3.俺はバカだからよく分からないけど

「オマエ、いい加減字ィ読めるようになれよな……」

「返す言葉もございません……」


俺とジェーンは遅い朝食を取った後、めぼしい依頼が取られきった依頼掲示板を見回していた。

この龍世界ドランコーニアに、冒険者への依頼が尽きることは無い。


「オレがわざわざ教えてやってんのに、このポンコツな頭にはちっとも知識が入っていかないのはどういう了見だ? あ?」

「ごめんよぉ……」


大変申し訳ない。

申し訳ないけど全然頭に入ってこないんだ。


「謝罪じゃなくて誠意を示してもらいたいんだけど?」

「悪役のセリフだぞそれ……。 あ、で、でも自分とジェーンの名前の字はちゃんと覚えてるし、書き読みもできるぞ!?」


そう、ポンコツの頭でも何とかそれくらいは覚えられた。

相棒の名前は大事だからな。


「はぁっ!? ……自分の名前はともかく、オレの名前よりももっと有意義な字を覚えろ!」

「えぇ? ほらっ、依頼受ける時に俺がジェーンの名前を書いてあげたりできるだろ?」

「オマエのミミズがのたうち回ったような字で書くよりは、オレが書いた方がいいだろ」

「それはそうだけどさぁ……」


酷い。

事実だけどもうちょっと優しい言葉で罵倒してくれ。


「あんまりジェーンばっかりに頼り切りなのもどうかと思うし、自分でできることはやりたいんだよ」

「そう思うならもうちょっと戦闘以外でも頭を使えるようになれ」

「うぅ……馬鹿でごめんよぉ……」


本当、もうちょっと頭のいい人間になりたい。

せめてジェーンの10分の1くらいの脳みそが欲しい。

ポンコツの俺に比べてジェーンはとっても賢い。

物知りだしよく機転が利く。

金銭の計算も早いし、貯蓄もできる。

あったらある分だけ使ってしまう俺ではできないことだ。

この前はジェーンへのプレゼントのために何とか頑張ったけど。


「……ったく、仕方のない奴。オレと組む前はどうやって生きてたんだオマエ……」

「どうって……う~ん、割と適当に生きてたなぁ」


そう、とっても適当だ。

生きるためにモンスターと戦っていたできることをしていただけで、それ以外には特に何も考えていなかった気がする。

ジェーンに会う前はただ必死だったからな。


「分からないことがあれば周りの人に聞いてたし、できないことがあればできる人にお願いばかりしてたよ」


本当、俺一人では何にもできない。

周りに助けられてばかりだ。

その分俺は周りを助けられるようになりたいと常日頃から思ってる。


「……わざわざ付き合ってくれる人がいてよかったな。なんの見返りもなく他人を助けるようなヤツなんて今時少ないぞ」

「あぁ、分かってる。……だから、ここに来て初めての頃はびっくりしたんだよな。ここらへんの人達はみんな良い人ばかりで」


まるで天国にでも来たのかと思った。

天使みたいにみんな優しくて、みんな親切だ。

もちろん中にはそうでない人もいるだろうけど、それでもこの街では善良な人が多い方だと思う。

俺に  する人はいないし  をさせられる必要もない。


「……ま、ここら辺の治安は安定してるしな。心に余裕があれば他人に向ける優しさだって生まれるだろ」

「よく分かんないけど、そういうもんかなぁ」


じゃあ俺の生まれたあそこは心に余裕がない人が多かったんだろうな。

ジェーンの言う事だ。

きっとそうなんだろう。


「そういうもんだよ。……ん、これがちょうどいいな」


ジェーンが小さな手でひらりと依頼掲示板から一つの依頼書を抜き取った。

当然のごとく俺は依頼が読めないので、ジェーンに頼るしかなかった。


「どういう依頼だ?」

「クロライトの迷宮のモンスター討伐。また迷宮奥の鉱脈に沸いてるから倒してほしいんだと。最低20匹からだな」


クロライトの迷宮。

クロライト山の近くに出来ている迷宮だ。

ジェーンが言った通り、迷宮奥に鉱脈があるので必然的に鉱夫の出入りが増える。

迷宮奥にあるのでモンスターも良く沸く。

なので当然、討伐依頼も良く出るのだ。

これまでにも何度か受けたことはある。


「クロライトか……。確かそんな強いやつはいなかったよな?」

「オレもオマエも片手間で対処できるようなヤツばっかだな」

「よーし、それじゃあサクッと終わらせようぜ」


依頼決定。

今日の冒険も、俺とジェーンなら楽勝だ。


「だな。今日はさっさと終わらせて行きたいところがあるんだ」


おや、珍しい。


「へぇ、どこ行くんだ?」

「秘密」


おっと、秘密ときた。

ジェーンには秘密事項が多い。

昨日の、実は女だ事件もそうだけど、他にもいろいろと謎はある。

気になるっちゃ気になるけど、昨日みたいにジェーンの意思で話してくれればいいと思う。

どんな秘密があったとしても、相棒であることには変わりがないのだから。


……いや、それよりも。


「一人で大丈夫か? 迷わないか?」

「迷うかっ!! いつまで昔のこと引っ張り出してんだ!」

「いや、結構最近も迷って──」

「うるせーっ! もうほらさっさと行くぞッ!」


ジェーンは結構ドジを踏むので心配になる。

よく転ぶし、頭をぶつけるし、迷子にもよくなる。

地図通りに進んでたと思ったら上下逆、なんてことも。


「あーっ、待てってば。あんまり走ると転んじゃうぞ?」

「子供かっ! オマエ、オレのこと子供扱いしてるだろ!?」

「や、結構ジェーンってそういうとこあるし……」


甘いもの大好きだし、ふとした時に子供っぽい反応をする時あるし。

そういえば、昨日見たジェーンの本当の姿は結構幼かった……と思う。

15才おとな以上ではあると思うけど、彼女は一体何才なんだ?


「オレはもう成人し15をこえてるッ! 結婚だってできるんだからなッ!」

「ちょっ、ジェーンさん声おっきいから……」

「よく転ぶのだって胸で下がもがーーーッ!!」

「あーっ! ほらほら! それ秘密のやつだろ!」


ジェーンの口らしき箇所を押さえて無理やり黙らせる。

自分から秘密をバラしてどうするんだこの子は……。

っていうかよく転ぶのは胸のせいなのか。

体形がローブで隠されてるのでイマイチ……うぅん?


「むぐ~~~ッ!」

「はいはい落ち着いてー。息吸って~吐いて~」


興奮したジェーンを何とか宥める。

こういうところも子供っぽいんだよなぁ……。


「……落ち着いたか?」

「はぁ……はぁ……手ぇ放せ」

「おっとごめんよ」


慌てて手を離す。

そういえば、ジェーンは女の子だ。

こんな気軽に触れちゃいけなかった。

仲間と言えど男に肌触られていい訳ないよな。


「…………」

「ご、ごめん。……怒った?」

「別に」


機嫌悪いときのやつだこれ。

こういう時は時間を置くに限る。


「あー……そうだ、俺とりあえず依頼受けてくるよ! ほら、座って待っててくれ!」


誤魔化すように俺はジェーンの手から依頼書をするりと奪い取ると、そのまま受付へと足早に向かった。

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