第34話


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 カーデラン国は信心深い国だ。各地に教会がありそれを束ねるのが大教会。大教会は司教と聖女がその全てを取りまとめている。


 イーサンの母親サンシャは大教会の司教と聖女の娘として生まれた。愛らしい金色の丸い瞳に桜桃のような唇。髪はハチミツを溶かしたようなブロンド、それに白く透明な肌と華奢な身体は、まさしく聖書に出てくる聖女そのものだった。


 サンシャは物心ついた時から次期聖女として育てられた。神話の聖女はその聖なる力により海の魔物を沈めたとされているが、もちろんサンシャにそんな人外な力はない。ただ、父親の家系が代々司教であることが決め手だった。


 信心深い国の、さらにその頂点ともいえる環境で育った彼女は、いずれ母親の変わりに聖女として教会の仕事に携わると信じて疑わなかった。


 しかし、運命の歯車は狂い出す。


 当時の王太子、現国王が彼女に一目惚れしたのだ。すでに正室を持っていた王太子は一方的にサンシャを側室とすることを決めた。


 サンシャは、王家に嫁ぐのを頑に拒んだが結局は、求婚を受け入れた。いくら教会の力が強い国とはいえ、王太子の要求を拒むことはできなかった。


 最後の望みを託すように彼女は条件を出した。「三年しても子供ができなければ離縁してください」それが彼女の僅かに残った希望の光だった。


 しかし、その希望はすぐに風前の灯となる。婚姻の儀を終えてから、毎晩のように王太子は寝所を訪れたのだ。


 それは、サンシャにとって苦痛でしかなく何度も涙を流したが、次の日もその次の日も王太子は訪れる。当然、正室からのあたりは辛いものになる。サンシャが我儘を言って王太子を独占しているという噂がらさらに彼女を追い詰めた。


 結婚して半年。子供を身籠もった時サンシャは泣きくずれた。信仰上堕胎は禁じられている。日に日に大きくなる自分の腹を見ながら絶望の淵へと沈んでいった。


 そんな彼女にさらに追い討ちをかけたのが、産まれてきた子供――イーサンだった。父親譲りの青い瞳と、母親譲りの金色の瞳。ベッドの上で産婆に抱かれた息子を見た彼女は絶叫した。


 自分の体内から出てきた海の魔物そっくりのその容姿に悲鳴をあげ、床に投げつけようとさえした。産婆が子供を引き離した後も、叫び続けやがて気を失った。



 イーサンは母親の愛情を知らずに育った。彼を見る母の目は冷たく冷え切っていた。幼い頃は母の手で何度も殺されかけ、それを見かねた国王になった父親はイーサンを止む無く幽閉したこともあった。そして前髪を長く伸ばして、目を隠すように命じた。


 イーサンの容姿を忌み嫌うのは母親だけではなかった。サンシャが王の寵愛を独り占めしていると思っている城の従者達の悪意はイーサンに向けられた。どこにいても悪意と軽蔑の目で見られた。


 ただ、異国からきた兄達の家庭教師だけは違った。黒い髪と黒い瞳を持つ広大な大陸からきた彼は、この国の宗教の信者ではないし、オッドアイの知識もあった。ただ、一教師ができることなど知れている。彼は兄弟たちにイーサンを恐れ迫害することの愚かさと、オッドアイの知識を与えた。


 それから国王に自分の母国にイーサンを留学させないかと申し出た。彼がいなければ、イーサンはいずれ実の母に殺されていただろう。もしくは自身の手で命を絶っていたかも知れない。


 イーサンは十五歳の時に船に乗り異国へと渡った。そこで彼は初めて異国の文化に触れる。その国では青や黄色の瞳が珍しく、興味深そうに彼の顔を見る人は多かった。しかしそこに侮蔑の色はないかった。ただ珍しい、それだけだった。


 自分を縛っていたのが、宗教によって植え付けられた価値観で、それは普遍的なものではないと知った時、イーサンは悔しくて泣いた。そんなもののために、今まで苦しめられてきたのかと、腹立たしく思った。


 それでも初めは興味本位の視線を避けるようにして暮らしていたが、ある時その国の皇族の子供が訪ねて来た。年はイーサンの五つ下。その子供は怖がることもせず屈託ない笑顔で、イーサンを外へと連れだした。


 初めてみる景色、食べ物、真っ黒な瞳の人々。イーサンを怖がることもなくただ、無邪気にしたってくる子供に初めて心を開いた。それからの日々は楽しいものだった。前髪を伸ばすこともやめ、身体を鍛え、勉学に励んだ。このままこの土地に骨をうずめるつもりでいた。


 それなのに、イーサンの意思とは関係なく公爵としてルシアナを治めることになった。イーサンは再び前髪を伸ばした。眼帯で兄と同じ青色の瞳を隠した。


 家族を持つつもりはない。自分と同じ目をした子供が生まれることだけは耐えられなかった。母親から忌み嫌われ、殺されかけ、周りからの悪意ある視線にさらされるのは自分だけで十分だと思っていた。


 そんな時ナディアに出会った。一人で生きていくと決めていたイーサンの胸に、熱い気持ちが芽生えた。自分と同じように傷つき、それでも運命を受け入れ生きてきた彼女を守りたいと思った。共に生きたいと願う抗えない欲が芽生えると同時に、自分の運命に巻き込んでよいのかと躊躇う気持ちがイーサンの中で渦巻いていた。

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