第10話 もうつきまとわないでくださいじゃあこれっきりで4
前回のあらすじ。片想いの相手からメールが返ってこない哀れな男のメンタルは順調に悪い方向に向かいました以上!
♡♡
時は流れ夏。大学一回生の俺は単位もそこそこに遊び回っていた。新しい大学の友達、新しく納車されたバイク、高校の友達が連れてくる大学の新しい友達。
その夏、俺の周りは無数の新しいで溢れていた。自然と、大学に入ったら興味のあることだし流石に頑張ろうと思っていた機械工学への興味はみるみるうちに失われていった。
小池さんからのメールは返ってこない。
吐くまで騒ぐ飲み会、深夜の迷惑なツーリングに峠遊び。なんていう退廃的な遊びでその心の隙間を埋めようとしていたのかもしれない。
今思えば、メールが返ってこない理由なんて簡単だ。ビデオを貸してくれた同じ塾の人。興味はないしむしろ嫌いなタイプだけど、そんな相手にあまり冷たくするのも気が引ける。だからメールは一応した。そしてその興味のない男は興味の持てない内容の長い文章を送ってきた。別に悪いことをされてるわけでもないから一応何度か返す。だけど正直しんどい。もう、そろそろ返信するのはやめよう。なんてところだろう。
というか、相手に興味があれば返信しないわけなんてないし、理由はこれしかない。そんな簡単な答えにも辿り着けなかったし、たどり着くことを拒んでもいた。
あの頃のバカな俺は、女性が男性よりも嫌いな相手にも上手に笑顔を向けられるスキル持ちだなんて知らなかった。
興味のない異性から独りよがりな好意を向けられることがどれだ負担か知らなかった。
それに、大好きになってしまったあの子に俺は嫌われていて、そこにはワンチャンすら存在しない。なんていう自分にダメージを与える結論を、自分に対して下す勇気もなかった。
そんなみっともない動機を、“純粋”って言葉で濁らせて、“青春”って言葉で心の奥に無理やり沈めて、未来に向かって突っ走ってるフリをして、俺は妄想の中に逃げ込んでいた。
そしてその妄想は新たなストーリーを生み出す。
『小池さん、忙しすぎてメール返せず』
そんな馬鹿げた次の話のタイトルが頭の上にピコンと浮かぶ。
流石にそれを100パーマジだと思っちゃうほど病気ではないけれど、そうかもしれないとは思いたい。
そんな弱さを、あのころの俺は抑えることは出来なかったのだろう。
「かもしれないのならば、確認すべき。やれることは全部やろう」
そんな、場面によってはカッコ良くなるような借り物のセリフを頭に浮かべて、俺は自分の弱さと病的な部分をねじ伏せた。
そして、次の行動に出る。
「なぁ、小池さんからメール返ってけえへんねんけど、なんか聴いてない?」
場所はスーパーマーケットの通路。俺はなんの罪もない、人懐っこそうな笑顔を浮かべる女の子にそんな終わってるセリフをぶつける。
彼女は小池さんの友達のゆうちゃん。彼女は高校時代俺と同じ塾に来ていたので、会話の中でバイト先を知っていた。そこに押しかけてまで、おれはそんの傍迷惑で自分勝手なことを聞いていた。
彼女は困ったように、
「うーん、いやわからへんけど、まぁまた聞いとくわー」
なんて笑う。
最悪だ。
対して仲良くもない男がバイト先まで押しかけてきて、友達がウザがってる男からメールの返信がない理由を探られる。そんな思いをさせてしまっている。今なら、その行為の卑劣さにも気付くことはできる。
だけどあの頃の俺は、もう自分のことしか見えてなくて、未来を壊さないための妄想の世界に閉じこもっていて、そこから外に出ないためならなんだって利用してた。
そんなんだから、好かれないのだ。
人の気持ちを、本来1番尊重しなきゃならない、恋心を向けてる相手の気持ちを無視した。
そんなことされたらどう思うの?
