戯曲「人間は少し不始末」

梢はすか

Chapter 1

一月三日深夜のコンビニ。

ヤオが店の外で上着を着てたばこを喫っている。

入店音。セキが店内を走ってきてレジに入る。


セキ「いらっしゃいませー。七七番、はい。(背面の棚から七七番のたばこを取り、バーコードを読み取る。)五七〇円になります。こちら光りましたらタッチをお願いします。(会計音。)ありがとうございましたー。」


セキ、七七番のたばこを補充しようとして在庫切れに気が付く。


セキ「あれ、」


ヤオが休憩から戻ってくる。


ヤオ「戻りましたー」

セキ「ヤオさん」

ヤオ「はい?」

セキ「日本の喫煙者の数はさ、二〇年前の半分まで減ってるんだよ」

ヤオ「はあ」

セキ「でもね、でもなんだよ。今もコンビニの売り上げの四分の一が、たばこの売り上げによって、支えられているんだよ」

ヤオ「それ、パレートの法則」

セキ「なんだっけそれ」

ヤオ「顧客全体の二〇パーセントが、売り上げの八〇パーセントを生み出すこと」

セキ「さすが、経済学専攻」

ヤオ「働きアリの法則ともいいます」

セキ「あー、絶対サボるアリが一定の割合でいるっていうよね」

ヤオ「なんですか急に」

セキ「ヤオさん。単刀直入に聞くんだけど・・未開封の七七番、持ってない?」

ヤオ「どうして」

セキ「いや、在庫切らしちゃったみたいなんだけど。そろそろ来ると思うからさ、いつものほら、タクシーの」

ヤオ「タクシードライバーの女の人」

セキ「そうそうあの、タクシードライバーのお姉さんがいつも来るでしょう、七七番とコーヒーレギュラー買いに」

ヤオ「今日来るかは分からないですよ、新年だし」

セキ「なーんか、来る気がするんだよね、すごく」

ヤオ「・・」

セキ「こんな正月の深夜一時二時まで働いてさ、はあ一息つくかって来店されるわけじゃん。それなのに「売り切れです」って俺は言いたくない。新年早々がっかりしてほしくない。だからさ、」

ヤオ「それはセキさんの想像ですよね」

セキ「まあ、そうだけど・・。他の人が買いに来るかもしれないし。あと、コンビニは欠品NGだから、業界のルール的に」

ヤオ「セキさん、あのタクシードライバーが来るの楽しみですか」

セキ「そういうんじゃないよ」

ヤオ「ウィノナライダーに似てるって前言ってた」

セキ「言ってないよ」

ヤオ「言った」

セキ「言ってない。いや言ったかもしれないけど、そうじゃなくて。タクシードライバーのお姉さんは、うちの売り上げを支えてくれるロイヤルユーザーなんだから。欠品でお店の信用をなくすようなことがあってはならないのよ。だからお願いします。たばこ譲ってください。倍にして返すから!」

ヤオ「わたしのたばこを、ウィノナライダーにですか」

セキ「ウィノナライダーじゃない、ロイヤルユーザー」

ヤオ「ウィノナライダー似のロイヤルユーザーに、わたしのたばこを」

セキ「ちがう、タクシードライバーでロイヤルユーザーのお姉さんね」

ヤオ「・・来たら渡します」

セキ「ありがと、恩に着ます!」

ヤオ「というか、在庫切らしたのはわたしたちの過失ですから。セキさん連休だったのに、シフトの穴埋めも入ってもらって」

セキ「ああ、それは全然。店長がバイクで転んじゃったんだから仕方ないよ。それに、この正月休みも、店長が「たまには帰省して親に顔見せろ」ってしつこいから折れたけど、元々取るつもりなかったし。だからこうなって俺的にはプラマイゼロ」

ヤオ「帰りたくないんですか」

セキ「んー、まあ、そうかも。中国は春節だっけ。ヤオさんも帰るの?」

ヤオ「帰らない。WeChatで十分」

セキ「そっか」

ヤオ「ドリンク補充してきます」

セキ「あ、お願いします」


ヤオ退場。セキ、売り場に出てフェイスアップ作業。

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