第29話

「へぇ、新規レシピですか。興味深いですねぇ」

「そうなんですよ。例の子、ハニービーさんでしたっけ? センパイが目をかけただけありますね」


 クランルームでイベント情報を見ながら千枝さん、もというぐぐいすさんと語り合う。


 本日は研究を片付けてからのゲーム内デート。

 しかし話題となるのは目下開催中のイベントについてというのだから相変わらずである。


「目をかけた、というのは違うかな? 実際には彼女がどんなものを仕上げたかはまだ見てないんだ。ただ、考え方の違いから、面白い発展をしそうだって予感があった」

「それを世間では先見の明と呼ぶんですよ?」

「そんな大層なものではないよ」


 軽く手を振り、話題を切り替える。

 なんだかんだ息抜きに来てるゲームでさえ仕事の時のように気にしてしまうのは彼女の悪い癖だ。

 純粋にゲームを楽しめてはない気がして、余計なお節介を焼いてしまうのは僕の悪い癖。


「たまには目線を変えてみましょうか?」

「目線ですか?」


 キョトン、とするうぐぐいすさん。


「僕たちは常日頃から見守るのがお仕事だ」

「ええ」

「けどたまには挑戦者として、挑んでみてはどうだろう?」

「挑む、ですか?」


 普段から運営側の視点でプレイ、呼びかけしている彼女が真の意味でゲームを楽しめているかは甚だ疑問である。


「難しく考える必要はないよ。要は開拓者らしく得意分野以外のことに着手してみようということさ。このゲームは細かい仕事がたくさんあるからね。俗に言う業務体験みたいなものだよ。学校で体験したことあるだろう?」

「そうですね、今でこそ社長にいますが、新人のつもりで物事に取り組むのは斬新な気がします」

「僕は何かに取り掛かる時、大体挑むつもりでやってるよ」

「成る程。ではなにに挑戦してみますか?」

「なるべく二人で挑める奴がいいね」

「はい」


 話がまとまったら二人してクランを出る。

 セドーイの街は本日も活気に満ちている。

 開拓率はまだ40%と高くもないが、武器や防具などの発展が序盤に比べて大規模になってるのも人々が入れ込む大きな指標だろう。

 そんな市場を見回しながら歩き、そして語らいながらあれなんて良さそうじゃないかとその場に行く。


「農業体験ですか……たしかに普段からお世話になってるけど、どのように作られるのか詳しく知りませんね」

「僕もです。これを機に学んでみたらどうだろう?」

「ですね。もしかしたらお野菜がもっと好きになるかもしれません」

「普段から君の野菜料理をいただく機会がないのでなんとも」

「む! では次回はとっておきのを用意しておきますので覚悟してくださいね? 実はちょっと引かれるくらいの野菜マニアでして」

「それは楽しみだ」


 野菜マニアなのに野菜がどの様に出来上がるのか知らないのはたしかに致命的だな。

 僕は野草や薬草の生態系なんかには興味は向くが、たしかに野菜に生態系には詳しくない。

 すでに着手していた農家の人が居たので、僕はそれ以上邪魔することができなかった。


 野菜を作るにはまずは畑を作ることから始まる。

 畑づくりとは、調薬で言うところのスターターキットだ。

 道具が不出来だと、薬品の出来上がりも悪くなる。

 なのでここを適当にやれば、後からどれだけ愛情をかけて育ててもいいものはできないと言われた。


「センパイ、土を掘るの手慣れてません?」

「素材採取の一つに良質な土も含まれるからね。物によっては結構深く掘らないと採取出来ないのもあったし」

「あー……そこまでの情熱をかけないとできない物だったんですね」

「だからうぐぐいすさんも一緒に頑張りましょう? スコップの握り方のコツとか教えますよ?」

「お願いします」


 うぐぐいすさんの飲みこみは早かった。

 最初こそ手間取った土掘りも、コツを掴んだらあっという間に物にする。

 まるでスポンジが水を吸収するが如く、様々な知識を吸い上げていく。流石にそれだけでプロに追いつくわけではないけど、農業体験を始める前までのどこか達観した観測者の様な瞳はしていなかった。


 今はただ、目の前のことに一生懸命に取り組んでいる。

 開墾は地味な作業の連続だ。

 土を掘ったら根を張る範囲を見越して砂利などの撤去、土をよく混ぜて空気を含ませる。肥料はその後混ぜ込んで、形を整える。

 土に栄養を含ませて寝かせてやることで根付くのを早くさせる目的があるのだ。


 逆に栄養素を含ませすぎると雑草が繁殖しかねない。

 野菜の育成は常に雑草との戦いだ。

 そいつを放置しておけば、本来だったら野菜に回すはずの土の栄養が雑草にまわってしまうから丹念に処理しなくてはいけない。


 そして野菜が出来上がるまで、まるで赤子を世話する様に毎日水やり、草刈りをする。お日様をうんと浴びせ、浴びせすぎてもアレなので日除けを作ったりと野菜を植えてからも仕事が多くて大変だ。


 しかし二人で手間隙をかけて出来上がったものを口に入れる喜びは一入だった。

 収穫まで早過ぎるって?

