Side ガザード(2)

 問題が起きたのは深夜だった。


 森の奥から夥しい数の気配が此方に迫ってきているのを感じる。

 俺は即座に携帯用通信魔道具を起動し、ギルドに報告を入れる。


 予想していたことだが、せめて後一日待ってくれれば援軍が期待できたんだがな。


 将軍や王などの統率個体が居るゴブリンの群れの脅威度は一気に跳ね上がる。

 本来は森を彷徨うくらいしか能がないゴブリン達が、人間が集団を形成している『街』を明確に狙って進軍してくる。

 個々のステータスは低いゴブリンが、圧倒的な質量を伴った脅威へと切り替わる。


 幸い、俺のMPはほぼ回復している。戦神の一撃アレス・インパクトを叩き込めれば戦況を覆すことが出来るかもしれない。

 問題は、先の場合と違い、相手もまた臨戦状態だということ。スキル『隠密』を使ってもバレそうだよなあ。


 ということで、ギルドには俺の戦神の一撃アレス・インパクトを当てるサポートが出来る人材を要請しておいた。


 俺はその間、情報収集に努める。


 現状の街の戦力では、俺が相手をしないと厳しそうな将軍や王を見つけておくのが目的だ。っても、そういう別格の魔物の気配は濃密だから分かりやすいんだけどな。

 相手がこちらに敵意を向けているならばなおのこと。


 ……居た居た。

 四体の将軍と一体の王の気配が疎らに広がっているのを確認した。今のところ追加の王の気配は感じない。


 俺は確認したゴブリンの動きをギルドに報告した。




 ◇


「「よろしくお願いします!」」


 俺のサポートとして派遣されて来たのは二名。

 どちらもC級冒険者で、魔法使いの青年ユノと盾役の女の子ヴィオラだ。


「おうよろしくな。今回の作戦はゴブリンキングに俺の必殺技を当てることが目標だ。

 そのためのサポートとしてお前達を呼んだわけだが……何が出来る?」


 俺は単刀直入に問う。


「俺は回復・攻撃魔法を手広く使い、臨機応変な対応ができます。回復は【上級回復ハイ・ヒール】や【範囲回復ラ・ヒール】まで、攻撃は範囲殲滅及び単体C級魔物までの対処が可能です」

「わ、私は『挑発術』による敵意の集中と、ギフトを併用した『盾術』による耐久でB級までの敵なら数分は持ちこたえることが可能です! ですがゴブリンキング相手に何処まで出来るかは……分からないですすみません」


 説明と併せてステータスの開示が為される。

 想像以上に優秀だ。C級冒険者であっても、パーティで相手をすればB級に対処可能な奴と、パーティで対処してもB級には敵わない奴の二種類が居る。

 こいつらはメンバーにさえ恵まれれば十分B級を相手に出来る、C級上位の部類だろう。


「十分だ。現在の敵の分布だが……」


 俺は地図を広げて、気配察知を元にした敵の分布を伝えていく。


 作戦は単純だ。俺達は三人で一個のパーティとして動き、王が通るはずのルートでゴブリンの軍勢を迎え撃つ。

 俺はMPを温存しなくちゃならないが、ユノの範囲魔法と俺のステータスの暴力で雑魚ゴブリン相手ならどうにかなるだろう。

 将軍はスルーすることになるのは申し訳ないが、それは他のC級共に頑張ってもらえばいい。


 俺達は軍勢を迎え撃ちながら、常に王の位置を捕捉し続け、王の動きに変化があればそれに合わせて対処。そのまま来た場合、他の二人が敵意ヘイトを買っているうちに俺が戦神の一撃アレス・インパクトを叩き込む。それで決着だ。



 ◇


「――【爆裂エクスプロージョン】ッ!」


 ユノの放った範囲炎魔法が炸裂し、数十体にも及ぶゴブリンが吹き飛ぶ。俺は残ったゴブリン剣士や魔法使いを殺しに行く。

 コイツらはやはり優秀で、ヴィオラがユノの詠唱時間を稼ぎ、ユノがゴブリンを広範囲に渡って殲滅、俺が残った上位種に止めを刺すというルーティンが出来ていた。問題はユノのMP消費か。


