第伍話 退所

 中学に入学すると、睦基の頭の中は一人の女の子と複数の人々が現れた。

 その女の子は六歳児のももが居たのが分かった。時々、夜遅くに何が原因か分からないが、泣き出すことがあった。他の人たちは声は聞こえるも姿は見えず、不安がってるように感じた。桃とその人たちは高校に入学し、大学生になっても存在した。

 

 そのほか時折、丈は万引きをしていた。それも高価な文房具やパソコン関連品等を。そして、それを売り捌き、結構な金額を銀行に貯金していた。

 高校を卒業する頃、すなわち、施設を退所する頃には、一〇〇万円以上の貯金が出来てた。

 

 〝丈、盗みはそろそろ止めなさい〟

 〝あぁぁ、金は必要だろ、人を傷つけてないから、いいんじゃねぇ〟

 

 歌音は丈を叱った。

 

 〝うん、もうここを出れば、アルバイトできるんだから、必要なしね〟

 〝そうだな、盗みは潮時だな〟

 

 レイと一文字も歌音に同意した。一方、丈はそれ以来、静かになった。

 

 睦基の高校の成績は優秀で、指定推薦で私立大学へ入学金と学費免除で入学できた。

 

 〝睦基、医学科は僕も勉強が必要だから、これまでのようにはいかないよ、一緒に勉強していこうな〟

 

 一文字は睦基にとって、兄のような存在で勉強の仕方や時には一文字自身がテストを回答することもあった。しかしながら、医学を学ぶためには、これまでよりも自覚を持つよう励ました。

 

 そして、施設を退所するに当たって、男子寮で生活することになり、その寮の費用は貸付タイプの奨学金で賄うことにした。

 

「正田君、大学合格おめでとう、君のような真面目に勉強に取り組む子は初めてだったんだよ、少し心配になる時もあったけど、大丈夫だよ、良いお医者様になるんだよ」

 

 施設長をはじめ、職員たちは喜んでくれた。全員が笑顔だった。

 睦基はその表情をとても嬉しく感じたが、上手くその感情を表に出せないでいた。

 

 結局、施設では友達を作ることはできなかった。いや、作らなかったということが正しいであろう。でも、歳下の子たちには優しくしてあげられた。歌音やレイ、一文字がそうさせたのだ。丈だけは、そんなことに一切、関わらなかった。

 

「長い間お世話になりました。先生方のおかげで、沢山勉強することができて、健康に過ごせることができました、この御恩は一生忘れません、本当にありがとうございました」

 

 施設を後にする時、歌音とレイ、睦基が同時に挨拶をして、満面の笑みを初めて見せることができた。

 

 続 次回、第陸話 気づき

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