 そこはゲームだからね。

 肥料やら野菜やらが現代日本と違い過ぎるんだ。

 良くも悪くも品種改良の結果としか言いようがない。

 

 ちなみに二人して野菜を持っていったシェフ曰く、凡作らしい。

 本物の農家さんから比べたらたしかに凡策かもしれないが、僕たちからしたらかけがえのない我が子と言う感覚なので、たとえ凡策でも大事に味わった。


 ◇


 そしてリアルでも、彼女は家庭内栽培に着手する。

 観察目的で彼女のお部屋にお邪魔すれば、ちょっと目を疑う光景が玄関から漂っている。

 僕たちの住むマンションは基本的に3LDK。

 部屋は三つにリビングとキッチン、トイレとお風呂、洗濯を干すベランダからなっている。

 てっきり日当たりのいいベランダで栽培してるのかと思いきや、玄関に入るなりプランターがお目見えするあたり常識をかなり逸していた。


「狭い上に散らかっていますがどうぞ!」


 年頃の女性の部屋と聞けば、もっと想像力を掻き立てる何かが転がっている物だろうに、玄関から廊下、室内に至るまでプランターがところぜましと置かれているのには軽い目眩を覚えた。

 色気なんてあった物じゃない。

 一体彼女が野菜作りにどうしてそこまで掻き立てるのか、僕にはわからないでいる。


「なんて言うか、壮観だね?」

「一応室内にあるのは日光を浴びなくても育つもやしとかです。知ってました? もやしって大豆からできてるんですよー」


 何というか口を開けば野菜の蘊蓄を語りたくて仕方ないといった感じだ。

 本人をして引くほどの野菜マニアという意味がなんとなくわかった気がする。


 そして彼女の手料理を披露してもらった。

 それは……


「野菜スティック……なんだ」


 普通ならば食感を活かしてフライにしたり茹でたりするのだが、彼女は日干しして乾燥、または生で直接食べさせるのに重きを置いていた。


「あ、これ美味しい」


 それは人参だった。

 天日で干してあるとは言え、ほぼ生の様な食感。

 カリッとした噛みごたえ。中はほんのり水気が多くジューシーで。


「ですよね、美味しいですよね? 私のお友達は初見で結構距離を置いてしまって。良かった、明斗さんは気に入ってくれて」

「僕は毒でもなんでも味見するから。美味しければ多少見た目が悪くても気にしないよ」

「それはそれで少しショックですが、野菜はこうやって食べた方が絶対美味しいんです。そりゃ、お料理ができた方が最高ですけど。一人でいると自分の分だけならこれでいいやってなってしまって」

「でも流石に人参は手作りではないよね?」

「流石にプランターで作れるのは手のひらサイズのものに限ります」


 もやしが手のひらサイズか? というのはさておき。

 普通スーパーで手に入れる野菜は専業農家さんからお買い上げする様だ。個人での消費だからあまり大量には消費できず、最終手段として天日干しで日持ちを優先した。と言うのが彼女が野菜スティックにハマったきっかけだそうだ。

 それを機にいろんなプチ野菜を育てては枯らしているらしい。

 玄関からところぜましと並ぶそれらは惨敗した結果だと言う。

 日差しが強すぎるのが問題だったとかで室内で保護してるのだとか。

 見るからにしおれているのとかあるので、やはり専門知識のノウハウはないみたいだった。

 ないのに創作意欲だけはあるのが厄介なのか、なまじお金が有り余ってるからなのか。彼女の部屋は見渡す限りプランターで埋め尽くされている。

 これが女性の部屋でいいのか? 

 僕が言うことではないけれど。


「取り敢えず、見込みなしの子達は片付けてしまいましょう。清掃会社を手配しますね?」

「なんだかトラブルに慣れてません?」

「実は以前勤務先で似た様な案件を請け負った事がありまして。流石に業務外過ぎると声を上げそうになりましたが、請け負った以上は仕事ですのでテキパキと処理しましたね。そこで何人かと名刺交換して現在に至ります。……と、一件来てくれる場所がありました。今のうちにまとめちゃいましょう。処理するのは土だけでいいでしょう!プランターは洗えば再利用できますから」

「うぅ、何から何までお世話になります」


 清掃会社の手配後、二人でネットスーパーを覗く。

 こんな深夜に空いてるお店はないので、買い物は基本的にこれらに頼ることになるのだ。

 

「では今度から交換日記ならぬ、交換プランターでもしましょうか? 二人で世話して育てたら、一人で悩む必要もなくなりますし、話題にもなります。どうでしょうか?」

「明斗さんがご迷惑でなければ」

「僕からの提案ですよ?」

「ふふ、そうでした。ではよろしくお願いします」

「こちらこそ、ふつつか物ですが」


 まるで結婚の前の挨拶の様でお互いに顔を見合わせては吹き出した。


「なんだかおかしな感じでしたね」

「ええ。でも、お付き合いしてるんだからこれくらいは勘弁してもらえたら」

「では、どんなのを育てましょうか?」

「僕も素人なので初級者向きのでお願いします。育て方は色々調べてみます」

「ではこちらを手配しておきますね?」


 ネットスーパーで種を購入して、配送されるのを待つ。

 二人して夜型なので、なかなか外に出る機会はないけど、こういう楽しみぐらいは残しておきたい。


 まだ付き合いたてで想像もできないけど、いつかお互いに許せなくなる時が来るかもしれないからね。

 そんなことがない事を祈るばかりだけど、もしなった場合の布石として……この共同作業が不和を解決してくれると信じたい。


 翌日、昨日の片付け作業を終えてからと言うものの千枝さんがいつも以上にソワソワしていた。

 どうやら今日の作業を楽しみにしてくれている様だ。


 あまり業務をそっちのけにしないでいただきたいが、荷物が届くのを待ち焦がれるのは僕も同じだった。

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