「ユノ、魔力はあとどれくらい保ちそうだ!?」

「残り半分もないです!」


 それなら大丈夫そうだ。


 あと少しで王が来る。



「――!? なんだと……?」

「ど、どうしました!?」


 俺の様子を見てユノが声を掛けてくる。


「……ゴブリンキングの気配が消えた! 警戒しろ! 『隠密』を使える個体なのかもしれん!」


 俺の気配察知から急に王が居なくなった。

 もし『隠密』を使える個体なのであれば、その危険度は王の中でも上位と考えて間違いないだろう。もしかしたら戦神の一撃アレス・インパクトでもやりきれないかもしれない。


 そんな危惧が俺の中を巡る。


 その時、

『――その警戒は無意味ですよ』


 突如、女の声が何処かから投げかけられた。

 周囲を見渡すがそれらしき影はない。


 俺達を除いて周囲に居るのはゴブリン達だけだ。

 まさかゴブリンが喋っているわけでもあるまいし。


『こんにちは、5万ポイントの恨みを晴らしにきました』

「ごま……? なんのことだ」


 俺は正体不明の声に反応する。だが、やはり何処から声が聞こえているのか分からない。


『ああそれはこちらの事情なので気にしないでください。というか、今更何を気にしようとも無意味なんですけどね』

「何ですかこれ!?」

「ゴブリン達が此方に来れないみたいです!」


 ユノとヴィオラがそれぞれ驚愕の声を上げている。

 俺達の周囲はいつの間にか半透明の壁に覆われていた。


 ユノが放った攻撃魔法はそれによって阻まれ、ゴブリンに到達することなく壁に激突した。

 ゴブリンを迎え撃とうとしたヴィオラもゴブリンが此方に来れないことに気付いたらしく、驚いた様子だ。


 なんだこれは……。


 冒険者として長いこと活動しているが、こんな話は聞いたことすらない。

 そして、壁の外に居たゴブリン達は次々と姿を消していく。何処に行ったんだ……?


『それは罠部屋トラップゾーン。特定の条件を満たさない限り脱出不可能な空間です。

 ちなみにその部屋の脱出条件とは私が出題した問題に正解すること。誤答するごとにHPとMPが一割無くなる仕様なので気を付けてください』


 よく見ると壁には文字が刻まれており、『問題』という言葉の後に意味不明な数字と記号の羅列が続いていた。

 どうやら、ゴブリンに襲われないように助けてくれたってわけじゃなさそうだな……。


 俺は即座に全力で壁に向かって剣を振るが、ビクともしなかった。

 戦神の一撃アレス・インパクトを使えば壊せるかもしれないが、それは最後の手段だ。


「ちっ……それで、お前の狙いはなんだってんだ?」

『んー、大量殺戮……ですかね? とはいえ、貴方には私の大事なゴブリンキングがやられてしまったので、念には念を入れて後回しってことです。その後新たなキングを派遣したら逃げたことから察するに、二体連戦はキツそうなようですしね』


 コイツ、魔物側か……それも口ぶりから察するにゴブリンキングを従えるほどってことか。そして、更に追加で一体用意する算段があるようにも取れる。

 俺は自身の死を察して嫌な汗が背中を伝う。


「なんのために人を殺す……? 見たところお前は意志の疎通が取れるようにも見える。わざわざ人類に敵対してまで人を殺すメリットがあるとは思えんが。

 確かにその戦力があればあの街を滅ぼすことはできるだろう。だが、その後は他の街から派遣された強大な戦力が、お前達に報いを受けさせることになる。

 俺なんかじゃ比較にならないほど強力な奴らが世の中には大量に居るからな」

『いやーほんと。私も出来れば殺したくないんですけどねー、ほんとあのハゲの性格最悪ですよ』


 クソっ、コイツよりも更に上の奴が居るってことか? まさか魔王とかじゃねえだろうな……。

 いや、流石にそんなお伽話の存在が実在してるとは思いたくねえが。


『とか言っても分からないですよね。久しぶりの人との会話だからテンションが上がっちゃって……すいません。

 まあ、私の目的のためには結構な数の人間を殺さなきゃいけなくて……悪人だけに絞ってちまちまP《ポイント》を稼ぐことも考えたんですけど、ちょーっと時間がかかりすぎるかなあって』

「……」


 俺はこの謎の声を聞き流しながら、携帯用通信魔道具でギルドと連絡を取ろうとする。

 だが、一向に反応がない。


『無駄ですよ、この隔離された空間では外部との連絡は取れません。それこそ神でもなければ。

 言ったじゃないですか……もう何をしても無意味だと』


 だったら正攻法で脱出してやる。


 俺は問題を見る。

 次の関数f(x)を考える。

 f(x)=(cos x)log(cos x)-cos x……


 暗号だなこれは……。落ち着いて見てみても解ける気がしない。

 そもそも俺が達成できるような条件だったならコイツもこんな余裕を見せないだろう。


「……ヴィオラ、ユノを守って防御術を展開しろ」

「はっ、はい!」


 やるしかない。

 懸念事項は尽きないが、今を切り抜けなければ全てが消える。


「――【戦神の一撃アレス・インパクト】!」


 俺は全身全霊を込めた一撃を壁に向かって放つ。


 ――ギィィィィィンン


 耳を劈くような音が響き渡る。


『わあ、ルール無視の一撃とかズル……流石20万Pと言ったか――』


 壁が壊れると同時、女の声は聞こえなくなった。


 なんとか脱出には成功した。だが、問題は全く解決していない。戦神の一撃アレス・インパクトを使えなくなったが、それでも王を相手に出来るのは俺しか居ない事実は揺るがんのだ。


「急いで街に戻るぞ!」


 俺は二人を連れて街へ向かった。

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