第22話 弟が可愛い

「あぅー」


リナリアと婚約してから数ヶ月後。


我が家の新しい家族がついに生まれた。


男の子で、名前はフリート。


私の初めての弟であるフリートは……控えめに言ってめちゃくちゃ可愛かった。


「よしよし、お姉ちゃんですよー」


きゃっきゃと、嬉しそうに笑みを向けてくるフリートは、人懐っこくてお父様もお母様もお世話をする使用人さん達もその愛らしさにやられていた。


跡取り息子であるフリートは、お父様の跡を継いでアンスリウム公爵家の当主になるけど、私もお姉ちゃんとして出来ることは手伝いたいものだ。


「ふふ、カトレアは良いお姉様ですね」


フリートを抱っこする私に微笑ましい視線を送ってくるお母様。


私の時は、あまりお世話をしてあげられなかったので、今回こそはと張り切っているようで、一緒の部屋でなるべくお世話をしているらしい。


お母様ってば、凄いけど体を壊さないか少し不安でもあります。


「う〜……」


なんて思っていたら、少しぐずりだすフリート。


さっきまでご機嫌だったのにこれ如何にと思っていると、お母様はゆったりと立ち上がった。


「お腹が空いたようですね。カトレア、フリートをこちらに」

「はい、お母様」


優しくフリートをお母様に渡すと、お母様はフリートにお乳を与え始める。


懸命に飲んでるフリートも可愛いけど、母性的な笑みでそれをしているお母様は凄く良かった。


慣れたようにゲップをさせてから、おしめを替えて寝かしつけたお母様の手腕は、とても少し前まで経験値が低かったとは思えないほどに洗練されていた。


お母様ってば、フリートが生まれてからそんなに経ってないのにもう慣れたのかしら?


「お母様、凄く慣れてますね」

「そうかしら?でも、貴女の時にはあまりやってあげられなかったので、今でも後悔してるくらいですよ」


私の転生前の二人は、忙しくすれ違いも多かったのでどうしたって私に構うゆとりはなかったのは仕方ないとは思うけど、お母様はそれにまだ罪悪感を感じているようだった。


まあ、もし二人がラブラブにならずに乙女ゲームルートを辿れば、私は立派な悪役令嬢カトレアさんになっていたのは間違いないとは思った。


とはいえ、お母様やお父様の事情を知れば他にこうして家族円満になる方法は浮かばない訳でして、私としては仕方なかったとしか言えないことでもあった。


そんな訳で、お気になさらずと言いたいところだけど……お母様の様子を見てるとそれでは納得しそうもないのは明白。


ふむ……


「お母様」


私はお母様の手を握ると、優しく微笑んで言った。


「私は、お父様とお母様が大好きです。仲良くなったお二人が凄く大好きなので、フリートが生まれてくれて本当に嬉しいです。だから……これからも私の大好きなお母様で居てください」

「カトレア……」


少しうるっとしているお母様。


私のその笑みにくすりと笑ってから、ギュッと私を抱きしめるお母様は、凄く柔らかくて心地よかった。


「……貴女がそうして清く優しく育ったこと……私と旦那様はとても誇りに思ってます。だから、貴女はそのまま真っ直ぐ自分の道を進むのですよ」


どこまでも母性を感じさせるお母様は、本当に私の理想の母親像そのものなので、参考にしたいところ。


なお、ライナさんもほぼ同列一位でその辺は尊敬しております。


お母様もライナさんも、母性の塊でありつつ可愛いのでそういう愛され系を目指して……いえ、私には無理ね。


リナリアの方がむしろ似合ってるし、リナリアはきっと良き母親になると私は思っております。


子供に関してはそろそろ結果も出るはずだし……それを見てから堂々と計画を進めよう。


しばらくお母様が離してくれなかったけど、その温もりの心地良さに少しうとうとしてしまった私を誰も責めることは出来ないと思う。


お母様ってば、流石は私のお母様……最高です。





「お疲れだったのでしょうね」


お母様にしばらく抱きしめられていたのだけど、何も言わないでその状態だったので少し気になりつつも役得を堪能して、温もりを享受していると、お母様の規則的な寝息が聞こえてきて気がつく。


お母様、寝てしまったようです。


抱き枕の私は抜け出すのに苦労したけど、ライナさんに手伝ってもらってお母様をベッドに寝かしつけると、ライナさんはここ最近のお母様の頑張りを見てきたからか、優しく布団をかけていた。


