一通り遊んで満足したのか、双葉は先に帰り、その後暫く、客足が遠目なバイトに精を出し……そして、夜。


 喫茶店“クロ”から我が屋への帰り道を一人歩みながら、一義はスマホを取り出した。


 そして、その画面――ロックを解除せず、待機画面を眺める。

 そこに写っているのは、幸子たんである。一義一押しの神アニメの主人公であり、一義の推しキャラでもある幸子たん(不憫な方)。


 それを眺めながら、けれど考えるのは別の事だ。


(待機画面に設定……するとオタバレに繋がるか)


 スマホの待機画面は人目に触れてしまう物だし、そこに浦川の自撮りがあったらなぜ一義がそんなモノを持っているのか、という話になってしまう。


 そうでなくともそもそも、背景にオタグッズが写っていたりもしたし、その写真がクラスメイトの視線に触れるのは、良くないだろう。


「…………、」


 眺める画面に写っているのは、『きゃ、きゃぴ~ンっ……』と、何かに追い詰められていそうな様子でポージングしている幸子たん。


 それが一義の推しである事は今も変わらない。だが、もう、最推しという訳でもないのだろう。


(遠距離恋愛……)


 鉄平に言われたその言葉を思い出す。遠距離、の部分はどうでも良い。問題は後半だ。


 恋愛の部分。他人に対して好きだ嫌いだと言う感覚が、一義は希薄だ。


 誰かを強烈に嫌うと言う感覚が一義にはあまりない。逆もまた然りで、誰かを強烈に好きになった事もない。


 己は己、我道邁進。根本的に他人への興味が薄いから、人目を気にせずに振舞い、一般的に奇異されるような服装を平然と着続けてしまえる。『我、3次元に興味なし』だ。


 興味を持つことがあまりなかったし、興味を持つ必要性も感じなかった。創作物の中にいるキャラクターだけを愛でていても誰かに文句を言われることもなく、ある種それで満たされてもいた。


 言ってしまえば、閉じた世界に居たのだ。身内だけで完結した世界に居た。両親が居て妹がいる。なんとなくつるんでいる友人も一義の行動やら何やらに呆れはすれど文句は言ってこない。


 それ以外の他人は……例えばそう。何かの大会で優勝して多少目立ったとしても、近づいてこようとはしなかった。キャラTを堂々と着続けているから。


 もしくは……キャラTはただの表面的な要素に過ぎず、本質は別。他人を遠ざけようとしていたのは、一義の方だったのかもしれない。


 そもそも、クラスメイトの名前すら憶えていないレベルで外に興味を向けていなかったのだ。それで生活空間の交友関係が広がる訳がない。


 そしてそうやって閉じた――あるいは閉ざしていた世界に、近頃乱入者が現れた。


 最初はやり取りがめんどくさかった。が、そのめんどくささも割と早めに覚えなくなった。単純に話が合って、趣味が合って、気が合ったのだろう。それで……身内ばかりの世界で過ごしていたから、一度気を許すとかなり寛容になる。あの妹によって多少の無茶苦茶さもまるで気にならない。


 こそこそ物々交換をしようとする遊び、は、なんだかんだ楽しかったし……それに、サプライズ寄りにフィギュアを貰った時。

 品の問題ではない。それを欲しがっているのだろうと、他人に想われた事。理解されていた事。


 改めて直視してみれば、……元々そのカテゴリーに入る容姿だと認識していたとはいえ、そう。可愛かったのだ。


 妹とも違う。母とも違う。バイト先の店主――お姉様とも違う。

 一義の閉じた世界に現れたその異性に、だから一義はあの時興味を持ったのだろう。


 閉じた世界の最中に現れた、役職不明の登場人物。オタ友、ではある。だがその役職に一義の認識からしたら疑問符が付く。


 本質的にその感覚が希薄なのだ。良くわかっていないまま、心地が良いと交流を続け、このままで良いと無意識に思っていたら、突然交流が減った。


 それに戸惑い、役職友人と役職妹に問いかけてみた結果。


(……恋愛、)


