第8話

「ん…………」



朝日の眩しさで目を覚ます。いつの間にか寝ていたらしい。周りを見渡すと誰もいない。ここはどこだろう。少なくともオスナン帝国ではなさそうだ。こんな豪華な部屋を獣人なんかに使わせるわけないから。


もっと詳しく状況を確認するため体を起こすとふらりと目眩を起こしそのまま倒れてしまった。体に上手く力が入らず起き上がれそうもない。



(……お腹空いた)



私は一体どれくらい寝てたのだろう。1日?3日?わからないけど、何も食べていないから体が動かないんだと思う。でも、食べ物なんてない。あるとしたらサイドテーブルにある水だけ。これは勝手に飲んでもいいものなのか……?


首を傾げているとドタバタという音が聞こえてきた。誰か来たみたいだ。足音はどんどん近付いてくる。扉の前で止まったと思った瞬間、勢いよく開いた。大きな音がして思わず体が震え尻尾が膨らんだのがわかる。大きな音は苦手なのだ。


入ってきた人は私を見て驚いているようだった。目が合うとその人が慌てて駆け寄ってくる。そして私の肩を掴んだ。その衝撃で少し頭が痛くなる。



「目が覚めたか!?」



声を聞いてハッとする。聞き覚えのある声だ。誰の声だったっけ……。思い出そうとするも頭痛が激しくなり考えることができなくなる。


すると突然抱き上げられた。抵抗しようにも力が出ずされるがままになるしかなかった。連れていかれた先は応接室のような場所でソファーの上に降ろされる。目の前には料理が置かれているテーブルがあった。美味しそうな匂いが鼻腔を刺激し無意識に尻尾をゆらゆらと揺らす。


隣に座った男は無言でスプーンを口元に持ってくる。私は反射的に口を開けてしまった。口にスープが入ると久しぶりのまともな食べ物の味に涙が出そうだ。今までは食事抜きは当たり前だったし、与えられたとしても腐りかけのものだったりした。そんな私の様子に気付いたのか男が慌てる気配を感じた。



「どうした!?どこか痛むところでもあるのか?」



心配してくれる男の言葉を無視して黙々と食べる。とても優しい味付けだが今の私にとっては塩分過多な気がしないでもない。全てを食べ終わる頃には空腹感は無くなっていた。



(……ごちそうさまでした)



無言で手を合わせると全て食べ切ったのが男は嬉しかったようで笑顔を浮かべる。



「食欲はあるようでよかった……」



安心した様子の男を見る。夜空に浮かぶ月のようなサラサラとした銀髪に一見冷たそうに見える碧眼アイスブルーの瞳は今私を見つめ眩しそうに目を細めている。年齢は20代後半といった感じだろうか。整った顔立ちをしているため女性受けが良いと思われる容姿である。服装は白いシャツに黒いズボンを履いておりシンプルかつ清潔感のある装いだ。



「私はルシアン。ルシアン・ラウル・リスティア、リスティア王国の王太子で君の番だ」



そう私の番。……と言われてもピンと来ない。そもそも番とはなんなんだ?存在は知ってるけどオスナン帝国には獣人関連の本が全くなかったから詳細がわからない。私が首を傾げると彼は困ったように眉を下げた。



「一週間も眠っていたんだ。心配したんだぞ」



……だからお腹が減っていたのか。納得していると彼がまた喋りだす。



「愛しい番、君の名前は?」



名前……。あれ?これどっちの名前を言うべき?美希?アメリー?うーん、なんか西洋っぽいからアメリーの方が自然だろうか。うん……そうしようか。



「……アメリーと申します、王太子殿下」


「そんな堅苦しいのはやめて、ルシアンと呼んでくれ。さぁおいでアメリー」


(えっなに……?)



隣で両手を広げて待ち構えているため、おろおろと視線をさまよわせて恐る恐る彼に近かづくとぎゅっと抱きしめられてしまい、そのぬくもりに体が固まる。



「っ…………」


「可愛いな、アメリーはとても可愛らしいな。夢みたいだ……私の番が腕の中にいるなんて……」



すりすりと頬を撫でられ困惑するしかないのだが、とりあえず落ち着かせようと背中に手を回してさすってあげる。するとさらに強く抱き締められた。ちょっと苦しい。でも、不思議と嫌な気持ちではない。むしろ心地良いと感じてしまうのは何故だろう……。不思議に思っていると彼の手が顎を掴み上に向かせられる。



「アメリー、キスをしてもいいか?」


「へ……」



いきなりをおっしゃっているのだろう、この人は。思わず間抜けな声を出してしまったではないか。



「いや、あの、その……」


「駄目か?」



捨てられた子犬みたいにしょぼんと耳と尻尾を垂らして悲しげに言われてしまうと断りづらいのだが、キスは初めてなのだ。じわじわと顔に熱が広がっていくのが自分でもわかってさらに恥ずかしくなって俯いた。尻尾が落ち着かないように小刻みに揺れるのがわかる。



「アメリー、私の唯一。もう離さない……」


「……ぇ……あっ!」



待ちきれなかったのか返事も待たずゆっくりと顔が近づいてきて、頭が混乱して思わず目を瞑ってしまった。唇に柔らかいものが触れてすぐに離れていく。目を開けて呆然としてしまう私。まさか本当にされるとは思ってなかった。



「……真っ赤になって……照れているのか?」


「えっ、あ、いや……その……」



もごもごと口ごもってしまう。だって……



「……初めてだったから……」



ぽろりと口から出てしまって慌てて口を塞ぐ。彼は目を見開いて固まってしまった。そして再びぎゅーっと力強く抱きしめられる。うっ苦しい……。



「すまない、嬉しくてつい力が入ってしまった」



解放されて咳き込む私を慌てて介抱してくれる彼。大丈夫だと伝えるとほっとした表情を浮かべた。彼が甘すぎて今度は糖分過多になりそうだ。なかなか顔から熱がひかず手で扇いでいると手を重ねられた。熱い視線を向けられてまたドキッとする。そんなに見つめないでほしいんだけど……。



「可愛い……愛しいよ、アメリー」


「ぅっ……」



心臓に悪い……。顔どころか全身赤く染まっているんじゃないかというくらい体温が上がったのがわかる。


そんな私を彼はとても幸せそうに愛おしそうに眺めるので私はとてもいたたまれなくなったのだった。

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