「ライナさん、お母様もしかして……」

「はい、夜泣きもなるべくご自身で対応しようとしていましたね」

「やっぱりね……」


真面目過ぎるお母様は乳母の助けも借りつつも、なるべくフリートの世話をしたがったのだろうけど、赤ちゃんの生活サイクルに合わせるのは非常に大変なのでこうなっても仕方ない。


「リナリア、フリートを抱っこしてみる?」

「い、いいんですか?」

「ええ、将来のためにも必要だもの。それに……可愛いものは好きでしょ?」

「はぅ……」


将来=私との子供。


魔法があるからこそ、私は宣言する。


『リナリアと子供を作るぞ!』


無論、言葉にはしないけど、その為の準備は着々と進めている。


私は思った。


女の子同士でも結婚して、子孫を残してもいいのでは?と。


何を言っているのか分からない人は、きっと正しいのだろうけど視野が狭い。


魔法があるなら、それを活かせれば世界は広がる。


故に私は――不可能に挑むのだ!


そんな事を思いつつも、可愛いリナリアを愛でながら、赤ちゃんの抱っこの仕方を教える。


フリートはまだ首がすわってないので、きちんと手順を教えないといけないけど、ライナさんも流石は子持ちというかそうは見えなくても子を持つ親なので何かあったらフォローを頼めるので凄く助かる。


本当にリナリアとライナさんは最高の母娘であります。


「わぁ……可愛い……」


フリートを抱っこして、実に嬉しそうな表情を浮かべるリナリア。


その光景は微笑ましいけど、私は今まで気にして居なかった可能性を一つ見つけてしまい、二人に申し訳なくなる。


(可愛い弟と婚約者が想いあう絵面を邪推する私は心が汚れてるイケない子……)


将来、リナリアにフリートが惚れたり、リナリアが私ではなくフリートに想いを向けるという嫌な想像をしたけど、こんな素敵な場面でそれを思いつく私は本当に最低だと思った。


「カトレア様?」

「……何でもないわ。それよりも私の弟可愛いでしょ?」


気持ちを切り替える。


うん、それはそれだし、その場合は私に魅力がなかったという事なのでそうならないよう精進あるのみ!


「ええ、とても愛らしいですね。赤ちゃんってやっぱり可愛いです」

「そうね。私とリナリアの子供ならリナリアに似てきっと可愛くなるわね」

「そ、それは……むしろ、カトレア様のように上品でお淑やかになるかと」

「あら、そう思ってくれてるのね?」

「あ……はぅぁ……」


流れでリナリアを愛でると、いつもの可愛い表情を浮かべさせてしまった私。


ふっ、リナリアマスターの私にかかればこの程度朝飯前よ。


しれっと、フリートをライナさんが優しく引き取ってベッドに戻していたけど、リナリアはそれに気づいてないのが凄いと思う。


というか、娘が目の前でイチャイチャしていても平然としてしているとは……流石は私のお義母様だ。


将来はリナリアはきっとこんな風になるのかもしれないと、少し楽しみになる今日この頃。


私は今のままのリナリアも凄く好きだけど、大人びて母性が高まったリナリアも実に好みなので迷いどころ。


リナリアなら全てを許せるのだから、私は正しく病気になのかもしれない。


なるほど、これが恋か……罪深いものだ。






「お父様、宜しいですか?」

「……入るといい」


眠ってるお母様の前でずっとイチャイチャするのも悪いので、フリートを軽く愛でてから私はお父様の執務室に来ていた。


最近は前よりもお父様の元に積極的に来ているけど、お父様は私からの来訪にまだ慣れないようで、不器用がデフォルトでそっと添えてあった。


まあ、私としてはそこも可愛いとは思うけど、お似合いの夫婦なので末永くお幸せを願いたいところ。


そんな事を思い室内に入ると、机の上の書類の山がいつもより多く思えた。


「カトレア、何かあったか?」


心做しか少し目に隈が出来ているお父様。


それはそうか、名門公爵家に待望の嫡男が生まれた。


しかも、私という異質の後ならそのハードルは計り知れなく、きっとこの時期から縁談やらの打診が来てたり、お祝いもかなりの貴族から来て、それへと対処でも忙しいだろうし、普段の仕事を含めるとそれはもはやブラックとしか言えない真っ黒なスケジュールになっているはず。


