意気地無しなだけだよ。@柿本英治

 

 ホワイトデーが迫る頃、何故か花咲さんと帰り道が一緒になることが増えていた。


 壁がない中で、拒否することは僕には難しい。


 人二人分を開け、並んで歩いていた。



「あの子、他の男と手を繋いで歩いていた」



 俯いて歩く彼女は、唐突に切り出してきた。



「…すごいね。僕、花咲さんとはなかなか…あ、ごめん…」


「っ、…英治くん別れた方がいい! 浮気されてるから!」



 彼女は僕の目の前に駆け出し、対面しながら真剣な顔をする。


 彼女はそういう顔も似合ってる。


 そんなこと、初めて知った。



 そして僕の知ってることを口にした。



「知ってるよ」


「…え?」



「また夢を見てるだけだよ。花咲さんの時と同じ」


「そんな…なん…で…」



 今の彼女も花咲さんに劣らず美人さんだ。


 小中の頃の彼女は表情は暗くて大人しくそれでいて顔は整っていたからか、よく同性によるイジメの被害に合っていた。


 いつも暗い表情だったけど、儚く笑うところとか、彼女の黒髪とよく似合っていて、僕は良いと思っていた。


 目立たなくて物静かで大人しい子だった。


 だからまさかそんな事をするなんて思ってもみなかった。

 

 彼女は家庭教師の大学生といい感じだった。

 元々美形な彼女は明るいお化粧とオシャレをすると大人びて見え、彼と横並びで見ると、ほんとにお似合いだった。


 僕とは釣り合いなんて取れてない。


 そんな事わかってる。



「わ、わたしは! 英治くんが好き! いまも好きなの! ずっと好きなの! あれから! クリスマスから一度もあいつとは会ってないから! 誰とも付き合ってないから…わたしと…やり直して…欲しい…」



 彼女からの好意は、純粋に嬉しかった。特に彼女の声は、僕の脳を簡単に揺すってしまう。


 裏切りなんて、彼女を手に入れる為なら些細な事に思えてしまう。


 これが怖かった。


 でも大丈夫。



「僕、彼女いるから」


「その女が浮気してるんだよ! ラブホ入ったの見たの! そんな浮気女と別れっ……ぁ…あ…ぁ、な、んで…」



 スマホの写真を見せると花咲さんは凍りついてしまった。


 ごめん、そんなつもりなかったんだけど、あんまり大きな声だと周りに聞こえちゃうと思って。


 女の子がラブホだなんて。


 それに、そんな事を言われても、僕は入った事ないからいまいち想像出来ないんだ。


 リアリティが無いというか。


 記憶が少し飛んでるというか。


 それに、そんな目で見られたら花咲さんが可哀想だ。



 だから高校卒業までは持ってることにしていた。


 こういう怖い時のために。


 僕が花咲さんに遊ばれていると確信した時の偶然撮れた、花咲さんが今言ったような写真だ。


 それを見せた。


 その日はそこで立ち尽くしていて、職質されたけど。


 あはははは。


 でも、そんな写真、花咲さんになんだか悪い気がして、何度消そうと思ったかわからない。


 けど、消せなかった。


 消すとまたうっかり惚れてしまいそうな気がしていたから。


 それくらい彼女は可愛い。


 それくらい彼女の毒は怖い。


 けど雨谷さんをもう好きになってしまっていた。


 だからその毒はもう僕には効かない。



「あはは。だから気にしないで。僕のことは。彼女とはそんな深い仲じゃないから。それに、ビョーキとか怖いしね」



 結構大きな声だったからほかに聞こえてなきゃ良いけど。


 なんて考えながら、周りをキョロキョロと見渡し、考えもせずにスラスラと答えていた。



「…ぁ、ぇ…それ、で?」


「え?」



「わたしとしなかった…の?」


「あ! あ、いや、あはは、僕が…意気地なしな…だけだよ。じゃあね」



 しまった。周りを気にしてたらつい話してしまっていた。


 僕は馬鹿だ。


 彼女を傷つけるつもりなんてないのに。


 僕はただの意気地無しなだけなのに。



 彼女から何度柔らかいアプローチを受けてもビョーキの方が怖くて、そんな事が出来なかっただけなのに。

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