悪女と深紅の愛の薔薇

ひゐ(宵々屋)

前編

 とある国の、とある街。民から搾り取れるものを搾り取り続ける、貴族がいました。

 ものも、実りも、お金も、時に家族すら奪う、心ない一族です。

 その貴族の一人娘も、心ない娘でした。


「ちょっと! 紅茶、渋いじゃない!」

「しっかり時間を守って蒸したのですが……」

「うるさい! 死になさい!」


 使用人のちょっとしたミスも許さない娘です。


「何よこのドレス! こんなものを着ろっていうの!」

「お嬢様、こちらはお嬢様が以前に選んだものでして……」

「あたしが間違えたっていうの! 失礼ね! 死になさい!」


 死になさい、といわれた使用人は、屋敷の中庭で首を切り落とされてしまいます。

 一族の者は、皆すぐに使用人や民に死を言い渡しました。中でもこの娘は、本当にちょっとしたことでも「死になさい」と口にし、簡単に人の命を奪うものですから、皆に恐れられ、憎まれていました。

 使用人や民は、一族には逆らえません。とにかく一族に関わらないことが、命を守る秘訣でしたが、屋敷の使用人として召し上げられてしまえば、それはもう、理不尽な死を決定づけられたようなものでした。


「特に娘には気をつけるんだよ、絶対に関わってはいけないよ」


 それでも人々は、家族が無事に戻ってくるよう、祈ります。


「あの娘はすぐに機嫌を損ねるという……人の心も、血も涙もない、恐ろしい悪魔だそうだ」


 しかしそうして、いったい何人の使用人が、無事に家族の元に戻ったのでしょうか。

 屋敷で殺されてしまえば、その死体はどこかへ捨てられてしまうというのに。きっと、獣の餌になっているでしょう。

 屋敷の中庭、は常に血に染まっていました。血の匂いが居座り、決して薄れることがありませんでした。


 * * *


 ある日のこと。


「あら、こんなところに芽が出ているわ」


 それは、一族の娘が「シーツが十分に洗えなかったから」と使用人の一人を死刑にした時でした。

 首をなくした使用人の体から噴き出る血。その血を浴びる黄緑色を、娘は見つけたのでした。


 正体は小さな芽。黄緑色は、あっという間に血色に染まりましたが、ぽたぽたと垂れていけば、再び黄緑色が顔を表します。

 その様子に、娘は不思議と、苛立ちを覚えませんでした。いつもなら「生意気ね!」と声を上げるのですが。

 ただ、深紅の中に立つ黄緑色が、眩しかったのです。まるで宝石のように見え、また自分に向けて微笑んでいるようにも見えたのです。


 ――一族の者は、いつもみんな苛々しているようだったのに。使用人達も、常にびくびくおどおど、時にこちらを睨むと言うのに。


 けれどもこの娘は気分屋です。いつ「うっとうしいわねぇ!」と声を上げても、おかしくはありませんでした。芽に気付いた娘を見た使用人達は、それはひどく恐れました――爆発が後回しになっただけなのですから。その爆発に巻き込まれては、ひとたまりもありません。

 とにかく娘に近づかない。それからあの芽にもさわらない――皆、びくびくしながら日々を過ごします。


 一方娘は、使用人に死を言い渡す度に、血を浴びて揺れる小さな芽のことを、徐々に気にするようになっていました。深紅を浴びてゆらゆらと揺れる様はどこかかわいらしく思えてきたのです。

 そしてこんな血なまぐさい場所から生えた芽は、どのように成長するのでしょうか。

 いままで手に入らなかった何かが、手に入りそうな気がしました。


 そんな芽のある生活が始まって、しばらくした頃です。

 その日「足音がうるさかったから」という理由で、また一人使用人が頭をなくしました。黄緑色の芽はまた鮮血を浴びて、ゆらゆらと揺れます。最初に比べて、いくらか成長してきていました。黄緑色も少し濃くなり、エメラルドのような緑色に変わりつつあります。

 そのエメラルド色の上に、頭をなくした死体が、どさっ、と。


「ちょっと! 何するのよ!」


 死体を投げ捨てたのは、別の使用人でした。思わず娘は、血に染まった土の上に走り出しました。汚れるのもいとわず、死体を蹴ってどかします。


「あの子はどうなっちゃったのよ!」


 ――死体がどかされた深紅のカーペット。そこに、緑色の芽が横たわっていました。

 娘の唇が、ふるふると震えます。大きく開いた瞳は、揺らめいて……。

 しかし、そこでひょこ、と。

 まるで折れ目が戻るかのように、芽が立ち上がりました。風にふわふわ揺れます。


「……よかった」


 彼女のその小さな呟きは、誰にも聞き取れませんでした。

 ――何人もが殺されたこの地に、芽が出たように。

 冷酷非道な娘の心にも、小さな愛が芽生え始めていました。


 娘にとって、小さなこの芽は友人となりました。

 娘にとって、初めての友人でした。

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