「お父様にお願いがあったのですが……それよりも、まずはお父様の方ですね」

「……いや、気にするな。私は問題ない」

「ダメです。お父様にもしもの事があったら、私もお母様も生まれたばかりのフリートも悲しむんですから」

「むぅ……」


そう言われると拒否できないお父様に、私はオリジナルの回復魔法をかける。


気休め程度ではあっても、これでもうしばらくは仕事を効率よく進められるはず。


止めても無駄だし、私やジャスティスに出来ることも限界があるので、後でちゃんと休ませるためにも今は効率を上げるべきだろう。


「助かった、ありがとう」

「気休め程度ですけど、お父様のお役に立てれば幸いです。それで、お願いなんですが……」

「なんだ?」

「お母様が頑張りすぎてるので、今夜はお母様と添い寝をしてあげて欲しいのです。フリートは私と寝ますから」


二人とも頑張りすぎなので、お互いにお互いが回復するためにはこういう方法が最も手っ取り早いので、そう提案するとお父様はしばらく黙ってからポツリと返事をする。


「……分かった」


お父様としても、私の魔法で多少頑張れてもそろそろちゃんと寝ないと厳しいでしょうし、気持ちとしてもお母様と寝れるのは嬉しいので拒否はないとは思っていた。


私からの大義名分こそ、お父様には最も効果的なので是非ともこれからもイチャイチャして欲しい。


まあ、私が居なくても最近の二人は昔よりも互いを積極的に求めているので心配無用かもしれないけど、多少のお節介は娘としては当然とも言えた。


「では、お願いします」

「カトレア」


要件も済んだし、邪魔にならないうちに退散しようと思っていると、お父様が私を呼ぶ。


その様子から、近づけと言われてる気がしたので、大人しく傍に寄ると、お父様はその大きな手で私の頭をポンポンと不器用に撫でてから言った。


「……お前は優しい子だ」


ニッコリと言うには少し遠そうでも、お父様の作ったその笑みには萌え萌えと言いそうになってしまった。


お父様、いきなりは反則です……


数秒で離れた手の感触に少し残念に思いつつも、忙しいだろうし、ぺこりと頭を下げてから、私はお父様の元を辞す。


部屋から出ると、外にはジャスティスがおり、お父様に用事があったのに私とお父様の時間のために待っててくれたのが分かった。


「ジャスティス、今夜はお父様とお母様には夫婦の時間をプレゼントしたいの。協力してくれる?」

「勿論でございます」

「そう、ありがとう。あ、フリートは私と一緒の部屋ね」

「乳母も居るとはいえ、大丈夫ですか?」


夜泣きで起こされて、翌日に響くのを気にしてるのかもしれないけど、それは仕方ない。


「ええ、私も多少夜更かししたいし、将来のためにもね」

「そうですか。とはいえ、お嬢様も無理はなさらずに」

「大丈夫よ。私にはリナリアがいるもの」


なお、フリートを乳母だけで別室にて一夜をというのは無しであった。


勿論、頼りになる乳母だし信用してないという訳ではなく、単純にこれは私の気持ちの問題。


お母様が何がなんでも自室でフリートを育てるのに拘った中には、『幼い頃の私が1人で寂しかったのでは?』という疑問も恐らくある。


なので、そのお母様のためにもお母様が見れない今夜はくらいは私が弟を見ないとという、お姉ちゃん風を吹かせた結果であった。


不思議なもので、出来てみれば弟というのは凄く可愛いし、私のせいで将来苦労しそうなこの子を多少は支えたいとも思った。


まあ、一番がリナリアなのは揺るがないけど、家族も大切な私は少しワガママになってきてるのかしら?


とはいえ、せっかくなら尊い家族にも幸せにはなって欲しいという気持ちは多少なりとも持っていいと思う。


そんな訳で、ジャスティスの協力の元、お父様の負担を減らすために私も奮闘するのだけど、フリートの夜泣きは非常に元気で、弟が健やかに育ってる実感も持てて悪くなかった。


まあ、とはいえこれを毎日は多分心より先に体が死にそうだったけど……さり気なく、膝枕してくれたリナリアさんは天使だったと補足しておく。


うん、やっぱり私はリナリアが居れば無茶は出来そうに無いわね。


そんな事を思いつつ、また一晩のうちに絆を深めた私の両親は……実にニヤニヤものであったことは間違いなかった。


本当にお似合いですなぁ。



















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