 一義から見た、浦川リサの役職に漸く明確な名前が付いた。いや、それは役職と言うより願望に近いのかもしれない。


 交流が新鮮だった。交流が楽しかった。その頻度が、減った。

 何かあったのかと心配、という言葉すら建前に近い。交流が減った気がする、というその感覚の方が本音で、解決したい部分だ。 


「…………、」


 夜道を歩きながら、一義はスマホのロックを解除し、メッセージアプリを起動する。

 思い起こすのはやはり、友人の何気ない言葉だ。


 鉄平は交友関係が広い。一義にとって、閉じた世界と外を繋ぐ窓口のような存在で、その言葉は多分一般論に近く、だから多分、今一義が直面した新しい何かに向き合う上で、大いに参考にすべき意見なんだろう。


 メッセージアプリにはさっきのやり取りが残っている。悪戯っぽい写真。冗談とも本気ともつかない言葉。記号。


 ただの記号が送られてくるだけで可愛く見えるのだからもう、仕方がない。


 一義はそこに文字を打ち込もうとし、……逡巡した。いや、躊躇った、だ。


 我道邁進。唯我独尊。そう振舞っていられたのは身内だけを認識する世界に居て、他人からどう見られるかにまるで意識を裂く必要がなかったから。


 だが、躊躇った。……そう。アレで賢く観察眼の鋭い妹曰く、『珍しく日和った』。


 日和りつつ、悩みつつ、夜道スマホを片手に暫く歩み続け……やがて、一義はメッセージを打ち込んだ。


『一義:明日の放課後、どこかに行きませんか?』


 デートのお誘いである。一緒に遊園地に行っておいて今更何をためらっているんだと一義は自分でも思わなくないが、客観と主観は別。


 そもそも、めちゃめちゃ親密にやり取りしている割に、オタバレを避けると言う条件の為に、顔を合わせてやり取りした回数は少ないのだ。


 それこそ、メイトで会った時と、美術の授業。物々交換したスタバと、遊園地。


 その4回だけ。……どれも、一義の方から誘ったものではない。遊園地にしても、そもそも浦川が行きたがっていたし、目当てはカナ様グッズである。


 つまり……これは偶然でもなければ、言い訳もない。

 ただ会いたいと言っただけである。ただ会いたいと言うメッセージを、大分……それこそ5分ほど歩きつつ悩んだ末、送り。そして送信した直後……。


「ハァ、」


 めちゃめちゃ疲れたようにため息を吐き、一義は歩いた。スマホを手に握ったまま。

 そのまま暫く、夜道を歩く。スマホを手に握ったまま。


 意図的に何も考えずに、ただ機械的に帰路を歩む。……スマホを手に握ったまま。


 そして、

『きゃ、きゃぴ――』

「――ッ!?」


 ロック解除は異常に速かった。幸子たんは泣いているかも知れないが属性に不憫を持ってしまっている以上その扱いは逆に華。


 ロックを解除し、届いたメッセ、その内容を一義はかつてない程に真剣に、深刻に、睨むように眺める。


 その先にあった文字は、こうだ。


『裏リサ:ごめんなさい。明日はちょっと用事があって……』


 純然たるお断りの文言。

 それを、目にした瞬間。


「ぐぅ…………、」


 自分でも思って見ない程の大ダメージに苛まれ、一義は夜道に一人、その場にしゃがみ込んだ……。



 *



 そうやって少年がセンチかつ秘められし陰の波動を露呈させていた、同じ頃。


 たった今誘いを断った少女は、自室のベットの上で断りの文面を送ったスマホを睨み……それからパタンと、ベットに突っ伏すると、呟いた。


「合コン行くって言えねぇ……」


 乙女の悩みは次元が違った。

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