そんな、当たり前の事実は、嫌なことは当たり前に嫌だと思うはずの、相手の心を『ぼくのかんがえたさいきょうのおんなのこ』で上書きした。
本当に、サイテーだ。
だけど、そんなことをしても俺はリンチにもあわず、懲役も喰らわない。
現代の日本に、頭の中の理想を誰かに押しつけて、メール返して欲しいってダダこねるのを禁止する法律はない。
だからこのくだらない俺の悪事に対して下された断罪は、あまりにも軽いものだった。
ある日、コンビニでバイトしていた俺の携帯が震える。画面を確認するとそこには『非通知設定』の文字。
バイト中で、しかも非通知の電話なんて普通は無視する。普段ならそうする。
だけど何かその時、予感めいたものでも感じたのだろうか、俺は裏に隠れてこっそり電話に出る。
「……もしもし」
「あ、もしもし、小池ですけど……」
受話器から聞こえてくるのは、その時俺が1番聞きたかった小池さんの声。けれど。その声色は明らかに怒りに歪んでいた。
「……うん」
ビビりながら返答する俺に、小池さんはクッキリと、キッパリと、まるで武器を握りしめるように言葉を続ける。
「あの、私に何かあるんですか?」
「え?」
「ゆうちゃんから聞いたんですけど、私に何かあるんですか?」
……終わった。この時、さすがの俺でも自分のやってしまったことの重大性に(半分くらいは)気付いたんだと思う。心の中が急速に覚めていって、心の奥底から大切な何かが深い病みへと攫われていく。
「え、あー、べ、別にないけど」
そんな心の動揺を隠そうともしない俺の返答に続いて、こんな言葉が、まるで練習していたかのようにハッキリと一息で見直返ってくる。
「じゃあ、二度とゆうちゃんにはつきまとわないでください、じゃあこれっきりで」
その後のことはそんなに詳しくは覚えていない。放心状態になって、使い物にならないからとバイトは帰らされ、友達に電話して、泣いた。
そしてそれからしばらく、落ち込んだくらいだ。
その程度のことで済んだのだ。
最初、俺はこの話を、過去の馬鹿な自分のズッコケ話くらいに考えていた。だけど書いていて、だんだん思い出してきて、そんなレベルの話じゃないなって怖くなった。
改めて今の感性でその時の言動とか、行動とか、抱いていた気持ちをが振り返ってみると、昔の自分が怖くなった。
だから途中から文体を変え、ちょっぴりマジなテイストで書かせてもらった。
読んでくれた方が不快になられたのなら申し訳なく思う。
だけどどうしても強く思ってしまったのだ。
あの頃の俺は、こんなにも人に何かを“押し付けて”いたんだなって。
押し付けていることさえ気づかずに。
しかもずうずうしくもそれに、“青春”なんて名前をつけて、振り返りもせずに突っ走ってた。
その後も俺は色んな相手に恋をして、フラれて、時には一時的に仲良くなって、たくさん迷惑もかけただろう。
恋をすること、その中にはきっと、そんな人間の弱さとか醜さも含まれていて、それを全否定することが正しいとは思わない。
だけどそのことを理屈では、仕組みとしては最低限知った上で、前に進みたい。
なんてことを考えてみても今の俺は、果たしてどのくらい人の気持ちに寄り添えているのだろう? 理解できてるのだろう。それすらもわからない。
またこれから十年、二十年と月日が流れた時、
「あの頃の俺は、本当にクソだったな」
なんて頭を抱えて嘆く日が来るのだろうって思う。
だけどそれでも生きていく。
今の自分を好きになるため、色んなことに必死で意味を与えながら、そこに魔法をかけるように、足掻きながら生きていく。
きっとそのためには、わからないことを正当化する必要もあって。
そのために、きっと今も誰かに迷惑をかけているのだろう。
だからせめて、そんな俺を好きでいてくれてる周りの奴には本気で感謝して生きていきたい。
そう、強く思った。
そして、そんなクソみたいに未熟な俺でも、生きていけるし、未来に希望すら持てるこの世界のこと、この世界の仕組みのことを、
『ずっと、大好きでいよう』
って、本当にそう思う。
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