葉を否定しもっと雅を愛していると言葉を訂正した。


「はは、そうか。にしても凄いな、彼は。」

「何がかしら、」

「40キロの乗用車にまともに引かれて何十分も意識を保った上に、頭蓋骨のヒビで終わっただけじゃなく、折れた肋骨もほんの少ししか沈んでいなかった。こんな子は初めて見たよ。」

「そう、彼は小学生から中学まで全国レベルの野球選手だったそうよ。」

「なるほど、だから頑丈だったんじゃないかと言いたいんだね?」

「ええ。」

「それもあると思うが、俺は多分違うと思うな。」


京の父は京の説を一部否定した。そして続けて


「京も知ってると思うけど、彼、京が来るまで意識を保ってたそうじゃないか。」

「ええ。それが?」

「救急隊員の人に聞いたんだ。彼は京が来る前までなんて言ってたか。」


京はその答えを聞く前に息を飲んだ。


「彼はこう言ったそうだよ。〈僕の大事な彼女が楽しみにしてた、初めての2人きりのデートなんだ。病院に行ってる暇なんてないだろ。〉と。」

「っ!?」


京は口に手を押さえて驚くと同時に散らかった頭を整理する。


京の父は次にあるものを京に渡した。


「これがその時のボイスデータだ。隊員の人から貰った。聞いてみるといい。」


私は恐る恐る再生してみた。


〈大丈夫ですか!?早く乗って!〉

〈いいや、僕はこの後大事な用がある。意識がある僕よりもっと容態が悪い人のために救急車を使ってくれ。〉


〈今のあなたはその危ない状態なんです!〉

〈だから僕は大丈夫って言っているでしょう!〉


〈駄目だとりあえず応急処置だ。出血だけでも〉

〈そんな暇はない!僕には大切な彼女とのやっとの思いで叶った初めての二人きりデートがあるんだ。邪魔をしないでくれないか。〉


ここから私の知っている会話が流れ始める。


〈雅!?何があったの!?〉

〈ああ、問題ない。さぁ行こうか...〉

〈駄目だ!君!〉


〈お嬢さんですか?お嬢さんからも言ってあげてください!彼さっき小さい子を庇って40キロで走る車に跳ね飛ばされたんですよ!〉


ここで音声データは途絶えた。


私は気がつくと頬と服がビショビショに濡れていた。


「いいか、京、雅くんはお前が救ったと言っても過言じゃないんだぞ。」

「え?...」


京は涙を流して鼻水をすすりながら父の話を聞く。


「体において、意識や気力っていうのはとても大切なんだ。例えば患者の気持ちによって末期と思われた病気が治ったという事例もあるんだ。気持ちが体の動きを活発化させるんだ。雅君にとってその原動力が、京だっんだね。そう。だから確かに京は雅くんを救ったんだ。」

「うぅ...うぅぅ...」


父の話に京が再び涙する。


父は「母さんとそっくりな祐介(京の兄)の説教する京を見た時も思ったが...」と小さく呟いた後に、しっかりとした声で京にこう言った。



「いい男の子を好きになったな。京。」



そういうと父さんのポケットからピリリリリリという呼出音が流れてそのまま「仕事があるから戻るな」と、雅の病室を後にした。


私は父さんの言葉に一言「うん...」と頷いて、雅のすぐ隣の椅子に移動して、再び泣き始めた。


そして雅に向かって話しかけるように泣きながらつぶやく


「知らないわよ...雅が私を好きだったなんて知らないわよ...なんで言ってくれなかったの...雅が言えば私だってすぐに、絶対にうんって!うんって頷いたのに...馬鹿...」


外はもう真っ暗だ。


私は少し落ち着いて軽い過呼吸になりながら、雅の手に自分の涙で濡れた手を置いて、


窓ガラスに反射して写る自分の姿を見る。


目や瞼が真っ赤に腫れ上がっている。


『私ったら...泣いてばっかりね...でも...こうなったのも全部雅のせいなんだから...せめて告白は...私にさせてよね...』


と心で呟いた後にそのまま泣き疲れたのか、すやすやと眠ってしまうのであった。


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"両片思いの高嶺の花"編もいよいよ大詰めです。次回をお楽しみに。


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読んでくださりありがとうございます。


もしこの作品を気に入って下さったら、次回も是非よろしくお願い致します。


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